異世界召喚された回復術士のおっさんは勇者パーティから追い出されたので子どもの姿で旅をするそうです

かものはし

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パルメティの街

襲われました?

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「体を温めるには丁度いい相手だった」

 盾についた汚れを払うエミリアは息一つ上がっていない。ウォーミングアップにすらなっていないようにホイムには思えて仕方なかった。

「エミリアさん一人でも団長さんを救うには十分なように思えます」
「そんなことはない……たまたま、戦いやすい相手と場所だっただけ、だ」

 顔の汗を拭うエミリアを見た時、ホイムは一つ見つけたものがあった。

「太もも、傷がついてます」

 エミリアの左足、皮のズボンを引き裂いて、小さな裂傷が彼女の太ももに刻まれていた。おそらくはスケルトンの手にしていた武器が薄皮一枚の傷をつけてしまったのだろう。

「ああ……この程度は怪我の内に入らない」
「ですけど万全の態勢で進むためにも治しておいた方が」
「結構だ。唾でもつけていれば治る」

 ホイムの申し出を断ったエミリアは左手の指で傷口を拭って歩きだした。
 血が滴っている様子もないので深い傷ではないのは間違いない。

(余計な心配だったみたい)

 そう思いながらホイムはエミリアの後ろについて洞窟を進んでいく。
 しかししばらく進まない内にホイムは違和感を抱いた。
 上り坂を進んでいる時はゆっくりだったのに、今は随分早足……いや駆け足でないとエミリアにおいつけないようなペースであった。

「エミリアさん! あまり離れると光が届かないですよ!」

 走って追いついたホイムがそう忠告しても彼女の歩くペースは一向に緩まない。不審に思ったホイムが彼女に歩みを一旦止めてもらおうと手を伸ばして触れようとした時、

「ダメだ!」

 突然エミリアが叫んで腕を振り、ホイムの手を払いのけた。

「エミリア……さん?」

 衝撃で右手がビリビリと痺れるが、振り返った彼女の顔を見たホイムは何か異変が起きていることを察した。

「顔真っ赤じゃないですか! それに汗もひどい!」
「なんでも……ない。だから近寄るな!」

 しかし言葉とは裏腹にエミリアは立っていられないのか尻もちをつき、その場にへたり込んでしまった。

「もしかしてさっきの傷……毒かなにか、仕込まれてたんじゃ?」

 エミリアにだけ起きた突然の異変。ホイムが思い当たるのはそれぐらいしかなかった。

「とにかく治癒しておきます。傷も一緒に治しますから」
「いい! 触るな!」

 口では激しく抵抗しながらも、体の自由が利かないのか先程のように腕を振って暴れるような素振りはない。

「大丈夫。これは治していい傷でしょう? 勲章なんかじゃないただの切り傷ですから」
「うぐ……」
「綺麗な肌がもったいないじゃないですか」

 ホイムはエミリアの胸当てに触れてキュアを唱えようとした。しかしながら呪文を口にすることはできなかった。

「むぐぐっ!?」

 突如としてホイムの小さな体を抱きしめてきたエミリアに、乱暴に唇を重ねられてしまったからだ。

「んん、んんんンーっ!」

 ホイムは呻き、もがこうとするが、がっちりと抱きしめられた腕と、そして下半身に絡みつくエミリアの脚はびくともしない。
 寝室の抱き枕か人形のように、ホイムは身動き一つ取ることもできずにエミリアに抱きつかれるしかなかった。
 せめて唇さえ離してくれれば呪文を唱えることができるが、離れる気配は一向になく、エミリアの鼻息がホイムの顔を撫でていく。
 しかしエミリアがホイムにしている口づけは、キスと呼ぶにはあまりに稚拙だった。単純に唇を突き合わせるだけで、舌を入れて口内で交わることも、唾液を交換することもないただの口づけ。
 柔らかな唇の感触は確かに心地いいものであったが、それだけである。
 ホイムにしてみればまるでお子様のようなキスは、彼を驚愕させるには十分だったが冷静さを奪うほどではなかった。
 とろんとした表情で必死に口づけてくるエミリアの表情にドキドキはしつつも、ホイムはなんとか指先だけは動かせることに気が付いた。

「…………」

 無言で懸命なキスを受け入れつつも、彼の指先はあるものを描き出していく。
 それは魔法を導くもう一つの手段。詠唱とは異なるアプローチの魔法陣である。
 一度魔人との戦いで魔法陣による呪文の行使を目にしていたからこそ思いついた手段であった。
 エミリアの体に指先で描いた魔法陣に魔力を込める。描かれた式は無論キュア【治癒】である。
 魔法を注がれたエミリアの体は足の傷が塞がり、そして何がしかの影響を受けて興奮している状態異常を解除してくれるはずだ。

「…………ぷはっ」

 呪文の効果が浸透するのを黙って待っていたホイムの口がようやく解放された。

「はぁ……ハァ……」
「……エミリアさん?」

 息を荒げて正気を失っていたエミリアに呼びかける。次第に呼吸は落ち着き、焦点の定かでなかった瞳が光を取り戻し、ホイムと見つめ合った。

「…………あ」

 嗚咽のような声を漏らしたエミリアが、きつく抱擁していたホイムの体を慌てて離してずざざっと後退っていった。

「あああああ! す、まない! すまない! すまない!」

 またも顔を真赤にして何度も何度も謝罪を口にするエミリア。己のしたことを認識できているのは正気に戻った証拠だと、ホイムは安堵の溜め息を吐いた。

「……行きましょうか」

 この場に留まり続けるわけにもいかない。そう思い、今度はホイムが先に立って歩き始めた。

「すまない……すまない……」

 まるで呪文のように唱えながら肩を落とすエミリアを従えて進むホイム。彼自身は本当に気にしていないので謝罪は必要ないというのに、エミリアの気は全く済まないようである。
 とりあえず納得いくまで言葉を吐き出させようと思い、そのままにしておくのであった。
 しかしホイムもエミリアも気付くはずがなかった。エミリアの気を動転させることが、待ち構えている者たちの策略の一環であったことを。
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