星降る森で、猫と過ごす癒しのスローライフ

コテット

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第32話 胸に残る星の言葉

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朝の光が市場に降りていた。

屋台には籠が並び、果物の香りがゆっくりと風に溶けていく。
パンを焼く香ばしい匂いと、菓子屋から漂う甘い匂いが、石畳を歩く人々の足元を撫でていった。

旅の女は籠を抱え、小さな通りをゆっくりと歩いていた。

昨夜のことが胸の奥にまだ静かに残っていた。

森の中で猫たちの額が次々に光り、銀色の夜が広がっていったこと。
黒猫ノワールがそっと寄り添い、ルチルが膝の上で夢を見たこと。

そして――

(私は星神アステリア。
 夜を抱き、寂しさを撫で、星へ変える神。
 だから今夜もありがとう……)

胸の奥にそっと響く声。
それは確かに誰かの声であり、同時に森そのものの吐息のようでもあった。

果物屋の女主が声をかけてきた。

「今日は少し遅かったね。……夜、森に行ってたんだろ?」

「ええ……また星猫の夜だったの」

「そうかい……あの夜を見たら、もうこの森から離れられなくなるだろ?」

その言葉に思わず小さく笑った。

「そうかもしれません」

そう言うと、女主は声を立てて笑い、籠に小さな葡萄をひと房だけそっと入れてくれた。

「お代はいらないよ。ノワールたちによろしく伝えておくれ」

「ええ、伝えるわ」

市場を歩くと、三毛のプティが屋台の下から顔を出し、短く鳴いてまた駆けていった。
子供たちがそれを追いかけ、笑い声が空へ弾ける。

少し先で灰色のルチルが小さな籠の陰に座っていた。
女が近づくと、ルチルはゆっくりと目を細め、小さく尻尾を揺らした。

「おはよう、ルチル」

そっと声をかけると、胸の奥でまた昨夜の言葉が静かに揺れた。

(どうかまた夜が来たなら、この森へ歩いておくれ。
 猫たちの額が小さく光り、お前の胸に落ちるその瞬間を、
 私はまた何度でも見ていたい。)

女は胸にそっと手を当てた。

あの言葉がまだそこにあった。
星の欠片みたいに小さく光って、息をするたびに静かに瞬いている。

「ありがとう……」

小さく囁くと、ルチルは短く鳴き、また籠の陰に隠れていった。

市場には果物の香り、人々の声、そしていくつもの猫の影。

そのどれもが、昨夜の星の光をまだ少しだけ残しているようで、胸がまた静かにあたたかくなった。

女は小さな籠を抱えなおし、また次の屋台へ歩き出した。

夜が来れば、また森は銀河になる。
その時、自分はまたあの光の中でそっと目を閉じるだろう。

その未来を思うだけで、今日という日が少しだけ優しく感じられた。
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