魔女学校の理科教師 — 魔素と恋の臨界点 —

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第17話 涙の温度

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地下準備室の隅に置かれた長い机の上で、膨大なデータ用紙が散らばっていた。

魔素波形、結晶の分光データ、魔力伝達率の数値……
誰もいない夜に、それを一枚ずつ丁寧に並べて整理しているのはユーミルだった。

細い指先が震えている。
その震えは冷え切った空気のせいだけじゃない。

「……また、少しずれた」

小さく吐き出した言葉は自分にだけ届く。

そのとき。

「おーい、お前また一人でやってんのかよ」

唐突に響いた声に、ユーミルの肩が大きく跳ねた。

振り向くと、セスが手を頭の後ろに組んで、からかうような笑みを浮かべていた。

「そんな怯えんなって。お前がやってることは誰よりもすげぇよ」

「……別に、怯えてない」

「へえ。じゃあなんでそんなに目が真剣なんだ?」

セスはユーミルの隣まで来ると、無造作に机の上のデータを拾い上げた。

「これ、昨日のやつより誤差少ねえじゃん。お前さ、いつも黙って黙って……でもちゃんと進んでるよな」

「……分からない。自分が進んでるのか、止まってるのか」

ユーミルの声はか細かった。

それでもセスは紙を元に戻し、無理やりユーミルの正面に立つ。

「じゃあ言ってやるよ。お前は止まってねえ。
むしろ俺なんかよりずっと前に行ってる」

「……何それ」

ユーミルは俯き、長い前髪が顔を隠した。

「分からないこと言わないで」

「お前ってさ、本当に器用じゃないよな」

セスはそう言って、ユーミルの頬にそっと触れた。

細い体がびくりと揺れ、青白い瞳が驚いたようにセスを見た。

「や……っ」

「お前がやってること、ちゃんと見てるやつがいるんだよ。俺とか、先生とか」

「……やめて。そんなこと、言わないで」

「なんで?」

「また泣くから……」

その言葉が終わる前に、ユーミルの瞳から涙がひとしずく零れた。

セスは慌てたように「おいおい」と言いながらも、その涙を不器用に親指で拭う。

「泣くなよ。泣かれんの、苦手なんだよ」

「……嫌なら、離れて」

「離れねえよ。お前が泣くのも、黙るのも、ちゃんとここに繋いどいてやるって決めたから」

ユーミルはもう何も言わなかった。

ただ静かに俯き、セスの指に涙を拭われながら、その温度を少しだけ嬉しそうに受け止めていた。

その様子を、ユグナは少し離れた棚の陰からそっと見ていた。

(魔法を正確に扱うための理屈を、私は教えに来た。
でも――心まで測れる理屈は、この世界にはきっとまだない)

それが歯痒くもあり、同時にどこか救いにも思えた。

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