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序章
13.探偵助手、任命
しおりを挟むピピピピピピ……
無機質な電子音
枕元の目覚まし時計が僕を叩き起こした。
眠たい中起きあがろうとして、どさっとベットから落っこちた。
一気に眠気が覚める。
「…………」
間違いなく自分の部屋だ。乱雑に置かれた書物、着替えが入っている箪笥に床に直置きされた鞄————
(何か、夢を見てたような……)
酷く汗をかいていて、眠る前に何かを見ていたような気がする、しかしそれはゆっくりと薄れていき、緩やかに朝の景色に侵食されてしまう。
窓から差す日差しが緩やかに黒い世界を薄れさせていく。
「だめ、だ。忘れたらダメ。何か、大事な……」
僕はカバンの中に突っ込んだノートを取り出した。人にとって夢とは記憶の再整理に過ぎず、不要な夢とは忘れるものだ、たとえどんなに覚えておきたいと思っても。
だから、記憶に残っているうちに、書き留めないと。たとえ嘘や誇張が含まれても、後から歪められたものでも、なくなるよりよっぽどいい。
──だから、僕の日記を、僕の生きた記録を、私小説を、書かなくちゃ。
寝起きで満足に動かない指先で、昨日の続きのページを捲る。
「……あ」
思わず漏れた驚きの声。
昨晩書いた記録の隅に、鉛筆で描かれた花丸が載っている。線はガタガタで、いかにも描き慣れてない、子供のものだ。
『出来事を書き起こすのは難しい』と締められた文章を励ますように載っている。
「僕じゃない、そうだ……ホットチョコレートを作ってる間に“みたま様”が……」
そこから曖昧だった夢の出来事に輪郭がつき始めた。
「か、書かなちゃ……書いたら忘れない、でしょ。」
震える手で、僕は次のページを捲りシャーペンを取った。
・夢の中で幻聴を聞いた。みたま様に新たな名前を付けていたが、詳細は不明。
・自室にどこか似ている部屋に着いた
・僕の過去らしき子供とかつてみたま様だった“神様”と呼ばれていた怪物の会話録がその部屋の鏡から見えた
・スマホの暗証番号は『0909』“みたま様の誕生日”
・脱出のために残されていた“証拠を探せ”というメモ
・部屋の外に広がっていた、死者が生者を追い回す“まほろば”という空間
・喜怒哀楽の名を冠し、僕に好意的な謎の魚たちに出会った
・彼らは僕の“過去”を知っているが特定の事柄に触れると“認識”がぼかされる
・⬛︎⬛︎もぼかされるが、みたま様と呼ぶことでこの現象を回避できる。
・みたま様はわざと死んだ人に捕まって死のうとしていた
・みたま様は子供の姿をしている。なんなら僕に似ている。
・ひとまず“最初の部屋”にてみたま様保護。
・みたま様はみんなから忘れられている。そう望んでいた。
・まほろばから帰還する際も幻聴、過去の僕が将来の夢について語る光景、昔からカフェの営業をするのが夢だった。
……書き足すかどうか迷って、僕は一文加えた。
・“いつかみたま様をあそこから助け出して、喫茶まほろばに招待したい”
一度書き留めてしまえば、夢の記憶は消えることなく脳の中に収まった。
「それで、気付いたら意識がぼんやりして、現実に戻ってこれたんだと、思うんだけど……」
そんなことをいいながら、僕はとある決心に満ちていた。
(……うん、決めた。僕のやりたいこと、するべきこと。」か
【記憶がないんだろ。どう明日を、いや今後を過ごすつもりだ?】
──潮に言われてからずっと考えていたことだった。
喫茶店を営業するのも僕の社会的な役割だろう、でもそれとは別に、僕自身のやりたいこと、意志の所在がわからなかった。
「みたま様をまほろばから助けて、僕の喫茶店で美味しいものを食べさせてあげたい。うん、間違いない」
これは、僕が持っていた認識でも状況推測でもない。紛れもない“僕のしたいこと”、だ。
──脳の⬛︎⬛︎の声はもう聞こえなかった。
◇◇◇
「もしもし、聞こえているかな。すいかです、昨日はありがとうございました。」
『……こんな朝から何の用だ?』
「勿論、静寂探偵事務所への依頼の電話だよ。【調査なら、人でも物でも概念も】なんでしょう?」
『そうか、何を探して欲しいんだ?』
「僕の夢の中に出てきた女の子を探して欲しいんだ。
正体はよく分からない、神様、怪異、みたま様……とにかく、僕の記憶を握ってる、大事な人なんだよ。
その子が僕の記憶を奪ったんだ。」
『イタズラ電話なら切るぞ』
「話を最後まで聞いてよ。概念も調査対象なんでしょう?
昨日の夢の話をするね、かくかくしかじか──」
『はぁ……おおよそ把握した。
忘れられた怪異、みたま様ね。それが取り憑いているから記憶を失ったと。
なるほど。信じてやる。そいつを探ることで自分の記憶を取り戻したいって訳だな。』
「──僕がいうのもなんだけど、『寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ』って思わないの?もう少し現実的な性格でしょう。」
──軽く煽ると、電話口の男はグッと何か言いたいのを抑えたようだった。
『探偵の仕事の基本はまず、依頼人を信じる事だ、覚えておけ。……その方がお前も都合がいいだろう?』
「都合が良すぎると依頼人としては逆に信用できないんだよ、このオカルト話に乗ってくれる理由は何かしら?」
『そうだな……俺が受けている他の依頼も絡んでるんだが。
ここ美珠町には、不可思議な怪物の目撃情報がそれなりにある。その手の話を頭ごなしに否定はできない。』
「そっか……なら、その話、ぜひ詳しく聞かせて欲しいな。」
『ではまず見積もりを。
とりあえず人探しなら手付金十万、かかった時間数×日当かかりますが、静寂探偵事務所にはパックプランというものがありまして、
調査時間三十時間四十万円という大変お得なプランがご利用できます。また、支払い方法はクレジットカード、銀行振込に対応しております。』
「即金で十万円っ?!
えっと、そっか……ちょっと。」
『言っとくけど人探しなら妥当な価格だからな。ま、その口ぶりじゃ厳しそうだが。』
「払うよ……払うってば。ただ、喫茶業でどのくらい収益出るのか分からないから……」
『話を最後まで聞けよ。少しはサービスしてやるってこの前言ったろ。
依頼料は今後喫茶店で飲むコーヒー代でいい』
「……それはサービス旺盛すぎてよくないと思う」
『その代わり、お前助手やれ。』
「は?」
『色々あって今事務所の探偵は俺しかいなくてね。人手不足で困ってたんだ。』
「い、いやいやいや!僕は依頼人なんだよ!それに素人に調査なんてできっこないって……」
『なぁに、大したことは頼まないさ。指揮したり推理したり交渉したりは俺の役目。お前はただ、日々やってくる客から目ぼしい情報を拾ってくればいい。喫茶店ならそれなりに客はくるだろう?』
「でも……」
『“夢の中のみたま様を助ける”のをやりたいのはお前自身なんだろ?
ならお前が調査に参加しないでどうする』
「そうかな……そうかも」
『となれば決まりだ。今日からよろしくな、助手君。』
「……よろしくお願いします。」
『敬語はいらん。依頼人でない以上立場は対等だ。』
「……分かったよ。よろしくね、探偵さん。」
『じゃ、まずはお前のテストだ。
さっき話した怪物の目撃情報について、客から情報を集めてこい。
お前が探偵としてどれだけ使えるか、小手調べみたいなもんだ。』
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