くちなし町、夜の記録

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第11話『白い廊下の先で』

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くちなし町の小さな診療所は、町の西の外れにぽつんと建っている。
診療所といっても今はもう閉院して久しく、白い外壁は灰色にすすけ、窓には古い板が打ち付けられている。

だが、町の人々の間では、その診療所には妙な噂が絶えない。

——夜中になると、診療所の中の廊下が、ぼうっと白く光る。
——そして、その廊下の奥に、誰かが立っている。



私は写真を趣味にしている。
古い建物や廃墟を撮るのが好きで、友人と「探索」をすることも多かった。

その日も、なんの気なしにカメラを持ってあの診療所へ向かった。

門は錆びており、簡単に押せば開いた。
玄関のガラス戸は割れ、足元には細かい破片が散らばっていた。

奥へ進むと、薄暗い廊下が続いていた。
床は湿っていて、じわりとカビの匂いが鼻を突く。

廊下の壁には点滴用のレールが残っていた。
ところどころ剥げた白い塗装が、蛍光灯の名残でぼんやり光を反射していた。

その瞬間、ふと気づいた。

——廊下のずっと奥が、やけに白い。

曇った曇光灯が付いているのかと思った。
けれど電気はどこも通っていないはずだった。

レンズを向けると、奥の光の中に、人の影が見えた。

白衣のようなものを着ていて、こちらに背を向けている。
肩が不自然に細く、頭が少し傾いている。

「先生……?」

思わず小声が漏れた。
もちろん誰に呼びかけたのか、自分でもわからなかった。

シャッターを切ろうとした瞬間、その人影がふっとこちらを振り向いた。

次の瞬間、暗闇が視界を覆った。



気づくと、私は廊下の床に膝をついていた。

カメラは手に持ったままだったが、ファインダーを覗くとピントが合わない。

それどころか、液晶にはただ白いノイズのような画面が映っていた。

立ち上がろうとすると、背後から微かな気配がした。

振り返ると、そこには誰もいなかった。

だが廊下の壁に、無数の手形がついていた。
赤黒く、乾いた泥のような色で。

そして、それは私が入ってきた入口の方へ向かって伸びていた。

まるで、私を外へ追い返すかのように。



急いで外に飛び出すと、夜の空気がやけに冷たく感じられた。

息を整えてからもう一度振り返ると、診療所の窓の奥に、白い影がこちらを見ていた。

だがそれはすぐに、闇の奥へ吸い込まれるように消えた。

私はそのまま家へ帰り、その夜は一睡もできなかった。

カメラのデータを確認すると、廊下の写真は1枚だけ撮れていた。

だがそこには、私が見たはずの人影ではなく、白い廊下だけが映っていた。

いや――よく見ると、廊下の奥の奥、そのさらに暗い場所に、何かが微かにこちらを見ているような形があった。

それを見ているうちに、頭の奥がずきりと痛んだ。

思わずカメラを閉じて、私は深く息を吐いた。

二度とあの診療所には近づかない。
でも、夜になると今も時々思い出す。

白い廊下の奥で、こちらを振り返った“それ”の、真っ黒で何もなかった顔を。

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