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序章
10.瓜二つの少女
しおりを挟むがさりがさりと、草を掻き分け奥へと入り込むと、狭苦しい空間に出た。まるで黒い沼地に出たかのようだ。
よく目を凝らせば、そこに何か、黒い物体が倒れ込んでいるのが見てとれる。
(あれって……)
黒い物体の中に、”みたま様”がいる。
初めて見たというのに僕は不思議と確信できてしまった。
紺色のぼろきれを羽織り、顔にあたる部分に覗く青い花が今にも食われそうになっている。
不定形の中に、後頭部と足が一部浮き上がっていて、ちょうど溺れた人間のような姿勢に見える。つまり、今まさに黒い影にまとわりつかれて食べられそうになっているのだ。
体が跳ねるように動いた。
「あ、あっちいけ!離れろ!!」
大急ぎで駆け寄り、体にまとわりつく影を手で無理やり払い引き剥がす。触れた途端、冷たい氷のような寒気が走ったが、そんなこと気にしてはいられない。
が、突然。
全身に冷たい棒で突き刺されるような殺意を感じた。足元を見れば、無数の目が影の中から現れ、こちらをじっと睨むように見ている。イミテーションでもなぬぬらぬらとした黒い澱みの中で自分を恨めしそうに睨んでいる。
狼狽する心を隠す方に叫んだ。
「……な、なんなんだよ君!死んだ人なのか?!」
それでも手を止めず、薄衣のようなそれを無理やり引き剥がすと、べちゃっと音を立てて地面に落ちた。
それはしばらく自分たちをじっと一瞥した後、周りのヘドロへ向かって進みだし同化して消えた。
(逃げた……?)
一気に力が抜けて、うつ伏せで倒れ込んでいる子供の隣にへたり込んだ。
その子は明らかに普通ではない。
『まにあったよ!』
『■■だよ!』
『神様!!』
『みたま様!』
そう魚達に声をかけられて、改めて僕は影を剥がした人の姿を見た。
ボロボロの紺色のぼろきれを被って、水色の花が顔を覆っている。
怪我は無いかと軽く触ると、体を覆っていたそれらはあっさりと剥がれ落ち____
(この子がみたま様?)
僕は息を飲んだ。
人の記憶を食べる代わりに願いを叶える怪異、あるいは神様。先ほどの映像で見たおどろおどろしい姿から一変、その場に放り出されている人物の姿を見て、驚きを隠せなかった。
何故って、みたま様が少女の姿に変わっていたのだ。
体格的に中学生くらいだろう。しかしそんなものが気にならないほど強烈な特徴があった。
先ほどは“死んだ人”に覆われて見え難かったが、背中に大きな白い翼が生えており、さきほど道を塞いでいた蔦のようなものの花冠がふよふよと頭上に浮いている。ちょうど天使の輪っかのようだ。
(神様っていうより、天使?)
最初に見かけたおどろおどろしい姿とは大違いだ。灰色と水色のちょうど中間のような色合いの服(天使というにはあまりにも現代的で、ジャージのような素材の服に襟付きの上着を羽織っている。下もショートパンツにロングブーツだ)には先ほどの青い花のような装飾が付けられているようだった。
じっくり顔を見ようとその子の体勢を変え、顔を見て僕は再び驚きで思考が止まった。
(僕……に、そっくり?)
肌の色、目鼻の顔立ち、なにより左耳についた自分と同じ虫翅のピアス、髪は黒いがそれ以外は本当にそっくりだ。十人に聞けば十人とも彼女を自分の兄妹か親子だと思うだろう。
(いや……この子は女の子、なのかな?)
しかし一つだけ確信していることがある。魚達に言われなくとも、この子が先ほどの会話主であることだ。
「ねぇ、聞こえる?僕がわかる?」
声を掛けてみるも、目が覚める様子はない。
『しょってこう!』
『そうしよう!』
『しんだひとからにげだそう!』
『とびらいこう!』
「……“死んだ人”の新手が来るかもしれないし、さっきの扉のところまで連れて行くのがいいか……」
辺りはまだ何の気配もしない。が、放置しておくと危険だというのなら、安全なところまでまた魚達に誘導してもらいたい。
「ちょっと、失礼するよ……」
おそるおそる、みたま様の体に触れる。まるで死人のようの体は冷たく、力が入っていないが、わずかに胸の辺りが収縮を繰り返しているから、息はしている。
(体温が低い……って話でもないよ。冷たすぎる……
いや、考えるのは後だ。急がないと。)
みたま様を何とかおんぶして立ち上がり、ゆっくりと迷路のように澱みが点在する中避けながら進んでいく。
相変わらず体が冷え切っていて、自分の体温がじわじわと奪われていく。死体を背負っているかのような不気味さだ。
しかしそんな不安な気持ちを振り切るよう歩く。現実には一向に帰れる様子は無いが、この場に留まるのは嫌な予感がする。
そして、その予感はすぐに的中してしまった。
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