辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット

文字の大きさ
10 / 39

第10話 王太子との診断日、偽りの玉座にて

しおりを挟む
王宮第二塔、黄金の謁見室。
かつてリーナが“婚約者”として立ち入ったこの部屋に、いま再び足を踏み入れるとは。
だが今の彼女は、かつての「妃候補」ではない。
王家直属医務顧問として、“王太子本人の診断”に臨む。

「侯爵令嬢、いや……医務顧問としての入室を認める」

その声は変わらない――
冷たく、どこか見下ろすような響き。
王太子フロリウス・エルヴィス・フェリル王子。
リーナの元婚約者にして、王家の表の継承者。

彼は高位の椅子に腰掛け、隣には従者と王都医務局の高官が控えていた。
だが、真正面から向かい合うリーナの眼差しに、彼はわずかに表情を揺らす。

「お久しぶりですね、殿下」

「……貴様に診られるなど、不本意だ」

「ですがこれは、王命です」

一歩も引かぬ声に、従者が焦ったように制止しかけるが、フロリウスが手を上げてそれを遮る。

「いい。どこまで“戯言”を弄するか見てやろう」

リーナは椅子に座る王太子の前に、記録簿と二本の小瓶を並べた。

「まず第一に。殿下は三年前より不定期に《情緒安定剤》を服用されていますが、その成分が王妃殿下の処方と一致していました」

「それがどうした」

「《アルター・ヴェノム》の派生薬――感情抑制を目的とするものであり、他者の言葉や表情への共感力を鈍らせる副作用があります」

「……まさか、それが私の判断に影響を与えたとでも言うのか?」

「可能性は高いと見ています。
殿下が“私との婚約破棄”を決定したあの時期。
最も濃度の高い“変異型感情抑制剤”が処方されていた記録が、医務局より発見されました」

フロリウスの目が一瞬、揺れた。
だがその奥には、まだ“否定”の光が残っていた。

「ならば、何を望む? 薬のせいで私は間違った、だからすべて許せとでも?」

「いいえ」

リーナはきっぱりと答える。

「私は、貴方に“過去を赦してほしい”などと願ってはいません。
私が処方するのは、未来のための“診断”です」

そして、彼女は二本の瓶のうち一本を手に取った。

「この青い瓶は《回想の雫》。
一定時間、服用者の記憶中枢を活性化させ、情緒記憶を明瞭化させます。
貴方が“そのとき、本当に何を思ったのか”を確認する機会です」

フロリウスは静かに、しかし確実に、顔を上げた。

「……貴様は、私に“後悔”させたいのか?」

「違います。
これは、“選ばせる”ための薬です。
このまま、感情の仮面を被ったまま玉座に座るのか――
それとも、貴方自身の意志で“王”となるのか」

重く、長い沈黙が落ちた。
やがて、フロリウスは瓶を手に取り、ゆっくりと口元に運ぶ。

「……王子としてではなく、“一人の人間”として飲む。それでいいな?」

「ええ、殿下」

リーナは静かに頷いた。

◆ ◆ ◆

しばらくして――
王太子の瞳が見開かれた。
過去の映像が、記憶が、情緒が、全て鮮明によみがえる。

「……なぜ……あのとき、私は……リーナ、お前の言葉を、まともに聞けなかった」

「それが、薬の影響です」

「……では、私の決断は、全て“誰かの処方”だったと?」

リーナはもう一本の瓶を差し出す。

「これは、《断絶の香》。
記憶の余韻に影響されず、未来を選ぶための調香剤です。
飲む必要はありません。ただ、そこに置いておきます」

「……処方は提示された。
選ぶのは……私、か」

フロリウスの声音が変わっていた。
威圧も虚勢もなく、ただ一人の青年として、リーナと向き合っていた。

「ありがとう、リーナ」

「私は、医務顧問です。
礼など必要ありません。
必要なのは、“判断”と“責任”だけです」

◆ ◆ ◆

その夜、顧問室に戻ったリーナのもとへ、王宮の侍従が報せを届けた。

《王太子殿下、予定されていた王政評議会への出席を辞退。
代わりに第三王子・アリウス殿下の代理出席が決定》

《併せて、王太子殿下より正式書簡。“婚約破棄の真意について謝罪”》

リーナは報せを読み、静かに微笑んだ。

「……ざまぁ、というには、少し静かすぎたかしら」

だが、彼女の眼差しは鋭いままだ。

「次は、“王国評議会”の席に、“処方”を届ける番ね」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

あとがき
第10話、お読みいただきありがとうございました。
因縁の王太子との対面、“静かなざまぁ”の真骨頂を描かせていただきました。
次回はいよいよ、王政を動かす評議会の舞台へ――
薬師として、令嬢として、人として。
リーナの歩みはさらなる高みへと向かいます。

どうかご感想・フォロー・お気に入りで、応援いただければ幸いです。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…

satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!

婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ
恋愛
「働いていない?――いいえ、舞踏会も社交も重労働ですわ!」 前世で“働きすぎて壊れた”記憶を持ったまま、 異世界の公爵令嬢ルナ・ルクスとして転生したヒロイン。 生まれながらにして働く必要のない身分。 理想のスローライフが始まる――はずだった。 しかし現実は、 舞踏会、社交、芸術鑑賞、気配り、微笑み、評価、期待。 貴族社会は、想像以上の超・ブラック企業だった。 「ノブレス・オブリージュ?  それ、長時間無償労働の言い換えですわよね?」 働かないために、あえて“何もしない”を選ぶルナ。 倹約を拒み、金を回し、 孤児院さえも「未来への投資」と割り切って運営する。 やがて王都は混乱し、 なぜか彼女の領地だけが安定していく――。 称賛され、基準にされ、 善意を押し付けられ、 正義を振りかざされ、 人格まで語られる。 それでもルナは、動かない。 「期待されなくなった瞬間が、いちばん自由ですわ」 誰とも戦わず、誰も論破せず、 ただ“巻き込まれない”ことを貫いた先に待つのは、 何も起きない、静かで満たされた日常。 これは―― 世界を救わない。 誰かに尽くさない。 それでも確かに幸せな、 働かない公爵令嬢の勝利の物語。 「何も起きない毎日こそ、私が選び取った結末ですわ」

乙女ゲームに転生したら不遇ヒロインでしたが、真エンドは自分で選びます

タマ マコト
ファンタジー
社畜のように他人の期待に応える人生を送り、事故で命を落とした朝霧玲奈は、かつて遊んでいた乙女ゲームの世界に“不遇ヒロイン”として転生する。 努力しても報われず、最終的に追放される役割を知った彼女は、誰かに選ばれる物語を拒否し、自分の意志で生きることを決意する。 さて、物語はどう変化するのか……。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

婚約破棄されたので、自由に生きたら王太子が失脚しましたあ

鍛高譚
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢 ロザリー・フォン・アーデン は、王太子 エドワード・カミル・レグノード の婚約者として誰もが認める完璧な貴族令嬢だった。 しかしある日、王太子は突如 “聖女” を名乗る平民の少女 セシリア・ブランシュ に夢中になり、ロザリーに無情な婚約破棄を言い渡す。 「これは神の導きだ! 私の本当の運命の相手はセシリアなんだ!」 「ロザリー様、あなたは王太子妃にふさわしくありませんわ」 ──ふたりの言葉を前に、ロザリーは静かに微笑んだ。 「……そうですか。では、私も自由に生きさせていただきますわね?」 だが、これがロザリーの “ざまぁ” 逆転劇の幕開けだった! 神託と称して王太子を操る “聖女” の正体は、なんと偽者!? さらに王室財政を私物化する 汚職貴族との黒い繋がり も発覚!? 次々と暴かれる陰謀の数々に、王宮は大混乱。 そして、すべての証拠が王の手に渡ったとき──王太子 エドワードは王太子の地位を剥奪され、偽の聖女と共に国外追放 となる! 「ロザリー様を捨てた王太子は大馬鹿者だ!」 「やっぱり王妃にふさわしかったのはロザリー様だったのよ!」 社交界ではロザリーへの称賛が止まらない。 そしてそんな彼女のもとに、なんと隣国の 若き王クラウス・アレクサンドル から正式な求婚が──!? 「私はあなたの聡明さと誇り高き心に惹かれました。私の王妃になっていただけませんか?」 かつての婚約破棄が嘘のように、今度は 本物の愛と自由を手にするチャンス が巡ってくる。 しかし、ロザリーはすぐに頷かない。 「私はもう、誰かに振り回されるだけの人生は選びません」 王妃となる道を選ぶのか、それとも公爵家の令嬢として新たな未来を切り開くのか──?

失恋までが初恋です。

あんど もあ
ファンタジー
私の初恋はお兄様。お兄様は、私が五歳の時にご両親を亡くして我が家にやって来て私のお兄様になってくださった方。私は三歳年上の王子様のようなお兄様に一目ぼれでした。それから十年。お兄様にはルシンダ様と言う婚約者が、私にも婚約者らしき者がいますが、初恋は続行中ですの。 そんなマルティーナのお話。

無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋
ファンタジー
 富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。  もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、  本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。  ――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。  その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、  不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。  十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。  美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、  いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。  これは、  見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、  無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 エール📣いいね❤️励みになります!

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

処理中です...