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新章・王宮編
第66話:誇りと痛み、愛を抱いて進む道
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王都に春祭りの太鼓が鳴り響いていた。
街路には色とりどりの布がかけ渡され、人々は久しぶりに訪れた平穏を全身で楽しむように踊り、歌い、笑っている。
ゼフィリアは王宮のバルコニーからその様子を見下ろしていた。
(私たちが進めてきた政策が、こうして人々の笑顔を守っている)
胸の奥にじんと広がる誇りがあった。
それは嘘ではなかった。
選んだ未来は間違っていなかった。
だからこそ――痛む。
(私は殿下を選んだ。国を選んだ。それなのにまだ胸の奥で疼くのは……)
自分の中に在り続ける痛みを、ゼフィリアは小さく抱き締めた。
◇ ◇ ◇
「ゼフィリア」
声に振り返ると、そこにはエリオンが立っていた。
今日の彼は儀礼服ではなく、祭りに合わせた軽装の正装を身にまとっている。
「殿下……お支度はよろしいのですか?」
「先に君のところに来たかった」
エリオンはそう言って小さく笑い、ゼフィリアの手をそっと取る。
「私と共に王都を歩いてほしい。
人々はまだ不安を抱えている。だから君と一緒に街を歩き、この目で見せたいんだ。王家は彼らを忘れないと」
「はい、喜んで」
そう答えながら、胸の奥がまた小さく痛む。
(殿下のために選んだ未来。それを後悔したことはないのに――)
けれど痛みは、誇りと同じ場所にあった。
◇ ◇ ◇
王太子とその婚約者が街を歩く光景に、王都の人々は一様に息を飲んだ。
そして次の瞬間、割れるような歓声が起こる。
「殿下!ゼフィリア様!」
誰もが二人に手を振り、頭を下げ、感謝の言葉を贈った。
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
子どもを抱えた母親が涙ながらに頭を下げる。
「新しい支援金のおかげで、うちの工房は潰れずに済みました!」
「俺たちの村にもようやく新しい井戸が……!」
ゼフィリアは胸が熱くなるのを感じた。
(選んだ未来は、こうして誰かのためになっている)
その誇りが、胸の痛みを少しだけ和らげた。
◇ ◇ ◇
「君がいなければ、今日この光景はなかった」
エリオンが歩きながら小さく言う。
「そんなことは……殿下が先頭に立ってくださったからです」
「違う。私はただ道を整えたにすぎない。
その道を誰よりも先に歩き、手を引いてくれたのは君だ」
ゼフィリアは視線を落とした。
(そう言ってくださる殿下に、私はどれだけ救われてきたか)
それでも――胸の奥の痛みは消えない。
◇ ◇ ◇
夜。
祭りの熱気はそのまま夜の街を包み込んでいた。
屋敷に戻ったゼフィリアは、そのまま庭園へ出た。
白いクロッカスはもう散り、代わりに新しい緑が土から顔を覗かせていた。
ふと気配を感じて振り返る。
「……アレクシス様」
そこにいたのは、いつもと同じ黒の軍装の彼だった。
「帰ってきていたのですね」
「当然だ。お前の護衛は俺の仕事だ」
「今日は王都中が賑わっていました。
人々が……幸せそうで、それがとても嬉しかったんです」
「お前がその未来を作ったんだ」
短い言葉。それなのに胸の奥がきゅっとなる。
◇ ◇ ◇
しばらく黙って並んで立っていた。
やがてアレクシスが、小さく息を吐いて言った。
「泣かないのか」
「泣きません」
「そうか」
それだけ言って、ふいにゼフィリアの手を取った。
冷たい甲冑越しの手。けれどその奥に確かに感じる温度。
「俺はお前を奪わない。お前が自分で選んだ道だからな」
「……はい」
「だが、お前がその誇りを抱いたまま痛むなら――その痛みごと抱いてやりたい」
視界が滲んだ。
「アレクシス様……」
「泣いていい。泣くなと言ったり、泣けと言ったり、勝手だと思うか?」
「いいえ。どちらも……アレクシス様らしいです」
小さく笑って、とうとう涙が零れた。
その涙を彼は何も言わずに拭い、そのまま抱き寄せた。
◇ ◇ ◇
夜空に花火が上がる。
街の遠くで祭りの最後を飾る大輪が咲き、それを庭園の片隅から二人で眺めた。
(私は痛みを抱えたまま進む。それはきっと、誇りと同じ重さ)
そう思ったとき、胸の奥で何かがそっと灯った。
(それでいい。この痛みを愛していく。誇りを守るように、あなたを想うこの痛みを)
その灯が小さく揺れて、確かな光になった気がした。
(これが、私の歩く道。これからも――)
街路には色とりどりの布がかけ渡され、人々は久しぶりに訪れた平穏を全身で楽しむように踊り、歌い、笑っている。
ゼフィリアは王宮のバルコニーからその様子を見下ろしていた。
(私たちが進めてきた政策が、こうして人々の笑顔を守っている)
胸の奥にじんと広がる誇りがあった。
それは嘘ではなかった。
選んだ未来は間違っていなかった。
だからこそ――痛む。
(私は殿下を選んだ。国を選んだ。それなのにまだ胸の奥で疼くのは……)
自分の中に在り続ける痛みを、ゼフィリアは小さく抱き締めた。
◇ ◇ ◇
「ゼフィリア」
声に振り返ると、そこにはエリオンが立っていた。
今日の彼は儀礼服ではなく、祭りに合わせた軽装の正装を身にまとっている。
「殿下……お支度はよろしいのですか?」
「先に君のところに来たかった」
エリオンはそう言って小さく笑い、ゼフィリアの手をそっと取る。
「私と共に王都を歩いてほしい。
人々はまだ不安を抱えている。だから君と一緒に街を歩き、この目で見せたいんだ。王家は彼らを忘れないと」
「はい、喜んで」
そう答えながら、胸の奥がまた小さく痛む。
(殿下のために選んだ未来。それを後悔したことはないのに――)
けれど痛みは、誇りと同じ場所にあった。
◇ ◇ ◇
王太子とその婚約者が街を歩く光景に、王都の人々は一様に息を飲んだ。
そして次の瞬間、割れるような歓声が起こる。
「殿下!ゼフィリア様!」
誰もが二人に手を振り、頭を下げ、感謝の言葉を贈った。
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
子どもを抱えた母親が涙ながらに頭を下げる。
「新しい支援金のおかげで、うちの工房は潰れずに済みました!」
「俺たちの村にもようやく新しい井戸が……!」
ゼフィリアは胸が熱くなるのを感じた。
(選んだ未来は、こうして誰かのためになっている)
その誇りが、胸の痛みを少しだけ和らげた。
◇ ◇ ◇
「君がいなければ、今日この光景はなかった」
エリオンが歩きながら小さく言う。
「そんなことは……殿下が先頭に立ってくださったからです」
「違う。私はただ道を整えたにすぎない。
その道を誰よりも先に歩き、手を引いてくれたのは君だ」
ゼフィリアは視線を落とした。
(そう言ってくださる殿下に、私はどれだけ救われてきたか)
それでも――胸の奥の痛みは消えない。
◇ ◇ ◇
夜。
祭りの熱気はそのまま夜の街を包み込んでいた。
屋敷に戻ったゼフィリアは、そのまま庭園へ出た。
白いクロッカスはもう散り、代わりに新しい緑が土から顔を覗かせていた。
ふと気配を感じて振り返る。
「……アレクシス様」
そこにいたのは、いつもと同じ黒の軍装の彼だった。
「帰ってきていたのですね」
「当然だ。お前の護衛は俺の仕事だ」
「今日は王都中が賑わっていました。
人々が……幸せそうで、それがとても嬉しかったんです」
「お前がその未来を作ったんだ」
短い言葉。それなのに胸の奥がきゅっとなる。
◇ ◇ ◇
しばらく黙って並んで立っていた。
やがてアレクシスが、小さく息を吐いて言った。
「泣かないのか」
「泣きません」
「そうか」
それだけ言って、ふいにゼフィリアの手を取った。
冷たい甲冑越しの手。けれどその奥に確かに感じる温度。
「俺はお前を奪わない。お前が自分で選んだ道だからな」
「……はい」
「だが、お前がその誇りを抱いたまま痛むなら――その痛みごと抱いてやりたい」
視界が滲んだ。
「アレクシス様……」
「泣いていい。泣くなと言ったり、泣けと言ったり、勝手だと思うか?」
「いいえ。どちらも……アレクシス様らしいです」
小さく笑って、とうとう涙が零れた。
その涙を彼は何も言わずに拭い、そのまま抱き寄せた。
◇ ◇ ◇
夜空に花火が上がる。
街の遠くで祭りの最後を飾る大輪が咲き、それを庭園の片隅から二人で眺めた。
(私は痛みを抱えたまま進む。それはきっと、誇りと同じ重さ)
そう思ったとき、胸の奥で何かがそっと灯った。
(それでいい。この痛みを愛していく。誇りを守るように、あなたを想うこの痛みを)
その灯が小さく揺れて、確かな光になった気がした。
(これが、私の歩く道。これからも――)
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