24 / 31
第24話『夜廻り灯』
しおりを挟む
くちなし町の旧市街には、一本だけ古い街灯が残っている通りがある。
商店街から外れた狭い道に立つその街灯は、鋳鉄の柱がひび割れ、灯りは薄く橙色に濁っていた。
町ではその灯りを「夜廻り灯」と呼ぶ。
古くからの言い伝えがあった。
「夜廻り灯の下で足を止めるな。
灯りが急に揺れたら、その時は誰かがお前を見つけた証拠だ。」
昔からそう聞いて育ったが、私は一度も気にしたことがなかった。
あの夜までは。
*
遅くまで仕事をして、終電でくちなし町に戻った。
タクシーはつかまらず、歩いて家へ帰る途中、その通りを通った。
街灯はぼんやりと暗いオレンジ色の光を落としていた。
その光がまるで水の底のように見えた。
足を速めようとした時、街灯の明かりが不意に揺れた。
風はなかった。
なのに灯りだけが、ふわりと左右に揺れた。
頭の奥に、何かが囁くような声がした。
「……みつけた……」
鳥肌が立つ。
私は無意識に立ち止まってしまった。
しまった、と思った時には遅かった。
背後で、靴が小石を踏むような音がした。
振り返りたくなかった。
けれど、足が自然に動いてしまった。
そこには、何もいなかった。
ただ街灯の下の地面に、見知らぬ足跡が濡れたように浮かんでいた。
泥でも血でもない、黒い液体のように見えた。
*
家に帰ると、玄関のドアに何かが貼られていた。
小さな紙切れだった。
拾い上げると、そこには赤いペンで一言だけ書かれていた。
「また あの灯の下で」
紙は濡れていて、ぬるりとした感触がした。
*
その夜、布団に入るとすぐに夢を見た。
夢の中で、私はまたあの街灯の下に立っていた。
灯りは揺れ、ぼんやりと私だけを照らしていた。
周囲の暗闇から、白い手が何本も伸びてきた。
長く細い手が、私の腕や首をそっと撫でる。
「みつけたから もう かえれないよ」
声がして、視界が暗転した。
*
目を覚ますと、息が苦しかった。
首元を触ると、細い指の痕のようなものが赤く残っていた。
あれから私は、夜廻り灯の通りを避けている。
でも、町の別の場所でも、夜道でふと足を止めると、どこかの街灯が同じように揺れるのが見える。
その度に思い出す。
あの灯の下で、もう一度呼ばれたら――
今度こそ、戻ってこられない気がして。
商店街から外れた狭い道に立つその街灯は、鋳鉄の柱がひび割れ、灯りは薄く橙色に濁っていた。
町ではその灯りを「夜廻り灯」と呼ぶ。
古くからの言い伝えがあった。
「夜廻り灯の下で足を止めるな。
灯りが急に揺れたら、その時は誰かがお前を見つけた証拠だ。」
昔からそう聞いて育ったが、私は一度も気にしたことがなかった。
あの夜までは。
*
遅くまで仕事をして、終電でくちなし町に戻った。
タクシーはつかまらず、歩いて家へ帰る途中、その通りを通った。
街灯はぼんやりと暗いオレンジ色の光を落としていた。
その光がまるで水の底のように見えた。
足を速めようとした時、街灯の明かりが不意に揺れた。
風はなかった。
なのに灯りだけが、ふわりと左右に揺れた。
頭の奥に、何かが囁くような声がした。
「……みつけた……」
鳥肌が立つ。
私は無意識に立ち止まってしまった。
しまった、と思った時には遅かった。
背後で、靴が小石を踏むような音がした。
振り返りたくなかった。
けれど、足が自然に動いてしまった。
そこには、何もいなかった。
ただ街灯の下の地面に、見知らぬ足跡が濡れたように浮かんでいた。
泥でも血でもない、黒い液体のように見えた。
*
家に帰ると、玄関のドアに何かが貼られていた。
小さな紙切れだった。
拾い上げると、そこには赤いペンで一言だけ書かれていた。
「また あの灯の下で」
紙は濡れていて、ぬるりとした感触がした。
*
その夜、布団に入るとすぐに夢を見た。
夢の中で、私はまたあの街灯の下に立っていた。
灯りは揺れ、ぼんやりと私だけを照らしていた。
周囲の暗闇から、白い手が何本も伸びてきた。
長く細い手が、私の腕や首をそっと撫でる。
「みつけたから もう かえれないよ」
声がして、視界が暗転した。
*
目を覚ますと、息が苦しかった。
首元を触ると、細い指の痕のようなものが赤く残っていた。
あれから私は、夜廻り灯の通りを避けている。
でも、町の別の場所でも、夜道でふと足を止めると、どこかの街灯が同じように揺れるのが見える。
その度に思い出す。
あの灯の下で、もう一度呼ばれたら――
今度こそ、戻ってこられない気がして。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる