裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi

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2 大公家

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侍女のハンナは下男のサムと湖周辺で採れるキノコを探しに来ていた。

「ちょっとまだ早かったかしら。去年の今頃はもう採れていたけれど。サム、あった?」

枯葉の下を探していたハンナが顔を上げるとサムが、

「人が浮かんでる!!」

と叫んだ。サムが指差す方を見ると確かに湖の中に人がいた。

うつ伏せで水に浮いており金の髪が扇のように水面に広がっていた。アミアンは水に突き落とされたあと、何とかして岸まで泳ごうとしたがついに力尽きたのだ。

「女の子だ!少し動いた。生きてるかもしれない」
「サム、助けてあげて!」

サムは上着を脱いで飛び込んだ。中年だが力が強く丈夫な男だった。力強く水を掻き、アミアンを抱えながら岸まで戻ってきた。

ハンナは横たわらせたアミアンの脈を確認した。ハンナの父は医師でハンナは医術の心得があった。

「大丈夫。まだ間に合うわ。急いで屋敷まで運ぶわよ!」

ハンナはアミアンに上着をかぶせ、サムがアミアンを抱き抱えながら走った。

頭から血を流し血の気の失せたアミアンを見ながらハンナは、

公女シルヴィア様に似ている──

そう思っていた。




屋敷に戻るとハンナは手短に執事に事情を話し、急いでアミアンを着替えさせ、湯たんぽを作り温めた。そして丁寧に頭の傷を治療し包帯を巻いてやった。

客室のベッドで数時間眠った後、アミアンがうっすらと目を開けた。湖のように美しい碧眼だった。透き通った白い頬にほんのりピンク色が戻り、金糸のような髪はふんわりとカールしていてとても愛くるしい少女だった。

「…………ここは……」
「あなたは湖に落ちて溺れていたのよ。でももう大丈夫。助かったわ」

ハンナは安堵してアミアンに話しかけた。

「お加減はいかがですか、お嬢さん」

執事が問いかけた。だがアミアンはぼんやりとしたままだ。

「頭は痛む?どこかで打って怪我をしていたから」
「頭?」

どこか視点が定まっていない様子にハンナは心配になり執事と目を見合わせた。サムも心配げにアミアンを覗き込んだ。

「あなた、名前は?」
「──」

何か言おうとしてアミアンは口をつぐんだ。

言葉が出てこなかった。

アミアンは愕然とした。自分の名前を思い出せなかった。自分が何者かも、湖で何をしていたかも。

アミアンは恐怖で顔を左右にふった。

「わからないの──何も思い出せないの──」

そう言ってしくしくと泣き始めたアミアンが三人は気の毒になった。

「旦那様に報告しよう。お優しいから、もしかしたらしばらくここにいさせてくださるかもしれない」
「そうね。旦那様の調子がよければいいのだけど……さ、涙を拭いて。温かいスープよ。食べて元気を出してね」

三人はアミアンが湖から少し離れた伯爵家の令嬢であることを知らなかった。湖はちょうど領地の境界線だったため、自分たちが仕える領主の土地より向こう側のことには詳しくなかった。


「旦那様、ご相談がございます」

ハンナがアミアンを伴って屋敷の主人の私室に入った。屋敷の主人はベッドから体を起こし、こちらを見た。豊かな白い髭と穏やかな顔の上品な老人だった。

「あちらはブラックウッド大公殿下よ。ここで静養なされているの」

アミアンは大公と聞いて背筋がぴんと伸びた。高位貴族であることに体が反応したのだ。

「お初にお目にかかります。大公殿下」

記憶はないけれど、アミアンは自然にカーテシーを行っていた。

「!」

ハンナは優雅な振る舞いに驚いた。

この子はどこかの貴族令嬢なのかしら……

アミアンをじっと見ていた大公が突然ベッドから降りた。

「旦那様?」

ハンナは驚いていた。大公は痴呆があり、ぼんやりとベッド上で過ごすことが多かった。それがここ数年では見たことのないほどキビキビとした動きでアミアンの前までやってきたのだ。

「お帰り、シルヴィア」

大公は亡き愛娘の名を呼んだ。

「え」

ハンナが目を見開く。

「寒かったろう。お前の好きな蕎麦粉のクレープを作らせよう。温かい紅茶と一緒に食べようではないか」

アミアンは戸惑った。本能的にこの人が父ではないと感じるものがあった。

「あの……えっと……」

大公は戸惑うアミアンの手を取り嬉しそうに階下に移動を始めた。ちらちらとアミアンがハンナを振り向くが大公はしっかりとした足取りで階段を降りて行った。

「旦那様……」

そんな大公を見ながら、ハンナは心の中で思うことがあった。

大公様はあの子のことを亡くなった愛娘のシルヴィア様だと思い込んでいる。
でもそれでいいかものしれない。
あんな嬉しそうなお顔、何年振りかに見たもの。

食堂に着くと大公はアミアンをテーブルに座らせた。壁に一人の少女の肖像画が飾られているのにアミアンは気づいた。

ゆるやかなブロンドのカールに青い目。
可愛らしい方。

アミアンは何気なく絵を眺めたが、何となくどこかで見たことがあるような錯覚に囚われた。

その絵の少女は雰囲気がアミアンに似ていた。

このご老人はきっと勘違いをしている。
どうしたらいいのかしら。

困ってアミアンがハンナを見ると、ハンナは何も言わずただアミアンに深く頷いた。

『このままシルヴィア様を演じて』

そう言っているようだった。

一緒に蕎麦粉のクレープと紅茶をいただいた後、大公は疲れたのかベッドに戻ったが、その顔はとても穏やかでハンナは涙が出そうになった。

階下で大公のキビキビした様子を見た執事とサムもとても驚いていた。

「これはどうしたことだ」
「旦那様があんなに元気に動かれている」
「シルヴィア様と間違えてらっしゃるみたいなの。あの子も記憶喪失だし、しばらくここにいてもらってもいいでしょうか」

ハンナが執事に提案すると執事は「旦那様のためにもそれがいいだろう」と答えた。

「旦那様は記憶が定まらなくて日頃はお元気がないの。それなのにあなたを見た途端お元気になられたわ。あなたを30年前に亡くなったシルヴィアお嬢様だと思い込んでいるみたい。お願い。記憶が戻るまででいいから、ここにいてくれないかしら?執事の許可は取ってあるわ」

ハンナはアミアンの手を取りそう強く頼んだ。

「私も自分が誰かわからず、行く当てもないですから助かります」

アミアンは他人を演じることに不安はあったが、ハンナたちが味方をしてくれるというので好意に甘んじることにした。




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