魔女学校の理科教師 — 魔素と恋の臨界点 —

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第18話 禁書庫の夜会

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夜の学院はひどく静かだった。
窓から差し込む月光が長い廊下を淡く照らし、薄い靄のように光を漂わせている。

ユグナは黒いローブを纏い、ゆっくりと階段を降りていた。
その手には校長から託された禁忌の古文書――『クトゥルス・コデックス』がある。

(この本を読み解ければ、フィオナの暴走も、魔素の不安定さも……)

胸の奥で小さく息を吐く。

そのとき、背後から軽い足音が響いた。

「先生……」

振り向くと、そこにはフィオナが立っていた。
薄い寝間着の上にローブを羽織り、瞳は月明かりを映して揺れている。

「こんな時間に、どうしてここへ?」

「……先生を探してたんです。そしたら、ここに来る気がして」

ユグナは小さく目を細めた。

「感覚で物を言うのは君らしいな」

「でも、外れてないでしょう?」

フィオナはゆっくり近づいてきた。
その瞳には強がりの光と、隠しきれない弱さが同時に滲んでいる。

「先生……お願いです。禁書庫に、連れて行ってください」

「禁書庫は立ち入り禁止だ。校則を破るのか?」

「……私、もう怖いんです。
自分の魔法が暴れたらどうなるか分からないから。
だから先生に見てほしいんです。もっと……全部」

その声は震えていた。

ユグナはしばらく黙ったあと、小さく頷いた。

「分かった。だが何があっても私から離れるな。いいな?」

フィオナは静かに笑みを浮かべ、そっと袖を握った。

「はい……先生」

禁書庫は厚い鉄の扉で守られていた。
ユグナが魔素の鍵を触れると、重い音を立てて扉が開く。

中は古い紙の匂いが満ちていた。
棚には古代語で綴られた魔術書がぎっしりと並び、その全てが強い魔素の気配を纏っている。

フィオナは息を呑み、その肩が小さく震えた。

「やっぱり……こわいです。
でも先生が隣にいてくれるなら、私……もう少しだけ耐えられます」

ユグナはそっとフィオナの肩を抱いた。

「大丈夫だ。君の魔法も心も、私が全部見届ける。
理屈にして、絶対に暴れさせない」

フィオナは目を閉じ、微かに顔を上げて額をユグナの胸に当てた。

「先生、もっと……私を見てください。
私の魔法が、どこまでいけるのか……私がどこまで先生に、近づけるのか……」

「……フィオナ」

その声は甘く、苦しげで、必死だった。

ユグナはそっと腕を回し、その身体を強く抱きしめた。

抱きしめた瞬間、フィオナの魔力が薄く光り、彼女の金の髪がふわりと持ち上がる。

「……やっぱり、先生に触れられると魔法が……落ち着くんです」

「それは理屈じゃ説明できないな」

「理屈じゃないんです……私が、先生に――」

フィオナはそれ以上言葉を続けられなかった。
ただ小さな呼吸を何度も繰り返し、その胸がユグナに預けられるたびに、小さな熱が伝わってきた。

こうして禁書庫で、二人だけの夜が密かに刻まれた。

それはやがて、この学院と魔素の世界全体を巻き込む大きな運命に繋がっていく、小さな引鉄になった。

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