くちなし町、夜の記録

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第20話『雨宿りのバス停』

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くちなし町の北側に、小さなバス停がある。

古い木造の屋根とベンチだけの、雨をしのぐ程度の簡素な造り。
周囲は田んぼと低い林しかなく、昼間でも人影はまばらだ。

そこは昔から、“雨の日には近寄るな”と言われていた。

なぜなのか、子供の頃はよくわからなかった。

ただ「雨宿りするなら他を選びなさい」と祖母に強く言われていたのだけは覚えている。



高校帰り、夕立に捕まった。

傘を持っていなかった私は、仕方なくそのバス停へ駆け込んだ。

小さな屋根の下は、雨音が響き、湿った木の匂いがした。

座ると、ベンチは思ったより冷たかった。

じっと雨が止むのを待つ。

ふと、目の端で何かが動いた。

ベンチの隣に、いつの間にか誰かが座っていた。

制服姿の女の子。
うつむいていて顔は見えなかったが、長い黒髪が肩を濡らしていた。

「……こんな所で雨宿り?」

思わず声をかけた。

返事はなかった。

次の瞬間、その子の肩が小さく震えた。

笑っているように見えた。

「……ねえ、」

突然その子が顔を上げた。

雨に濡れた髪の隙間からのぞいた顔には――目も鼻も口もなかった。

私は息を呑んだ。

その顔は空っぽで、ただ皮膚だけが覆っている白い球体だった。

次の瞬間、頭の奥で声が響いた。

「――いっしょに まってて」

耳からではなく、直接脳に刺さるような声。

私は慌てて立ち上がり、雨の中へ飛び出した。



全身びしょ濡れで家に帰った。

鏡を見ると、首筋に泥のようなものがついていた。

拭いても消えない。

まるで誰かにそこを掴まれた跡のように。



次の日、学校で友達にその話をした。

すると友達は青ざめて言った。

「あのバス停、知ってる?
 雨の日にあそこに座ってると、いなくなっちゃうって」

「いなくなる?」

「何人か、そうやって帰ってこなかった人がいるんだって」

私は背筋が冷たくなった。



それからというもの、雨が降ると窓の外の景色を見ずにはいられなくなった。

夜、眠る前にカーテンを開けると、遠くの道に小さな影が立っている。

こちらに顔を向けているような、白くぼんやりした形。

そして聞こえてくる。

「……まってるよ」

次に雨が降ったとき、私はあのバス停に行くかもしれない。

理由もなく、どうしても――そこへ行かなきゃいけない気がする。

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