辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

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第9話 王妃の微笑と、仮面の処方箋

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王宮南塔、陽光の入らぬ謁見の間――
そこはかつて“賢妃殿下”と呼ばれた王妃リュシアが、静養と称して閉じ込められた空間だった。
幾重にも設けられた緞帳と遮光窓、薬香が満ちる室内は、どこか「精神病棟」にも似た異質な気配を放っていた。

「侯爵令嬢リーナ・アークレイン様、王妃殿下の御診察にまいりました」

リーナは淡い白の医術礼服をまとい、香箱を抱えてゆっくりと部屋に足を踏み入れる。
その背には第三王子アリウスからの“王家公認”があるとはいえ、これは紛れもない“危地”であった。

奥に見えたのは、整えられた寝椅子と、そこに腰掛ける一人の女性。
王妃リュシア――その人だ。

薄絹のヴェールをまとったその姿は美しく、齢四十に差しかかるとは思えないほど整っている。
だが、その目は虚ろだった。

「……あなたが、リーナ……アークレイン嬢?」

声は柔らかく、しかしどこか鈍い。
リーナはそっと頷き、香箱を膝に置いた。

「本日は御体調の確認と、薬品の再調整にまいりました。王妃殿下、よろしければ脈を――」

そのとき、侍女の一人が前に出た。

「殿下は、“外部の者”に触れられることをお好みではありません」

声の調子は丁重だが、露骨な拒絶だった。
リーナは微笑み、その侍女を見やる。

「あなた、服薬管理担当ですか?」

「……はい」

「ならば確認しておきますが。
“ロゼンヴァイル・タイプB”と記された薬瓶を、三日おきに半量ずつ投与していましたね?」

「……え?」

「これは《アルター・ヴェノム》の変性型、すなわち“感情の動揺を抑え、判断能力を鈍らせる薬”です。
これを長期間与え続けることは、医療行為ではなく、薬物による精神拘束と見なされます」

侍女の顔色が見る間に変わった。
だがリーナはそのまま続ける。

「私は王家医務顧問の任を預かっております。
今後、薬品管理の責任者は私に一任されました。すべての瓶は封印対象とします」

「なっ、なぜ貴女に……!」

「なぜなら、その処方に王妃殿下の署名がないからです」

リーナは静かに立ち上がり、王妃に向き直る。

「リュシア殿下。
貴女は今、本当に“自分の意志”で、この場所にいらっしゃいますか?」

リュシアの目が揺れた。
その揺れは、空の湖面のように微細だが、確かに“内側”からの反応だった。

「……わたくしは……ここが……楽で……」

「楽ではなく、“縛られている”のです。
王妃として国に何ができるかではなく、“王妃である貴女”が、“人”として何を願うかを教えてください」

リーナは小瓶を取り出した。
中には淡い白銀の液体が揺れている。

「これは《沈穏露(ちんおんろ)》、記憶と感情の均衡を取り戻す薬です。
副作用は軽微。これまでの処方よりずっと優しい。――信じていただけますか?」

王妃の瞳が、ようやくリーナの方を見た。
言葉ではなく、そっと手を伸ばした。

それが“答え”だった。

◆ ◆ ◆

三日後――
リーナは再び診察室を訪れた。
王妃リュシアは、窓際の椅子に座り、静かに紅茶を口にしていた。
その目に宿る光は、前回とは明らかに違っていた。

「リーナ嬢……。あのとき、あなたが来てくれて、本当によかった」

「……記憶は?」

「全部とは言えないけれど。
あの薬……あれは、わたしから“感情”を削っていた。
怒ることも、悲しむことも、ただ虚ろに笑っていただけだった」

リュシアは震える手でカップを置いた。

「王の前では、従順な女を演じよ。
太子のためには、感情を表すな。
“王妃”の仮面は、あまりにも重すぎた」

「その仮面は……もう外してもよいのです」

リーナは言った。
彼女の手の中には、王妃の服薬記録の写しがあった。
そして、アルター・ヴェノムの供給元に関する決定的な証拠も――。

「次は……その“仮面”を与え続けた者たちに、“正しい処方”を渡さなくてはなりませんね」

リュシアは、ゆっくりと頷いた。

「お願い、リーナ嬢。
この王宮に……もう一度“風”を通して」

◆ ◆ ◆

その夜、リーナは顧問室で報告書をまとめていた。
静寂の中、ドアがノックされる。

「失礼する」

入ってきたのは第三王子アリウス。

「王妃が、貴女を“感情の施術者”と呼ばれたそうだ。
それはきっと、医務顧問以上の意味だろう」

リーナは目を細め、問い返した。

「殿下にとって私は、まだ“毒”ですか?」

アリウスは首を振る。

「違う。
貴女は“処方箋”だ。
この王家という病にとっての、唯一の」

その言葉が、妙に胸に残った。

リーナは視線を落とし、手元の処方記録を指でなぞる。
その次の頁に記されていたのは――
“王太子・フロリウス殿下に対する心理評価および、薬物適応診断書”

「いよいよですね……“ざまぁの最終段階”が」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

あとがき
第9話、お読みいただきありがとうございました。
王妃の静かな目覚めと、それを導くリーナの処方。
今回の“ざまぁ”は、静謐にして深く、そして国そのものへの導線でもあります。

いよいよ次は――“王太子本人”との対面、そして核心の衝突です。
引き続き、応援・フォロー・お気に入りをどうぞよろしくお願いいたします!

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
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