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第5話『神を騙した女、禁書を開く』
しおりを挟む北部遠征の名のもとに、私は次々と教会の“異端地帯”を踏み荒らしていった。
救済など、演出の道具。
奇跡など、計算の一部。
そのすべての裏で、私は“本当の神の正体”を探していた。
◆
黒の神殿――
それは、王国でも口にすることすら禁じられた“異端の祠”だった。
禁書庫にも存在の記述はほとんど残っていない。
唯一の記録は、かつて教皇直轄の異端審問官が封印処置を下したという事実。
そして、北部の戦火の隙を突き、誰かがそれを再建した。
「ライオネルは、このことをご存じかしら……?」
私は馬上で問いかけるように呟く。
すると横を並走していた副官のセシルが、ほんのわずかに眉をひそめた。
「魔導軍は沈黙しています。
ライオネル司令は……この件に対し、特に報告義務を求めておりません」
(なるほど。沈黙は黙認。つまり、泳がせているのね)
やはり、この男とは利害が合う。
だが、それ以上に――嗜虐の快楽を分かち合っている気さえする。
◆
黒の神殿へと続く道は、森林地帯を抜けた先にあった。
かつての礼拝堂の礎石が残る場所に、異様な雰囲気を漂わせる石造りの建物が復元されていた。
空気は重く、木々は沈黙し、風すら止まっていた。
夜の帳が降りる前に、私は単身、神殿の中へと踏み込んだ。
セシルにも、他の従者にも入室を禁じた。
ここは、私が自分で確かめなければ意味がない。
――誰にも見せられない、“聖女の仮面を脱ぐ時間”。
石壁には古代語で書かれた碑文。
その中央、祭壇の奥にあったのは黒革で綴じられた一冊の本だった。
埃にまみれたその表紙に、私は指を這わせる。
『神の真実は、常に沈黙の中にある』
一行、そう刻まれていた。
私は静かに本を開いた。
ページの中には、現教義とは異なる儀式の図解。
人身供儀と魂の交換に関する呪文。
そして、神の存在を“作られた象徴”とする一節まで。
(やはり……)
震える指先を抑えながら、私は息を吸い込んだ。
この記録が本物ならば――
私の“偽り”は、偽りではなくなる。
神がいなければ、私は嘘をついていない。
演じたのは、むしろ“正しさ”の方だった。
(神など、最初から存在しない。
それならば……誰よりも、私が正義なのよ)
そのときだった。
「見つけたぞ、“聖女”エレナ」
静かな声が、神殿の奥から響いた。
私は本を胸に抱え、振り返る。
そこにいたのは、教会異端審問会所属――かつて私を“異端の兆しあり”と断じた男だった。
「教皇庁は、すでにお前の行動を把握している。
その書をもって、教義を歪めた罪――」
「証拠は?」
私は彼の声を遮るように囁いた。
「証拠もなく、ここに来たの?
まさか、私が“異端の神殿にいた”とだけ言って、王都が納得するとでも?」
男は一瞬、言葉に詰まる。
その隙に、私は懐から取り出した小瓶を地面に叩きつけた。
瞬間、紫の煙が一気に辺りを覆う。
視界が遮られ、男が咳き込む中で、私は一歩――また一歩、彼に近づいていく。
「教皇庁の犬にはね……少しだけ、眠っていてほしいの」
彼の首筋に短剣を突きつけ、私は静かに呪文を唱える。
――“沈黙の印”
彼の意識は、瞬く間に沈んでいった。
◆
神殿を出るころには、夜はすっかり更けていた。
黒革の本は、私の旅具の奥に隠されたまま。
誰にも渡さない。
これは、私だけの“神殺し”の道標。
馬を引く私のもとへ、誰かが歩み寄ってきた。
「……いい夜だな、聖女様」
――ライオネル・クローディアス。
彼は煙草をくゆらせながら、私の隣に立った。
「ずいぶんと楽しそうな顔してる」
「貴方も……見張ってたのね」
「もちろん。お前のことは、誰よりも見ていたいからな」
その声音は皮肉に満ちていたが、私にはその奥にある“好奇心”が分かった。
この男は――私の“破滅”を待っている。
そして私は、その期待を裏切るつもりもない。
「神を騙した女が、次に騙すのは……世界そのものよ」
私はそう囁き、月の下で微笑んだ。
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