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パルメティの街
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エミリアが通されたのは孤児院のダイニングである。
大勢の子どもたちが一緒に座れる大きなテーブルとは別の、客人用の小さなテーブルにラフィと向かい合い椅子に座していた。
エミリアはこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。
アリアスは何者かに操られて王女を殺害しようとしたこと。その何者かの手によってアリアスが東の遺跡に幽閉されていたこと。何者かは魔族であったということ。フラシュに向かわねば囚われの騎士団員と姫の命が危ないということ。
そして回復術士、アサシン、獣狼族の娘に手を貸してもらっていることも。
「なるほど。魔族が一枚噛んでいたのか」
聖華騎士団が何故王女リアラの命を狙ったのか。その結果として騎士団は解体され国力は落ちており、それが魔族の目論見であったことは想像に難くない。
腑に落ちたラフィは話し終えたエミリアに問いかけた。
「エミーはその……ホイムという少年たちと共にフラシュへ戻るのだな?」
「はい。すぐにでも」
「私の元を訪ねたのは……アリアスか」
エミリアは首を縦に振った。
「私たちがフラシュへ行っている間……アリアスのことをお願いできるでしょうか」
エミリアの頭の片隅には申し出を断られる可能性も存在していた。
信じてもらえているとはいえ世間ではお尋ね者となっているエミリアとアリアス。その願いを聞くことはラフィにとっても迷惑となりうるだろう。そうなってしまえばまた一からアリアスの処遇を考えねばならず、出発が遅れてしまうことになる。
「それは構わんが」
思いの外あっさりと受け入れられ、拍子抜けすると共に酷く安堵していた。
「フラシュへ行くとなると、お前たちだけで大丈夫なのか?」
ラフィも懸念しているのだろう。彼女らを招待した魔人がフラシュで罠を張り巡らせていることを。
「大丈夫であろうがなかろうが……私は行かねばなりません。行くしかないのです」
エミリアには迷いはない。既にその覚悟は出来上がっているのだ。
決意を見届けたラフィは頷いた後、一つ息を吐き出してから語りかけた。
「聖華騎士団の危機。退団したとはいえ看過することはできん。できることならば同行してやりたいところだが……」
流石にそこまで手を貸してもらうわけにはいかない。もし申し出があってもエミリアは断るつもりでいた。
しかしながら、その口ぶりには一緒に行くことはできないという思いが籠められていた。
その時、小さな気配がダイニングの入り口に現れた。
「……ママー?」
幼い男児が目を擦りながら立ち尽くし、ラフィの姿をぼうっと見つめていた。
「起きちゃったか? もうちょっと寝てないとなあ」
エミリアと話していた時とは打って変わって優しい口調で男の子に語りかけるラフィ。彼女が椅子から立ち上がった時、もう一人別の人が入り口に現れた。
「ほらほら。ママは今お友達とお話中だから、あっちへ行こうね」
そう言って男の子を抱え上げたのは、物腰の柔らかそうなニコニコとした男性であった。
「んん……」
抱きかかえられた男の子は彼にしがみつくようにして微睡んでいた。
「ごめんね。すぐ連れて行くから」
「そっと……ね」
ラフィと視線と言葉を交わしてから、彼の瞳がエミリアに向けられた。
「すみません。きちんと挨拶もできずに」
「いえ……お気になさらず」
軽く会釈をし、男性は子どもを寝かしつけるためにそそくさと姿を消した。
再び椅子に着いたラフィに、エミリアはおずおずと訊ねた。
「今のは……」
「旦那だ」
告げるラフィの表情は、晴れやかで幸せそうなものであった。
「ママ……?」
「いいや、あの子がそう呼んでいるだけで本当の親子じゃない」
そう言うラフィは少し寂しげな表情で自身のお腹を擦っている。
「私は子どもが産めないからな」
彼女は戦場で受けた傷が原因で子どもを授かれない体になっていた。
「それは……」
言葉に詰まるエミリアに、ラフィはすぐに笑ってみせた。
「気に病むな。今じゃあ自分では産めないくらいたくさんの子どもに囲まれてんだ。幸せもんだよ、私ら夫婦は」
もともと孤児院を始めたのは子どもを授かれない寂しさを紛らわすためであったが、今ではすっかり子どもたちが彼女たちの息子や娘になっていた。
「まあ、同行できないのはこういう理由さね。旦那や子ども達をほったらかして行けるほど、薄情な母親はやってないからね」
「いえ……重々承知しています」
「代わりと言っちゃなんだが、他の聖華騎士団のメンバーにアリアスをここに匿っていることを伝えておいてやろう」
「本当ですか?」
それは助かることである。
聖華騎士団には万が一に備えて秘密裏に連絡を取る手段がある。そのうちの一つに鳥を用いた暗号文書の送達がある。ラフィが行おうとしているのもそれである。
「それと、その人数でフラシュへ行くのに足はあるのか?」
「足はあります。歩いて……」
「バカモン。歩きでどれだけ時間と労力を無駄にすると思う」
「むう……」
「荷車とそれを引くものも用意してやろう」
「そこまでしてもらって……」
「遠慮するな。同行できん分、協力できることは惜しまんさ」
後ろ盾を失っているエミリアにはとても頼もしいことであるが、そこまでされると心配にもなってくる。
「元聖華騎士団の貴女が仮にもお尋ね者の私にそこまでしては、目を付けられませんか?」
「ハハ! 退団した者まで処罰の対象というのならこの半年でとっくに手が入ってるさ。……ま、ちょっかいをかけられたところで返り討ちだがな」
不敵に片目を閉じるラフィにはいらぬ心配であったかもしれないとエミリアは思い直した。
「……ありがたく施しをいただきます」
「そうしておけ。ついでだ、今日はここへ泊まっていけ」
一瞬、エミリアはその申し出を辞退しようかと考えたものの、
「その内チビ達も起き出す。息抜きがてら付き合え」
「……承知しました。謹んでお受けしましょう」
折角の誘いであったので承諾することにしたのであった。
大勢の子どもたちが一緒に座れる大きなテーブルとは別の、客人用の小さなテーブルにラフィと向かい合い椅子に座していた。
エミリアはこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。
アリアスは何者かに操られて王女を殺害しようとしたこと。その何者かの手によってアリアスが東の遺跡に幽閉されていたこと。何者かは魔族であったということ。フラシュに向かわねば囚われの騎士団員と姫の命が危ないということ。
そして回復術士、アサシン、獣狼族の娘に手を貸してもらっていることも。
「なるほど。魔族が一枚噛んでいたのか」
聖華騎士団が何故王女リアラの命を狙ったのか。その結果として騎士団は解体され国力は落ちており、それが魔族の目論見であったことは想像に難くない。
腑に落ちたラフィは話し終えたエミリアに問いかけた。
「エミーはその……ホイムという少年たちと共にフラシュへ戻るのだな?」
「はい。すぐにでも」
「私の元を訪ねたのは……アリアスか」
エミリアは首を縦に振った。
「私たちがフラシュへ行っている間……アリアスのことをお願いできるでしょうか」
エミリアの頭の片隅には申し出を断られる可能性も存在していた。
信じてもらえているとはいえ世間ではお尋ね者となっているエミリアとアリアス。その願いを聞くことはラフィにとっても迷惑となりうるだろう。そうなってしまえばまた一からアリアスの処遇を考えねばならず、出発が遅れてしまうことになる。
「それは構わんが」
思いの外あっさりと受け入れられ、拍子抜けすると共に酷く安堵していた。
「フラシュへ行くとなると、お前たちだけで大丈夫なのか?」
ラフィも懸念しているのだろう。彼女らを招待した魔人がフラシュで罠を張り巡らせていることを。
「大丈夫であろうがなかろうが……私は行かねばなりません。行くしかないのです」
エミリアには迷いはない。既にその覚悟は出来上がっているのだ。
決意を見届けたラフィは頷いた後、一つ息を吐き出してから語りかけた。
「聖華騎士団の危機。退団したとはいえ看過することはできん。できることならば同行してやりたいところだが……」
流石にそこまで手を貸してもらうわけにはいかない。もし申し出があってもエミリアは断るつもりでいた。
しかしながら、その口ぶりには一緒に行くことはできないという思いが籠められていた。
その時、小さな気配がダイニングの入り口に現れた。
「……ママー?」
幼い男児が目を擦りながら立ち尽くし、ラフィの姿をぼうっと見つめていた。
「起きちゃったか? もうちょっと寝てないとなあ」
エミリアと話していた時とは打って変わって優しい口調で男の子に語りかけるラフィ。彼女が椅子から立ち上がった時、もう一人別の人が入り口に現れた。
「ほらほら。ママは今お友達とお話中だから、あっちへ行こうね」
そう言って男の子を抱え上げたのは、物腰の柔らかそうなニコニコとした男性であった。
「んん……」
抱きかかえられた男の子は彼にしがみつくようにして微睡んでいた。
「ごめんね。すぐ連れて行くから」
「そっと……ね」
ラフィと視線と言葉を交わしてから、彼の瞳がエミリアに向けられた。
「すみません。きちんと挨拶もできずに」
「いえ……お気になさらず」
軽く会釈をし、男性は子どもを寝かしつけるためにそそくさと姿を消した。
再び椅子に着いたラフィに、エミリアはおずおずと訊ねた。
「今のは……」
「旦那だ」
告げるラフィの表情は、晴れやかで幸せそうなものであった。
「ママ……?」
「いいや、あの子がそう呼んでいるだけで本当の親子じゃない」
そう言うラフィは少し寂しげな表情で自身のお腹を擦っている。
「私は子どもが産めないからな」
彼女は戦場で受けた傷が原因で子どもを授かれない体になっていた。
「それは……」
言葉に詰まるエミリアに、ラフィはすぐに笑ってみせた。
「気に病むな。今じゃあ自分では産めないくらいたくさんの子どもに囲まれてんだ。幸せもんだよ、私ら夫婦は」
もともと孤児院を始めたのは子どもを授かれない寂しさを紛らわすためであったが、今ではすっかり子どもたちが彼女たちの息子や娘になっていた。
「まあ、同行できないのはこういう理由さね。旦那や子ども達をほったらかして行けるほど、薄情な母親はやってないからね」
「いえ……重々承知しています」
「代わりと言っちゃなんだが、他の聖華騎士団のメンバーにアリアスをここに匿っていることを伝えておいてやろう」
「本当ですか?」
それは助かることである。
聖華騎士団には万が一に備えて秘密裏に連絡を取る手段がある。そのうちの一つに鳥を用いた暗号文書の送達がある。ラフィが行おうとしているのもそれである。
「それと、その人数でフラシュへ行くのに足はあるのか?」
「足はあります。歩いて……」
「バカモン。歩きでどれだけ時間と労力を無駄にすると思う」
「むう……」
「荷車とそれを引くものも用意してやろう」
「そこまでしてもらって……」
「遠慮するな。同行できん分、協力できることは惜しまんさ」
後ろ盾を失っているエミリアにはとても頼もしいことであるが、そこまでされると心配にもなってくる。
「元聖華騎士団の貴女が仮にもお尋ね者の私にそこまでしては、目を付けられませんか?」
「ハハ! 退団した者まで処罰の対象というのならこの半年でとっくに手が入ってるさ。……ま、ちょっかいをかけられたところで返り討ちだがな」
不敵に片目を閉じるラフィにはいらぬ心配であったかもしれないとエミリアは思い直した。
「……ありがたく施しをいただきます」
「そうしておけ。ついでだ、今日はここへ泊まっていけ」
一瞬、エミリアはその申し出を辞退しようかと考えたものの、
「その内チビ達も起き出す。息抜きがてら付き合え」
「……承知しました。謹んでお受けしましょう」
折角の誘いであったので承諾することにしたのであった。
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