くちなし町、夜の記録

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第26話『夜の墓標』

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くちなし町の外れ、低い丘の上に古い墓地がある。
町の共同墓地として使われてきた場所で、石の小道を登っていくと、整然と並ぶ無数の墓標が暗い木立の間に点在している。

墓は古いものが多く、風雨で文字が薄れているものも少なくない。

私は子供のころから、この墓地にはあまりいい思い出がなかった。

祖母に手を引かれて墓参りに来るたび、帰り道で必ず頭痛がしたし、石の隙間から何かが覗いているような錯覚に襲われた。

けれど大人になるにつれ、それはただの思い込みだと思うようになった。

あの夜までは。



真夏のある夜、私は友人と飲んだ帰り道に、その墓地の前を通った。

昼間なら遠回りしてでも避けるのに、酒で気が大きくなっていた。

「ちょっと肝試ししていかないか?」

友人が冗談めかして言い出した。

私は苦笑しながらもつい頷いてしまった。

石段を登ると、月明かりがわずかに墓石を照らしていた。

その光はどこか青白く、墓標の影を長く伸ばしていた。

私たちは墓地の中央あたりまで進んだ。

すると、奥の方の墓標の間に、人影が立っているのが見えた。

小柄で、細い肩。

誰かが夜中に墓参りをしているのだろうか。

そう思ったが、次の瞬間、その影がふっとこちらに向き直った。

顔は暗くて見えない。

だが、闇の中に白いものがにゅっと浮かんだ。

――目、だった。

真っ黒い輪郭の中に、白く濁った目だけがこちらをじっと見つめていた。

全身の血が引くのを感じた。

友人が小さく呻いて一歩後ずさった。

その瞬間、その目がにやりと笑ったように細まった。

「逃げよう」

私がそう言うより早く、友人は振り返り、階段を駆け下りていた。

私もそれを追って必死に走った。

石段を下りきり、ようやく町の街灯の下で振り返ると、もうそこには誰もいなかった。

墓地はただ、闇と墓石が静かに並ぶだけだった。



次の日、友人から連絡が来た。

「昨日の夜からおかしいんだよ」

声が震えていた。

「帰って鏡見たら、後ろに……あの墓の中にいた奴が映ったんだ」

電話越しに呼吸が荒いのがわかった。

「今もずっと、鏡を見るたびにそこにいるんだよ……。俺、もう……」

そこで急に電話が切れた。

それから友人とは連絡が取れなくなった。

家族によると、彼は部屋の中で何度も何度も鏡を割ろうとしていたらしい。

けれど結局、ある朝忽然と姿を消した。



私自身も、それ以来ずっと夢に同じ光景が現れる。

墓地の中央で、あの白い目がこちらを見つめている。

動けずにいると、その目がにゅっと長い腕を伸ばしてくる。

冷たい指が私の腕を撫で、首に触れる。

「おまえも ここに」

声は頭の奥で響き、夢から覚めたあとも消えない。

首筋には薄く赤い指の痕が残っていた。



夜になると、窓の外の電線の上に、見覚えのある白い目が浮かぶ。

じっとこちらを見下ろし、そして薄く笑う。

私はもう墓地には近づけない。

けれどきっと、あの影はいつでも私を見つけられるのだろう。

いずれ私も、夜の墓標の間に並び、誰かが来るのをじっと待つ側になるのかもしれない。
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