辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

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第19話『捧げられた名、王城に届く薬瓶』

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王都ルヴェリアの空に、低く鈍い鐘の音が響いていた。
それは、王宮内でのみ鳴らされる“政務の告解”を告げる鐘。
すなわち――王家が“表に出せぬ悩み”を持った証だった。

 

「……薬庵の処方、届いたか?」

 

王城内の応接室で、ひとりの青年が小さな木箱を手にしていた。
王太子シリウス・ル=ヴェリア。
その手には、丁寧に梱包された小瓶が五つ。

 

「“心の処方”に必要な薬剤……
だが、これはただの治療薬ではない」

 

彼の言葉に頷くように、奥から一人の老臣が進み出る。
宰相にして、代々王家の記録を預かる“名帳管理官”カスパルであった。

 

「“名を記し、処方する”――あの薬師の庵には、特別な技がある。
この瓶には“名の記憶”が封じられている。
対象者の“名の傷”を映し出し、回復へと導く処方……
陛下の御命による騎士殿の癒し、確かに果たされた証でございます」

 

「……リーナ・フォン・エルマリート」

シリウスが呟いた名は、かつて辺境の令嬢として婚約を破棄された者の名。
それが今や、王城を動かすほどの信頼を得ている。

 

「皮肉なものだな。
名を捨てた令嬢が、名に悩む者を救うとは」

 

カスパルは静かに首を振った。

 

「彼女は名を“捨てた”のではなく、“拾い直した”のでございます。
陛下も、殿下も……その真価を見定めようとされております」

 

シリウスの指先が、薬瓶の一つに触れる。
それは“レイン”という名を取り戻した元聖職候補の青年の処方だった。

 

「これが……あの“呪名解除薬”か」

 

瓶の底には、うっすらと銀の光が差していた。
それは、名の鎖を緩め、新たな呼び名へとつなげる導の力。

 

「人は“名”によって縛られる。
だが名を忘れれば、自分の居場所も見失う。
――リーナは、その中間を見つけ出したというのか」

 

◆ ◆ ◆

 

一方、庵ではリーナが使者の姿を見送っていた。

 

「王都からの使者もようやく帰ったわね」

 

そう声をかけたのは、ジークだった。
彼は最近、薬庵の外周を見回るのが日課となっている。

 

「……名の処方が“王家”に届くようになった。
嬉しいか?」

 

リーナは首を横に振った。

 

「嬉しくはないわ。
ただ、恐ろしい。
――“薬庵”が、どこまで名前に踏み込むかを見られている気がして」

 

ジークは静かに肩を叩いた。

 

「お前が処方したのは、ただの薬じゃない。
“名を生き直す術”だ。
だからこそ、王家も頼ってきた。
それに、もう誰もお前を“ただの辺境薬師”なんて呼ばない」

 

「……それが、重たいのよ」

 

リーナはそう呟いて、目を伏せた。
彼女が重荷を抱えるたび、ジークは黙ってそばにいる。
それが彼のやり方だった。

 

そのとき、庵の外から軽やかな馬の足音が聞こえた。

 

「おや、今日は静かな一日かと思いきや、また来訪者?」

 

やってきたのは、リリアンだった。
王都の商会に通じる情報屋であり、リーナに何度か薬を届けたことのある人物。

 

「聞いたわよ、王太子殿下直々に処方を依頼されたって。
庵も大出世ね?」

 

「冗談言わないで。
処方の質は、患者の心次第よ」

 

リリアンは笑いながら小瓶をひとつ差し出した。

 

「じゃあ、この“口止め薬”も処方できる?
上級貴族の奥様が、ちょっとばかし余計なことを口にしたくて仕方ないらしいのよ」

 

リーナは呆れ顔でそれを受け取り、机に置いた。

 

「それは薬じゃないわ。ただの利き茶よ」

 

庵の中に笑い声が戻ってくる。
けれど、その中でも、リーナは心のどこかでひとつの予感を感じていた。

 

――王城へと送った薬瓶たちが、
どこかで“名を裁く者”の手にも渡っているかもしれない、と。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

あとがき
第19話、お読みいただきありがとうございます。
今回は、王太子や王家とのつながりがより明確になってくる転換点でした。
薬瓶は庵を離れ、やがて王城の“政務”に関わる者たちへと届きます。
その先に待つのは、“名を操る者”か、“名に縛られる者”か。

次回、第20話ではリーナの過去に関係する人物が登場します。
引き続きの応援、ぜひよろしくお願いいたします。
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