聖女の皮を被った悪女は今日も無罪です

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第5話『神を騙した女、禁書を開く』

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北部遠征の名のもとに、私は次々と教会の“異端地帯”を踏み荒らしていった。

救済など、演出の道具。
奇跡など、計算の一部。

そのすべての裏で、私は“本当の神の正体”を探していた。

 



 

黒の神殿――

それは、王国でも口にすることすら禁じられた“異端の祠”だった。

 

禁書庫にも存在の記述はほとんど残っていない。
唯一の記録は、かつて教皇直轄の異端審問官が封印処置を下したという事実。

 

そして、北部の戦火の隙を突き、誰かがそれを再建した。

 

「ライオネルは、このことをご存じかしら……?」

 

私は馬上で問いかけるように呟く。

すると横を並走していた副官のセシルが、ほんのわずかに眉をひそめた。

 

「魔導軍は沈黙しています。
ライオネル司令は……この件に対し、特に報告義務を求めておりません」

 

(なるほど。沈黙は黙認。つまり、泳がせているのね)

 

やはり、この男とは利害が合う。

だが、それ以上に――嗜虐の快楽を分かち合っている気さえする。

 



 

黒の神殿へと続く道は、森林地帯を抜けた先にあった。

かつての礼拝堂の礎石が残る場所に、異様な雰囲気を漂わせる石造りの建物が復元されていた。

 

空気は重く、木々は沈黙し、風すら止まっていた。

 

夜の帳が降りる前に、私は単身、神殿の中へと踏み込んだ。

セシルにも、他の従者にも入室を禁じた。
ここは、私が自分で確かめなければ意味がない。

 

――誰にも見せられない、“聖女の仮面を脱ぐ時間”。

 

石壁には古代語で書かれた碑文。
その中央、祭壇の奥にあったのは黒革で綴じられた一冊の本だった。

 

埃にまみれたその表紙に、私は指を這わせる。

 

『神の真実は、常に沈黙の中にある』

 

一行、そう刻まれていた。

 

私は静かに本を開いた。
ページの中には、現教義とは異なる儀式の図解。
人身供儀と魂の交換に関する呪文。
そして、神の存在を“作られた象徴”とする一節まで。

 

(やはり……)

 

震える指先を抑えながら、私は息を吸い込んだ。

この記録が本物ならば――

私の“偽り”は、偽りではなくなる。

 

神がいなければ、私は嘘をついていない。
演じたのは、むしろ“正しさ”の方だった。

 

(神など、最初から存在しない。
それならば……誰よりも、私が正義なのよ)

 

そのときだった。

 

「見つけたぞ、“聖女”エレナ」

 

静かな声が、神殿の奥から響いた。

 

私は本を胸に抱え、振り返る。

そこにいたのは、教会異端審問会所属――かつて私を“異端の兆しあり”と断じた男だった。

 

「教皇庁は、すでにお前の行動を把握している。
その書をもって、教義を歪めた罪――」

 

「証拠は?」
 

私は彼の声を遮るように囁いた。

 

「証拠もなく、ここに来たの?
まさか、私が“異端の神殿にいた”とだけ言って、王都が納得するとでも?」

 

男は一瞬、言葉に詰まる。

その隙に、私は懐から取り出した小瓶を地面に叩きつけた。

瞬間、紫の煙が一気に辺りを覆う。

 

視界が遮られ、男が咳き込む中で、私は一歩――また一歩、彼に近づいていく。

 

「教皇庁の犬にはね……少しだけ、眠っていてほしいの」

 

彼の首筋に短剣を突きつけ、私は静かに呪文を唱える。

 

――“沈黙の印”

 

彼の意識は、瞬く間に沈んでいった。

 



 

神殿を出るころには、夜はすっかり更けていた。

黒革の本は、私の旅具の奥に隠されたまま。

誰にも渡さない。
これは、私だけの“神殺し”の道標。

 

馬を引く私のもとへ、誰かが歩み寄ってきた。

 

「……いい夜だな、聖女様」

 

――ライオネル・クローディアス。

彼は煙草をくゆらせながら、私の隣に立った。

 

「ずいぶんと楽しそうな顔してる」

「貴方も……見張ってたのね」

 

「もちろん。お前のことは、誰よりも見ていたいからな」

 

その声音は皮肉に満ちていたが、私にはその奥にある“好奇心”が分かった。

この男は――私の“破滅”を待っている。

そして私は、その期待を裏切るつもりもない。

 

「神を騙した女が、次に騙すのは……世界そのものよ」

 

私はそう囁き、月の下で微笑んだ。

 

 
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