15 / 96
第15話:恋の返事と、壊れる均衡。令嬢が選んだ未来
しおりを挟む春の風が花壇を撫でる昼下がり。
ゼフィリア・リューデルは、ひとりで学園の中庭に立っていた。
制服の胸元に小さなラベンダーのブローチを添え、風にそよぐ髪を押さえる。
(このまま、誰の気持ちにも応えなければ……誰も傷つかずにすむのかもしれない)
そんな“逃げ”を考えた瞬間も、確かにあった。
けれど、三人は真剣に自分と向き合ってくれた。
あの夜から今日に至るまで、ただの一度も、“軽く”想われたことなどなかった。
だからこそ――選ばなければならない。
自分の“未来”を。
◆ ◆ ◆
「……クラヴィス様」
学園の図書棟の屋上。あの時と同じ場所。
クラヴィスは、ゼフィリアの姿を見るなり、すぐに立ち上がった。
「来てくれたんだね」
ゼフィリアは、小さく頷いた。
「はい。……お礼を言いに」
「――お礼?」
「私に、“誰かを好きになっていい”って思わせてくれたのは、クラヴィス様でした」
クラヴィスは、ゆっくりと微笑んだ。
「そうか。……それなら、報われたよ」
「……でも、私は」
「言わなくていい。君の表情で、すべて分かった。君は“もう決めた”んだね」
その言葉に、ゼフィリアはぎゅっと唇を噛み、深く頭を下げた。
その背を見送りながら、クラヴィスはそっと呟く。
「――大丈夫。君が幸せなら、それでいい」
◆ ◆ ◆
「アシュレイ様」
彼は訓練場の片隅で、無骨に剣を振っていた。
振り返ると、ゼフィリアの姿に目を見張る。
「……来たのか。答えが、出たんだな」
「はい。……私、あなたの言葉に救われました。誰かに“守られたい”と思えたのは、あなたが初めてでした」
「なら、俺はもう満足だ」
「でも、私は……あなたを選びませんでした」
一瞬、風が止まったように、空気が凍る。
だがアシュレイは、静かに剣を鞘に納めると、彼女に背を向けて言った。
「分かってたさ。俺は、君の世界に立てる人間じゃないって」
「そんなこと――」
「いや、言い訳じゃない。これは、俺自身の選択でもある。……だから」
彼は一度だけ振り返り、微笑んだ。
「泣くな。騎士に“選ばれなかった”くらいで泣く女に、君は似合わない」
ゼフィリアの頬に、つっと涙が伝う。
◆ ◆ ◆
そして、最後の場所。
ラベンダーが咲き誇る花壇。
「エリオン様」
彼はすでにそこにいた。
まるで、彼女が来ることを知っていたかのように。
「ゼフィリア。君の瞳を見た瞬間、俺はもう――」
ゼフィリアは、胸元のブローチをそっと外し、彼に差し出した。
「私の“初恋”は、エリオン様でした」
エリオンの瞳が、驚きに揺れる。
「私、あなたのそばにいたい。
でも、王妃になる覚悟は……まだ、できていません」
その言葉に、彼は静かに頷いた。
「……じゃあ、焦らずに行こう。
君が“王妃”になるかなんて、ずっと先の話でいい。
俺はただ、君の隣にいられるだけで十分だ」
ゼフィリアは、その言葉に小さく笑った。
「その言葉で、私はまた恋に落ちそうです」
風が吹き、ラベンダーが香る。
二人の間に、穏やかな時間が流れていた。
◆ ◆ ◆
――だが、その均衡は長くは続かなかった。
王都では、ある新たな“令嬢”の台頭が始まっていた。
その名は、ヴェリシア・グランシュ=フェルナー。
美貌と才気を備えた名家の令嬢であり、“ゼフィリア失脚”を狙う陰謀の火種でもあった。
ゼフィリアの恋が“結実”した瞬間――
その背後では、新たな嵐の胎動が静かに始まっていた。
──つづく。
1
あなたにおすすめの小説
白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話
鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。
彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。
干渉しない。触れない。期待しない。
それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに――
静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。
越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。
壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。
これは、激情ではなく、
確かな意思で育つ夫婦の物語。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる