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第25話『古道具屋の奥』
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くちなし町の駅前商店街には、古くから続く古道具屋がある。
「森下骨董」と木の板に墨で書かれた看板は年季が入り、黒ずんでひび割れていた。
店の中は所狭しと古い箪笥やランプ、剥製の鳥や掛け軸が並び、その匂いだけで息苦しくなるほどだった。
私は以前から古本や古道具を探すのが好きで、ときどきこの店にも立ち寄っていた。
しかし店主の森下は、愛想がいいようでいて、いつもどこか距離を取る不気味さがあった。
ある日、店を訪れたときのこと。
「ちょうど珍しいものが入ったんですよ」
森下が奥からそっと出してきたのは、小さな木箱だった。
檜でできたその箱は、釘も使わず組まれており、角は奇妙に黒ずんでいた。
「これ、どこかのお寺で使われていたものらしいんですがね……開けるときは、夜を避けてください」
森下は薄く笑って言った。
それを聞いてむしろ興味を惹かれた私は、安い値段もあってつい買ってしまった。
*
その夜、部屋で机に置き、改めて箱を眺めた。
手に取ると、どこか冷たい。
軽く揺らすと、箱の中で何かが転がる小さな音がした。
言われた注意を思い出したが、好奇心には勝てなかった。
蓋を外すと、ふわっと埃と一緒に甘い香りが立ち上った。
中には黄ばんだ布に包まれた何かが入っていた。
布をめくると、それは掌に乗るほどの古い鏡だった。
裏面には読めない古い文字が彫られていた。
私は鏡を机の上に置き、思わず見入ってしまった。
そこにはぼんやりと、自分の顔が映っていた。
しかし、よく見ると背後に――誰かが立っていた。
長い髪を垂らした女のような影が、私の肩越しに覗き込んでいる。
慌てて振り返ったが、部屋には誰もいなかった。
再び鏡を見たとき、もう影は映っていなかった。
「……気のせい、だよな」
自分に言い聞かせ、鏡を箱に戻し、布団に入った。
*
夜中、何かが耳元で囁いた。
「……かえして……」
目を開けると、部屋は真っ暗だった。
けれど鏡をしまった木箱だけが、わずかに光っていた。
布団の中で震えていると、また声がした。
「……そこじゃないの……ここに……」
次の瞬間、背中に冷たい手が触れた。
心臓が飛び出すかと思い、飛び起きて灯りをつけると、部屋には私しかいなかった。
だが、机の上の木箱が開いていた。
中にはもう鏡はなかった。
床を探すと、畳の隙間にその鏡が落ちていた。
拾い上げた瞬間、鏡の表面に水滴のようなものがいくつも浮かび、それがゆっくりと文字を形作った。
「ここに いさせて」
鏡を取り落とした。
その文字は次の瞬間には消えていた。
*
朝になり、震えながら古道具屋に駆け込んだ。
森下に事の顛末を話すと、彼は静かに頷いた。
「やはり、そうなりましたか」
そして、にこりともせずに言った。
「もうそれはあなたのものです。手放そうとしても、また戻ってくるでしょう。……あの鏡は“居場所”を探しているんですよ。」
「居場所……?」
「この町にはそういうものが多いんです。長く忘れられ、でも完全には死ねない。だから寄り添える誰かを探す。」
森下は淡々とそう言った。
私は言葉を失った。
*
それからというもの、夜になると鏡が私の部屋の好きな場所に移動する。
机の上、枕元、玄関の靴箱。
朝になると必ず違うところに置いてある。
もう元の箱に仕舞うことすらやめた。
最近は、鏡の中に見知らぬ部屋が映ることがある。
畳の色も柱の造りも、私の部屋とは全く違う場所。
そして、その見知らぬ部屋の中で、白い着物を着た誰かが、じっとこちらを見つめている。
鏡が私の部屋にあるのか、それとも――
私がいつの間にか、あの鏡の中に住む家へ移ってしまったのか。
その区別が、だんだんつかなくなってきている。
「森下骨董」と木の板に墨で書かれた看板は年季が入り、黒ずんでひび割れていた。
店の中は所狭しと古い箪笥やランプ、剥製の鳥や掛け軸が並び、その匂いだけで息苦しくなるほどだった。
私は以前から古本や古道具を探すのが好きで、ときどきこの店にも立ち寄っていた。
しかし店主の森下は、愛想がいいようでいて、いつもどこか距離を取る不気味さがあった。
ある日、店を訪れたときのこと。
「ちょうど珍しいものが入ったんですよ」
森下が奥からそっと出してきたのは、小さな木箱だった。
檜でできたその箱は、釘も使わず組まれており、角は奇妙に黒ずんでいた。
「これ、どこかのお寺で使われていたものらしいんですがね……開けるときは、夜を避けてください」
森下は薄く笑って言った。
それを聞いてむしろ興味を惹かれた私は、安い値段もあってつい買ってしまった。
*
その夜、部屋で机に置き、改めて箱を眺めた。
手に取ると、どこか冷たい。
軽く揺らすと、箱の中で何かが転がる小さな音がした。
言われた注意を思い出したが、好奇心には勝てなかった。
蓋を外すと、ふわっと埃と一緒に甘い香りが立ち上った。
中には黄ばんだ布に包まれた何かが入っていた。
布をめくると、それは掌に乗るほどの古い鏡だった。
裏面には読めない古い文字が彫られていた。
私は鏡を机の上に置き、思わず見入ってしまった。
そこにはぼんやりと、自分の顔が映っていた。
しかし、よく見ると背後に――誰かが立っていた。
長い髪を垂らした女のような影が、私の肩越しに覗き込んでいる。
慌てて振り返ったが、部屋には誰もいなかった。
再び鏡を見たとき、もう影は映っていなかった。
「……気のせい、だよな」
自分に言い聞かせ、鏡を箱に戻し、布団に入った。
*
夜中、何かが耳元で囁いた。
「……かえして……」
目を開けると、部屋は真っ暗だった。
けれど鏡をしまった木箱だけが、わずかに光っていた。
布団の中で震えていると、また声がした。
「……そこじゃないの……ここに……」
次の瞬間、背中に冷たい手が触れた。
心臓が飛び出すかと思い、飛び起きて灯りをつけると、部屋には私しかいなかった。
だが、机の上の木箱が開いていた。
中にはもう鏡はなかった。
床を探すと、畳の隙間にその鏡が落ちていた。
拾い上げた瞬間、鏡の表面に水滴のようなものがいくつも浮かび、それがゆっくりと文字を形作った。
「ここに いさせて」
鏡を取り落とした。
その文字は次の瞬間には消えていた。
*
朝になり、震えながら古道具屋に駆け込んだ。
森下に事の顛末を話すと、彼は静かに頷いた。
「やはり、そうなりましたか」
そして、にこりともせずに言った。
「もうそれはあなたのものです。手放そうとしても、また戻ってくるでしょう。……あの鏡は“居場所”を探しているんですよ。」
「居場所……?」
「この町にはそういうものが多いんです。長く忘れられ、でも完全には死ねない。だから寄り添える誰かを探す。」
森下は淡々とそう言った。
私は言葉を失った。
*
それからというもの、夜になると鏡が私の部屋の好きな場所に移動する。
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朝になると必ず違うところに置いてある。
もう元の箱に仕舞うことすらやめた。
最近は、鏡の中に見知らぬ部屋が映ることがある。
畳の色も柱の造りも、私の部屋とは全く違う場所。
そして、その見知らぬ部屋の中で、白い着物を着た誰かが、じっとこちらを見つめている。
鏡が私の部屋にあるのか、それとも――
私がいつの間にか、あの鏡の中に住む家へ移ってしまったのか。
その区別が、だんだんつかなくなってきている。
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