くちなし町、夜の記録

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第10話『雨のポストに届いたもの』

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くちなし町には昔から残る郵便局がある。
木造の小さな建物で、最近では宅配や大型郵便の需要に押され、局員の数も減り、利用者も少ない。

けれど、その局には奇妙な話があった。

雨の日だけ、届くはずのない手紙が投函される。

しかもその宛名は、誰のものでもない。
差出人の名も書かれておらず、封筒の中には決まって同じ一文が入っている。

「ずっとここにいます」



その話を知ったのは、私が高校の地域課題研究のテーマに「町の昔話と怪談」を選んだからだった。

くちなし郵便局の資料室には、昭和初期からの帳簿や、古い書簡が残されていた。

片隅の段ボール箱には、行き場を失った手紙が乱雑に詰められていた。

「これらは全部、あて先不明で戻ってきたものなんだよ」

古くから勤める職員の一人、橋爪さんが説明してくれた。

「その中にはな、確かに……誰にも届けられなかった手紙がある。雨の日になると、決まってポストに入れられてるんだ」

「誰が?」

「わからん。監視カメラにも映らない。不思議なことに、必ず雨が降ると届いて、晴れるとぱったり消える。」

私は興味本位で、その手紙を一通見せてもらった。

古びた封筒、滲んだインクの住所。
開くと中には、わずか一行。

「ずっとここにいます」

文字は震えていて、書いた人の恐怖や執着のようなものが滲んでいた。



調べを進めるうちに、奇妙な記録を見つけた。

昭和52年の新聞記事。
内容は「郵便局員失踪事件」。

勤務中に消えた若い配達員の話だった。

局に戻ると言って出たまま、二度と姿を現さなかった。

そして、最後に配達したポストが、あの雨の日の怪談で有名な、局の裏口の赤いポストだった。

「まるで、帰る場所を見失ったように消えてしまった」

橋爪さんはぽつりとそう言った。

「それからなんだよ、雨の日にあの手紙が届くようになったのは」



ある夜、激しい雨が降った。

私は傘を差して、そのポストを見に行った。

雨の中、街灯に照らされた赤いポストは、雨粒に濡れて鈍く光っていた。

近づくと、確かに投函口に白い封筒が覗いていた。

引き抜くと、封筒は冷たく湿っていた。

その瞬間、背後でポチャリ、と何かが水たまりに落ちる音がした。

振り返ると、そこには誰もいなかった。

でも、雨の匂いの中に、微かに古い紙の匂いが混じっていた。

家に帰り、封筒を開けると、やはり中にはあの文字。

「ずっとここにいます」

だが今回は、その下に小さな字でこう書かれていた。

「つぎは あなたのばんです」

私は手紙を落としそうになった。



その日から、家のポストに差出人不明の葉書が届くようになった。

文字は乱れていた。

「みつけた」

「ずっとまえから あなたを」

「かえりたい いっしょに」

ある朝、新聞を取りに玄関を出ると、郵便受けに封筒が無造作に突っ込まれていた。

手に取った瞬間、それはぽたりと水滴を落とした。

開けると、そこには赤いインクで大きく一言。

「ここに きて」

その文字の上には、雨に滲んだ無数の指紋が残っていた。

まるで、何人もの手で何度も触れられたように。

私はもうポストを開けるのが怖くなった。

でも開けずにはいられない。

まるで、ずっとそこに手紙が届くのを待ち続けていたように――。
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