くちなし町、夜の記録

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第17話『夜の公衆電話』

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くちなし町の商店街から少し外れた裏通りに、今ではほとんど使われない古い緑色の公衆電話ボックスがある。

ガラスは薄汚れ、電話帳は破れてぶら下がり、受話器のコードは何度も補修された跡があった。

町では昔からこんな話がある。

「夜中にあの公衆電話からかかってくる電話には、絶対に出るな」

なぜかは誰も教えてくれなかった。

ただ、出た人はしばらくしてからこの町からいなくなる、とだけ。



その日、私は塾帰りに自転車で商店街を抜けていた。

夜の十時を過ぎていて、通りは人通りもなく静かだった。

そのとき、不意にケータイが鳴った。

画面を見ると「非通知設定」。

こんな時間に誰だろうと首を傾げながら、通話ボタンを押した。

「……もしもし?」

返事はなかった。

代わりに、かすかなノイズ。

ザー……ザー……

耳を澄ませると、その奥から微かに誰かの声がした。

「……みつけた……」

冷たい声だった。

思わず電話を切り、振り返ると、ちょうどあの公衆電話ボックスが目に入った。

電話の中の光が、夜道にぼんやりと浮かんでいた。



その夜、家で布団に入っているとまたケータイが鳴った。

同じ「非通知設定」。

無視して切ると、今度はすぐまた鳴った。

三度目、四度目。

我慢できずに電源を落とした。

翌朝、ケータイを確認すると着信履歴が十件以上残っていた。

すべて「非通知」。
発信元の番号は表示されていない。

ただ、一件だけ妙なメッセージが留守電に残っていた。

再生すると、ザーッというノイズの向こうから声がした。

「……きこえてる……ねぇ……でて……ここ さびしいの」

最後に小さな笑い声がして、再生は終わった。



その次の夜、夢を見た。

私は公衆電話の中に立っていた。

受話器を耳に当てている。

向こう側から誰かの息づかいが聞こえた。

「……もう にげないで……」

声が終わると同時に、受話器のコードが私の首に巻きついた。

ぐい、と強く引かれる。

苦しくて息ができなくなり、必死に受話器を引き剥がそうとした。

そのとき、ガラスの外に白い顔が無数に張りついていた。

笑っていた。



飛び起きると、首に赤い痕がついていた。

まるで硬い紐で絞められたような痕が。

それからというもの、夜道であの公衆電話のそばを通るたびに、呼び止められているような気がする。

「……でて……」

振り返ると、受話器が揺れているのが見える。

私は絶対に出ない。

けれど、もしうっかり手に取ってしまったら――
きっとあのガラスの中で、私も誰かを待つ側になるのだろう。
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