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王都フラシュ
対峙しました
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ホイムを牽引するエミリアが人の気配のない城の広間を駆け抜ける。
懐かしい場所、懐かしい光景であるはずなのに、空間に蔓延する息の詰まる雰囲気が一足進む毎に増していく。
「上だな……!」
だがエミリアは止まらない。
広間に漂う不穏な空気は察しつつも、遥かに強大でどす黒い気配が階段の先……玉座の間より溢れ出していたからだ。
「エミリアさぁ~ん」
まるで上手く揚がらない凧のように腕を引かれて宙に浮くホイムが声を掛けた。
「行くんですかぁ~?」
このまま間髪入れず突っ込むつもりなのかと思い訊ねてみたが、返ってきたのは迷いのない返答であった。
「ああ!」
とっくに覚悟の決まっていたエミリアの勢いにあてられ、ホイムも腹を括った。
否……勢いに任せて突き進まねば足は止まり、それ以上前へ行けなくなることを恐れたからかもしれない。それほどまでに強烈なプレッシャーを二人は肌で感じていた。
そして一気に階段を駆け上がり重圧の中心地――玉座の前へと辿り着いた二人が目にしたのは、階下の広間と同程度の広さの向こうに構える王座に座す年配の男であった。
「王……」
立ち止まり呟くエミリアの背に鼻をぶつけたホイムは彼女の脇の下からひょこっと顔を出してその人物を窺った。
あでやかな意匠を施された召し物に宝飾が散りばめられた王の冠。居住まいを正してさえいれば高貴な者であると疑いようがなかっただろう。
「あれが……ですか?」
ホイムがひと目見てその男に抱いた印象は、中毒者であった。
素材の良い衣装は薄汚れ、宝石の輝きはくすみ、手入れの行き届いていない髭髪はダウンタウンの裏を根城にする浮浪者のようであった。
背もたれに預けた体は四肢を力なく投げ出し、虚空を見つめる瞳は正気とも思えず、だらりと開いた口からは涎と共にぶつぶつと何か言葉を垂れ流していた。
「すまな……すまな……い……」
不気味な程静かな空間に、呪詛のような王の呟きとホイム達の呼吸だけが木霊する。
およそ尋常ではない様子にエミリアが一歩を踏み出そうとするのを制するように、王の座の後ろから影がスッと姿を見せる。
「ようこそいらっしゃいました。わざわざ死にに来てくれるとは……私、感動しております」
ハットを被りステッキを携えたスーツ姿の男。黒い角に赤い肌は魔人の特徴。
彼らは再び、魔人バルバドと対峙した。
「貴様! 王に何をした!」
怒るエミリアの言葉に魔人は不思議そうに目を丸くした。
「おや……これの心配ですか。貴方がた聖華騎士団を陥れ始末しようとしたかつての主君の身を案じるとは……なんとも愚かしい忠犬ですねえ」
「王を利用して我らを陥れたのは貴様だろう!」
「憶測で私を悪者にするとは酷い騎士様だ」
その軽薄な口調とわざわざ溜息を吐いてみせる仕草はエミリアの神経を逆なでしていく。
挑発に乗せられるのは相手の思う壺だと危惧したホイムが、彼女の横から口を出した。
「あんたの思惑じゃなかったとでも言いたいのか?」
「勿論ですとも!」
大仰に手を開いて訴える様子は胡散臭い芝居にしか見えない。
「私はただお姫様の命が惜しければ私の言う通りに聖華騎士団を亡きものにしてくださいと懇願しただけです!」
「反吐が出るぜ」
ホイムにしては珍しく、強い語気で吐き捨てた。
「……アリアスを傀儡にし、姫の命を盾に王を脅し、この国を混沌へと沈めた元凶」
エミリアはわなわなと震えている。怒りが沸点へと到達していた。
しかし戦う前に、ホイムはエミリアに代わり魔人に問いたださねばならぬことがあった。
「何故こんな真似をしでかした。道楽……も多分にあるんだろうが、随分手の込んだやり方じゃないか」
バルバドは王の隣に立つと、王冠を手で払い除けて左手で頭を鷲掴みにした。一国の王に対する不遜な振る舞い。これもエミリアに対する挑発であろうか。
「何故も何も、あの時言ったではないですか。目障りな騎士団を筆頭騎士諸共に始末したかったのだよ」
「聖華騎士団が脅威だったのか?」
バルバドは薄く笑って否定した。
「万一の憂いを消しておきたかったというだけである。勇者というおぞましい存在が彷徨いているというのに、そこへ筆頭騎士が合流するという噂が流布してきたのだから叩き潰しておきたいだろう?」
「ただの噂に釣られてフラシュをこんな目に合わせたのか……」
「貴様の言った通り。そこは単なる道楽だな。最初は面白かったぞ? 姫の命と聖華騎士団を天秤にかけさせた時のこの男の顔……いい塩梅に歪んでいたな。しかしどうにも理性が邪魔して即決してくれなかったもので、こうして私が後押ししてやったのだよ」
バルバドの人差し指が王の脳天を軽く突くと、途端にその体に稲妻が走ったように打ち震えた。
「あああアがギあ……ああありリあスマな……エあルァあリあススス」
「やめろ貴様ァ!」
黙って怒りを堪えていたエミリアが叫ぶが、バルバドは愉快そうに高笑いし続ける。
「ハッハッハ。自分で騎士団を捧げておきながらあれ以来ずっとお前たちに謝罪の言葉を述べているのだよ……実に滑稽だ。笑わせてくれる」
エミリアが歯軋りを響かせ剣に手をかけたところでホイムは彼女の腕に手をかけ、今一度魔人へと問いかけた。
懐かしい場所、懐かしい光景であるはずなのに、空間に蔓延する息の詰まる雰囲気が一足進む毎に増していく。
「上だな……!」
だがエミリアは止まらない。
広間に漂う不穏な空気は察しつつも、遥かに強大でどす黒い気配が階段の先……玉座の間より溢れ出していたからだ。
「エミリアさぁ~ん」
まるで上手く揚がらない凧のように腕を引かれて宙に浮くホイムが声を掛けた。
「行くんですかぁ~?」
このまま間髪入れず突っ込むつもりなのかと思い訊ねてみたが、返ってきたのは迷いのない返答であった。
「ああ!」
とっくに覚悟の決まっていたエミリアの勢いにあてられ、ホイムも腹を括った。
否……勢いに任せて突き進まねば足は止まり、それ以上前へ行けなくなることを恐れたからかもしれない。それほどまでに強烈なプレッシャーを二人は肌で感じていた。
そして一気に階段を駆け上がり重圧の中心地――玉座の前へと辿り着いた二人が目にしたのは、階下の広間と同程度の広さの向こうに構える王座に座す年配の男であった。
「王……」
立ち止まり呟くエミリアの背に鼻をぶつけたホイムは彼女の脇の下からひょこっと顔を出してその人物を窺った。
あでやかな意匠を施された召し物に宝飾が散りばめられた王の冠。居住まいを正してさえいれば高貴な者であると疑いようがなかっただろう。
「あれが……ですか?」
ホイムがひと目見てその男に抱いた印象は、中毒者であった。
素材の良い衣装は薄汚れ、宝石の輝きはくすみ、手入れの行き届いていない髭髪はダウンタウンの裏を根城にする浮浪者のようであった。
背もたれに預けた体は四肢を力なく投げ出し、虚空を見つめる瞳は正気とも思えず、だらりと開いた口からは涎と共にぶつぶつと何か言葉を垂れ流していた。
「すまな……すまな……い……」
不気味な程静かな空間に、呪詛のような王の呟きとホイム達の呼吸だけが木霊する。
およそ尋常ではない様子にエミリアが一歩を踏み出そうとするのを制するように、王の座の後ろから影がスッと姿を見せる。
「ようこそいらっしゃいました。わざわざ死にに来てくれるとは……私、感動しております」
ハットを被りステッキを携えたスーツ姿の男。黒い角に赤い肌は魔人の特徴。
彼らは再び、魔人バルバドと対峙した。
「貴様! 王に何をした!」
怒るエミリアの言葉に魔人は不思議そうに目を丸くした。
「おや……これの心配ですか。貴方がた聖華騎士団を陥れ始末しようとしたかつての主君の身を案じるとは……なんとも愚かしい忠犬ですねえ」
「王を利用して我らを陥れたのは貴様だろう!」
「憶測で私を悪者にするとは酷い騎士様だ」
その軽薄な口調とわざわざ溜息を吐いてみせる仕草はエミリアの神経を逆なでしていく。
挑発に乗せられるのは相手の思う壺だと危惧したホイムが、彼女の横から口を出した。
「あんたの思惑じゃなかったとでも言いたいのか?」
「勿論ですとも!」
大仰に手を開いて訴える様子は胡散臭い芝居にしか見えない。
「私はただお姫様の命が惜しければ私の言う通りに聖華騎士団を亡きものにしてくださいと懇願しただけです!」
「反吐が出るぜ」
ホイムにしては珍しく、強い語気で吐き捨てた。
「……アリアスを傀儡にし、姫の命を盾に王を脅し、この国を混沌へと沈めた元凶」
エミリアはわなわなと震えている。怒りが沸点へと到達していた。
しかし戦う前に、ホイムはエミリアに代わり魔人に問いたださねばならぬことがあった。
「何故こんな真似をしでかした。道楽……も多分にあるんだろうが、随分手の込んだやり方じゃないか」
バルバドは王の隣に立つと、王冠を手で払い除けて左手で頭を鷲掴みにした。一国の王に対する不遜な振る舞い。これもエミリアに対する挑発であろうか。
「何故も何も、あの時言ったではないですか。目障りな騎士団を筆頭騎士諸共に始末したかったのだよ」
「聖華騎士団が脅威だったのか?」
バルバドは薄く笑って否定した。
「万一の憂いを消しておきたかったというだけである。勇者というおぞましい存在が彷徨いているというのに、そこへ筆頭騎士が合流するという噂が流布してきたのだから叩き潰しておきたいだろう?」
「ただの噂に釣られてフラシュをこんな目に合わせたのか……」
「貴様の言った通り。そこは単なる道楽だな。最初は面白かったぞ? 姫の命と聖華騎士団を天秤にかけさせた時のこの男の顔……いい塩梅に歪んでいたな。しかしどうにも理性が邪魔して即決してくれなかったもので、こうして私が後押ししてやったのだよ」
バルバドの人差し指が王の脳天を軽く突くと、途端にその体に稲妻が走ったように打ち震えた。
「あああアがギあ……ああありリあスマな……エあルァあリあススス」
「やめろ貴様ァ!」
黙って怒りを堪えていたエミリアが叫ぶが、バルバドは愉快そうに高笑いし続ける。
「ハッハッハ。自分で騎士団を捧げておきながらあれ以来ずっとお前たちに謝罪の言葉を述べているのだよ……実に滑稽だ。笑わせてくれる」
エミリアが歯軋りを響かせ剣に手をかけたところでホイムは彼女の腕に手をかけ、今一度魔人へと問いかけた。
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