辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

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第18話『王都からの来訪者、薬庵に試される忠義』

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初夏の風が、薬庵の簾をやさしく揺らす昼下がりだった。
リーナは縁側に座りながら、乾かしていた薬草の香りを胸いっぱいに吸い込んでいた。

 

「今年の名戻し草、香りが少し柔らかくなった気がするわね」

 

呟いた声に応えるように、門の方から馬車の音が聞こえてきた。
聞き慣れた村の馬車ではない。
明らかに、重厚な蹄の音――
王都の、それもかなりの身分の者が使うような高級馬車だ。

 

リーナが立ち上がったとき、門の前にはすでに二人の護衛と、一人の青年が降り立っていた。

 

その青年――いや、騎士と呼ぶにふさわしい鋭い雰囲気を持つ男は、リーナを見るや否や片膝をついた。

 

「辺境薬師リーナ・フォン・エルマリート殿。
王都より、第一王騎士団筆頭騎士、クラヴィス・グレイよりの伝令を持参した」

 

王騎士団。
王家直属の精鋭部隊。その筆頭が自ら出向くなど、尋常ではない。

 

「……ご苦労様です。けれど、薬庵は王命によって動くものではありません。
私はあくまで“処方を望む者”にのみ、薬を届ける者です」

 

凛とした言葉に、騎士は目を細めた。
だがそれは敵意ではなく、ある種の評価のようだった。

 

「……その気骨、王太子殿下より噂はかねがね。
ですが、これは“処方の請願”ではなく、“試験の依頼”です」

 

「試験……?」

 

騎士は鞄から封書を取り出した。
王家の封蝋が施されたそれは、本物であることを示していた。

 

「“忠義と名誉を失いかけた騎士を、癒してほしい”。
この命は、殿下ではなく――陛下からの直命であります」

 

その場の空気が一変した。

 

リーナは手に封書を取り、静かに中を読む。
内容は簡潔だった。

 

『グレイ家の騎士、エミリオ・ヴァンス。
騎士団内の騒動により名誉を損なったが、潔白である可能性が高い。
だが、彼は己の“騎士号(ナイトネーム)”を失いかけ、心身を病んでいる。
名と誇りを癒す術を、そなたの庵にて行うべし。』

 

リーナは封書を閉じ、視線を騎士に向ける。

 

「そのエミリオという方は、今どこに?」

 

騎士はわずかに顔をしかめ、後方の馬車を指した。
車内には、ぐったりと横たわる青年がいた。

 

長い金髪に、精悍だったであろう顔立ち。
だが今は目に光がなく、口元は硬く閉じられ、両手は傷だらけだった。

 

「戦場で王弟派の陰謀に巻き込まれ、敵に囚われた。
帰還後、彼の言葉は疑われ、名を剥がされそうになった。
以来、自責と沈黙に閉ざされている」

 

リーナは黙って頷いた。
そして静かに言った。

 

「この庵は、“処方を求める者”のための場所です。
けれど――その名を、誰よりも守りたいと願う人がいるなら、私は処方を試みましょう」

 

◆ ◆ ◆

 

その晩、エミリオは庵の一室に横たえられた。
彼の身体には大きな外傷はなかったが、魂が壊れかけているのは明白だった。

 

リーナは小さな鉢植えを持ち込み、彼の枕元に置いた。

 

「これは“誓名草”。
名にかけて何かを守ろうとした者の想いを、ゆっくり浄化してくれるわ」

 

彼は何も言わない。まるで、名前を呼ばれることすら拒むかのように。

だが翌朝――
リーナが部屋を訪れると、彼の目がほんの少しだけ、動いていた。

 

「……あの草……名前が、あるのか」

 

その声はかすかで、けれど確かに“名”を求めていた。

 

「ええ。私が、名をつけたの。“誓名草”。
――あなたも、自分の名を呼び直してみる気になった?」

 

エミリオは小さく首を振る。

 

「……俺の名は、もう……呼ばれる価値がない」

 

リーナは薬籠から一つの瓶を取り出し、机の上に置いた。

 

「これは“誓名調合”。
名を呼ばれなくなった者が、自分の心を確かめるための処方よ。
飲んだあと、あなたの手が震えず、舌が動けば――
あなたはまだ、自分の誇りを信じてる」

 

彼は無言のまま、瓶を見つめた。
そして、ゆっくりとそれを手に取り、口に運んだ。

 

――ごく。

 

わずかに、彼の手が震えていた。
だが、その後、彼はゆっくりと言った。

 

「俺の名は……エミリオ・ヴァンス。
“誇り高き名誉剣”の騎士……だった」

 

「だった、じゃないわ。
“今もそう名乗る覚悟”があるかどうかが、処方の本質よ」

 

エミリオの瞳に、わずかな光が戻っていた。

 

◆ ◆ ◆

 

一週間後。
王都に戻るクラヴィス騎士は、庵の前でリーナに深く頭を下げた。

 

「……彼の名は、確かに再び“誇り”を取り戻した。
処方に、心より感謝を」

 

リーナは静かに微笑んだ。

 

「彼の心が、名を守りたかっただけよ。私は、少し手を添えただけ」

 

「それでも、王騎士団として、あなたに礼を。
……そして陛下より、“名誉薬師”の称号を」

 

そう言って差し出された勲章に、リーナは首を振った。

 

「私は称号ではなく、呼ばれる“名”を選びたい。
“リーナ”と呼ばれ続ける、それが一番の薬よ」

 

クラヴィスの頬がわずかに緩んだ。

 

「――その名は、確かに王都に届けます」

 

そう言って、騎士たちは馬車に乗り込んでいった。
庵の前に残された静寂と薬草の香りは、今日も変わらず人々を迎え続けていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

あとがき
第18話、お読みいただきありがとうございます。
今回は「名を喪失し、忠義に傷ついた騎士」がリーナの庵に辿り着く話でした。
王家と庵、そして“誇り”と“処方”の関係を、少しずつ重ねて描いています。

次回は、王都からさらに別の影が動き出す兆し――
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