くちなし町、夜の記録

コテット

文字の大きさ
13 / 31

第13話『川辺に残る声』

しおりを挟む
くちなし町を流れる細い川は、子供の頃から私にとって特別な場所だった。

夏には蛍が飛び交い、秋にはススキが揺れ、冬には川岸に薄く氷が張る。
小さな町の、そのまた小さな川。

だが、この川には古い話が残っている。

昔、川のそばで子供が溺れた。

見つかったのは数日後で、身体は冷たく、髪には藻が絡んでいたという。

それ以来、夜の川辺を歩くと、水面から声がすることがある。

「いっしょに あそぼうよ」



その日、私は高校の帰り道、川沿いの小道を通った。

まだ明るい夕方で、川は穏やかに流れていた。

なのに、ふと足が止まった。

川の向こう岸に、小さな影が立っていた。

幼い子供だった。
白い服を着て、じっとこちらを見ていた。

川面には何も映っていなかった。
なのに確かにそこに立っている。

目を離せずにいると、その子は少し首を傾げ、そしてゆっくりと右手を挙げた。

手招きするように。

私は咄嗟に後ずさった。

次の瞬間、その子は川の中へふっと沈んだ。

水音も立てずに。



家に帰ると、なぜか靴下が濡れていた。

靴の中には水が溜まっていた。

私は慌てて脱いで確かめたが、どこにも水たまりなどなかった。

風呂場でシャワーを浴びながら、耳元で小さな声がした。

「……いっしょに……」

振り向いても誰もいなかった。



次の日の夜、眠りかけたときに再び声がした。

「いっしょに あそぼうよ」

今度ははっきりと聞こえた。

目を開くと、天井の隅に水滴が一粒、ぽたりと落ちた。

それが布団に染みを作り、じわりと広がった。

私はその場から動けなかった。

次の瞬間、耳元に冷たい指先の感触があった。

髪を撫でるような、小さな手。

「おいで」

声がした。

思わず悲鳴をあげると、その感触は消えた。



それからというもの、川辺に行くのを避けるようになった。

だが、町に住んでいればどこかで必ず川を渡る。

ある夜、友達と帰る途中で川沿いの橋を渡った。

ふと視線を落とすと、暗い川面に小さな顔が浮かんでいた。

白い顔。黒い目。
口だけが薄く笑っていた。

私が立ち止まると、その口が動いた。

「また あそぼうね」

橋の下で何かが沈む音がした。

友達が「どうしたの?」と声をかけてきたが、私は首を振るだけだった。



今も時々、夜になると足元が冷たくなる。

布団の中で目を閉じると、あの川辺の水音が耳に蘇る。

そして小さな声が囁く。

「おいで……つぎは いっしょに あそべるよ」

だから私は、もう夜の川には近づかない。

けれどきっと、あの子は今も待っている。

川面の暗い水の底で、小さな手を差し伸べながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...