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第22話『水路の下で』
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くちなし町には、町の裏通りを縫うように細い用水路が走っている。
古くから田畑に水を送るために作られた人工の流れで、コンクリートで囲まれた幅一メートルほどの水路だ。
所々に小さな橋や蓋のような板が渡してあり、人が上を歩いて通ることができる。
けれど、子供の頃から言われていた。
「水路の蓋の上では立ち止まるな。下から呼ばれるぞ」
冗談半分に聞き流していたその話の意味を、私はある夜に知った。
*
夏の夜、友達の家からの帰り道だった。
近道をしようと、水路の上に渡されたコンクリートの蓋を歩いていた。
真夏だというのに、水路からは生臭い冷たい風が吹き上がってきた。
ふと、足元から声がした。
「……どこ いくの」
驚いて立ち止まる。
水の流れる音に混じって、小さく、だけどはっきりとした声がした。
「いっしょに おいでよ」
私は怖くなって、一歩下がろうとした。
その瞬間、足首を何かに掴まれた。
冷たい。ぬるりとした感触。
「いやだっ……!」
思わず振り払うと、バランスを崩して膝をついた。
足元の蓋の隙間から、黒い髪が這い出してきていた。
それがぬるぬると動いて、私の足に絡みつこうとしていた。
私は悲鳴を上げて走り出した。
*
家に着くころには、全身汗でびっしょりだった。
足首を見ると、泥のような黒い筋が幾重にもついていた。
風呂場で必死に洗い流したが、何度こすっても皮膚の奥から冷たさが抜けなかった。
*
その夜、夢を見た。
狭い水路の中に立っていた。
水は腰のあたりまであり、底には何か柔らかいものが沈んでいた。
前を見ると、暗闇の中から白い顔がひとつ浮かび上がってきた。
目が真っ黒で、口だけが笑っていた。
「みつけた」
細い手が水面から伸び、私の手首を掴んだ。
ぐい、と水の中へ引き込まれる。
息ができず、泡が口から溢れた。
水の底には無数の白い顔が沈んでいて、みんな一斉にこちらを見上げていた。
*
目が覚めると、布団の中で服が湿っていた。
冷たい水に浸かったように。
そっと布団をめくると、足元に黒い髪が一本落ちていた。
それは今も、私の部屋のどこかにある気がする。
夜になると、水の流れるような音が部屋の隅から聞こえるのだ。
あの声がまた呼ぶ前に――
私はもう、あの水路の蓋の上には近づかない。
古くから田畑に水を送るために作られた人工の流れで、コンクリートで囲まれた幅一メートルほどの水路だ。
所々に小さな橋や蓋のような板が渡してあり、人が上を歩いて通ることができる。
けれど、子供の頃から言われていた。
「水路の蓋の上では立ち止まるな。下から呼ばれるぞ」
冗談半分に聞き流していたその話の意味を、私はある夜に知った。
*
夏の夜、友達の家からの帰り道だった。
近道をしようと、水路の上に渡されたコンクリートの蓋を歩いていた。
真夏だというのに、水路からは生臭い冷たい風が吹き上がってきた。
ふと、足元から声がした。
「……どこ いくの」
驚いて立ち止まる。
水の流れる音に混じって、小さく、だけどはっきりとした声がした。
「いっしょに おいでよ」
私は怖くなって、一歩下がろうとした。
その瞬間、足首を何かに掴まれた。
冷たい。ぬるりとした感触。
「いやだっ……!」
思わず振り払うと、バランスを崩して膝をついた。
足元の蓋の隙間から、黒い髪が這い出してきていた。
それがぬるぬると動いて、私の足に絡みつこうとしていた。
私は悲鳴を上げて走り出した。
*
家に着くころには、全身汗でびっしょりだった。
足首を見ると、泥のような黒い筋が幾重にもついていた。
風呂場で必死に洗い流したが、何度こすっても皮膚の奥から冷たさが抜けなかった。
*
その夜、夢を見た。
狭い水路の中に立っていた。
水は腰のあたりまであり、底には何か柔らかいものが沈んでいた。
前を見ると、暗闇の中から白い顔がひとつ浮かび上がってきた。
目が真っ黒で、口だけが笑っていた。
「みつけた」
細い手が水面から伸び、私の手首を掴んだ。
ぐい、と水の中へ引き込まれる。
息ができず、泡が口から溢れた。
水の底には無数の白い顔が沈んでいて、みんな一斉にこちらを見上げていた。
*
目が覚めると、布団の中で服が湿っていた。
冷たい水に浸かったように。
そっと布団をめくると、足元に黒い髪が一本落ちていた。
それは今も、私の部屋のどこかにある気がする。
夜になると、水の流れるような音が部屋の隅から聞こえるのだ。
あの声がまた呼ぶ前に――
私はもう、あの水路の蓋の上には近づかない。
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