くちなし町、夜の記録

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第22話『水路の下で』

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くちなし町には、町の裏通りを縫うように細い用水路が走っている。
古くから田畑に水を送るために作られた人工の流れで、コンクリートで囲まれた幅一メートルほどの水路だ。

所々に小さな橋や蓋のような板が渡してあり、人が上を歩いて通ることができる。

けれど、子供の頃から言われていた。

「水路の蓋の上では立ち止まるな。下から呼ばれるぞ」

冗談半分に聞き流していたその話の意味を、私はある夜に知った。



夏の夜、友達の家からの帰り道だった。

近道をしようと、水路の上に渡されたコンクリートの蓋を歩いていた。

真夏だというのに、水路からは生臭い冷たい風が吹き上がってきた。

ふと、足元から声がした。

「……どこ いくの」

驚いて立ち止まる。

水の流れる音に混じって、小さく、だけどはっきりとした声がした。

「いっしょに おいでよ」

私は怖くなって、一歩下がろうとした。

その瞬間、足首を何かに掴まれた。

冷たい。ぬるりとした感触。

「いやだっ……!」

思わず振り払うと、バランスを崩して膝をついた。

足元の蓋の隙間から、黒い髪が這い出してきていた。

それがぬるぬると動いて、私の足に絡みつこうとしていた。

私は悲鳴を上げて走り出した。



家に着くころには、全身汗でびっしょりだった。

足首を見ると、泥のような黒い筋が幾重にもついていた。

風呂場で必死に洗い流したが、何度こすっても皮膚の奥から冷たさが抜けなかった。



その夜、夢を見た。

狭い水路の中に立っていた。

水は腰のあたりまであり、底には何か柔らかいものが沈んでいた。

前を見ると、暗闇の中から白い顔がひとつ浮かび上がってきた。

目が真っ黒で、口だけが笑っていた。

「みつけた」

細い手が水面から伸び、私の手首を掴んだ。

ぐい、と水の中へ引き込まれる。

息ができず、泡が口から溢れた。

水の底には無数の白い顔が沈んでいて、みんな一斉にこちらを見上げていた。



目が覚めると、布団の中で服が湿っていた。

冷たい水に浸かったように。

そっと布団をめくると、足元に黒い髪が一本落ちていた。

それは今も、私の部屋のどこかにある気がする。

夜になると、水の流れるような音が部屋の隅から聞こえるのだ。

あの声がまた呼ぶ前に――
私はもう、あの水路の蓋の上には近づかない。
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