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第9話 星猫の夜、森に溶ける
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夜が深まるにつれ、森は静寂を増していった。
篝火は細い火を揺らしながら、ほとんど燃え尽きかけている。
女は薪を足すのも忘れ、ただ膝を抱えて木々の影を見つめていた。
あの黒猫ノワールはいつの間にか姿を消していた。
でも不思議と心細くはなかった。
森に満ちる匂いが、風が運ぶ葉擦れの音が、夜を優しくしてくれている。
「こんな夜は……初めて」
誰に話すともなくつぶやいた声が、木々の間で小さく反響する。
森の奥から、何かがこちらへ近づいてくる気配がした。
硬い土の上を小さく踏む音。
葉をかすめる軽い擦れ。
目を凝らすと、暗がりの中から白い影が歩み出た。
それは長い毛並みの白猫だった。
「……あなたは……」
神殿で見た巫女の膝に座っていた猫。
名を呼んだこともないのに、どこか懐かしい気がした。
白猫は何も言わず、ただ女の傍へ歩み寄り、そっと座る。
その額には薄い光がともっていた。
「星……」
目を奪われているうちに、周囲が変わり始めた。
気づけば森の木々の根元や枝に、数えきれないほどの猫たちが座っている。
白、黒、三毛、灰色。
見渡す限り猫たちがいて、皆同じように額を光らせていた。
風が吹き抜けると、その光が小さく揺れ、まるで星座のように繋がって見える。
「これが……星猫の夜」
旅の女はそっと息を飲んだ。
心臓が静かに脈を打ち、その度に胸の奥がじんわりと温かくなる。
涙が出るわけでもないのに、何かが零れ落ちそうで、思わず唇を噛んだ。
白猫は女を見上げると、ゆっくりと立ち上がった。
そして額をそっと彼女の膝に押し当てる。
「……っ」
一瞬、視界が柔らかな光で満ちた。
暗闇でもなく、眩しいわけでもない、ただ優しく包み込む銀色。
その光の中で、女は自分の奥底にあった寂しさや痛みが、少しずつほどけていくのを感じた。
どれほどの時間が経ったのか、気づけば白猫はまた少し離れたところに座って、静かにこちらを見ていた。
「ありがとう……」
小さく呟くと、白猫は瞳を細め、それからそっと森の奥へ消えていった。
辺りを見渡すと、まだ猫たちはそこかしこにいて、額を淡く光らせている。
その光は夜空へ昇り、森の上にゆっくりと広がっていった。
女はそっと掌を胸に置いた。
あたたかい。
まだ名のつけられない気持ちが、胸の奥に静かに灯っていた。
篝火は細い火を揺らしながら、ほとんど燃え尽きかけている。
女は薪を足すのも忘れ、ただ膝を抱えて木々の影を見つめていた。
あの黒猫ノワールはいつの間にか姿を消していた。
でも不思議と心細くはなかった。
森に満ちる匂いが、風が運ぶ葉擦れの音が、夜を優しくしてくれている。
「こんな夜は……初めて」
誰に話すともなくつぶやいた声が、木々の間で小さく反響する。
森の奥から、何かがこちらへ近づいてくる気配がした。
硬い土の上を小さく踏む音。
葉をかすめる軽い擦れ。
目を凝らすと、暗がりの中から白い影が歩み出た。
それは長い毛並みの白猫だった。
「……あなたは……」
神殿で見た巫女の膝に座っていた猫。
名を呼んだこともないのに、どこか懐かしい気がした。
白猫は何も言わず、ただ女の傍へ歩み寄り、そっと座る。
その額には薄い光がともっていた。
「星……」
目を奪われているうちに、周囲が変わり始めた。
気づけば森の木々の根元や枝に、数えきれないほどの猫たちが座っている。
白、黒、三毛、灰色。
見渡す限り猫たちがいて、皆同じように額を光らせていた。
風が吹き抜けると、その光が小さく揺れ、まるで星座のように繋がって見える。
「これが……星猫の夜」
旅の女はそっと息を飲んだ。
心臓が静かに脈を打ち、その度に胸の奥がじんわりと温かくなる。
涙が出るわけでもないのに、何かが零れ落ちそうで、思わず唇を噛んだ。
白猫は女を見上げると、ゆっくりと立ち上がった。
そして額をそっと彼女の膝に押し当てる。
「……っ」
一瞬、視界が柔らかな光で満ちた。
暗闇でもなく、眩しいわけでもない、ただ優しく包み込む銀色。
その光の中で、女は自分の奥底にあった寂しさや痛みが、少しずつほどけていくのを感じた。
どれほどの時間が経ったのか、気づけば白猫はまた少し離れたところに座って、静かにこちらを見ていた。
「ありがとう……」
小さく呟くと、白猫は瞳を細め、それからそっと森の奥へ消えていった。
辺りを見渡すと、まだ猫たちはそこかしこにいて、額を淡く光らせている。
その光は夜空へ昇り、森の上にゆっくりと広がっていった。
女はそっと掌を胸に置いた。
あたたかい。
まだ名のつけられない気持ちが、胸の奥に静かに灯っていた。
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