聖女の皮を被った悪女は今日も無罪です

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第6話『銀の十字と裏切りの兵』

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「聖女殿、王都より“銀の十字”が到着しました」

 

その言葉に、私は仮面の内側で息を止めた。

銀の十字――それは、教皇庁直属の査察官たちの通称。
従軍の名のもとに表向きは“巡礼の補佐”として動くが、
実際には教会の裏切り者を炙り出す“処刑人”たちだ。

 

(やっかいな連中が来たわね……)

 

彼らは神への信仰ではなく、“組織”への忠誠で動く。
私が手に入れた禁書の存在など、知れれば即刻火刑台行きだろう。

 



 

野営地の外れに設けた会見用の天幕に入ると、
そこにいたのは三人の男たち。

いずれも銀の鎖を十字型に巻いた法衣を着ていた。
そのうちの一人が、私に近づき、深く礼を取る。

 

「我ら、銀の十字。
聖女エレナ殿に、神のご加護あらんことを」

 

「……ようこそ。遠路はるばるご苦労様ですわ」

 

私も聖女として微笑みを返すが、視線の奥は冷えていた。

会話の一つひとつが地雷原。
誤った仕草一つで、すべてが破綻する。

 

――だからこそ、私は丁寧に演じる。

お茶の香り、天幕の風通し、従者の緊張感――
すべてを計算して“完璧な聖女”を装う。

 

だが、中央の査察官は微笑すらせず、低い声で言った。

 

「我々は、聖女殿に同行し、北部への“教義確認”を行います。
……異端の影がないか、確認のために」

 

つまり、“お前を見張る”という意味だ。

 

「ええ、もちろん。私も一人では心細く……頼りにさせていただきますわ」

 

私は優雅に、淑やかに、微笑んだ。
内心では、相手の頸動脈を思い描きながら。

 



 

その夜。

ライオネルの私室に招かれた私は、いつものように椅子に深く腰掛けた彼と向かい合った。

彼は葡萄酒を煽りながら言った。

 

「“銀の十字”の一人に、王政派の密偵が混じっている」

 

「……なんですって?」

 

「兵士が耳にした。夜の天幕で“王都の改革案を支持する”と言っていたらしい」

 

私は小さく息を呑んだ。

それはつまり――
“私を表の聖女から引きずり下ろす陰謀”が水面下で進んでいるということだ。

 

「なら……その者が私に牙を剥く前に、口を塞ぐしかないわね」

 

そう呟いた私に、ライオネルは楽しげに笑った。

 

「いい顔をする。まるで毒を仕込む前の女だ」

 

「それを喜ぶ貴方も、どうかしているわ」

 

「いいや。俺はずっと“毒が世界を浸食する過程”が見たかったんだ」

 

私は杯の中のワインを見つめる。

血のように濃い赤。
誰かの命の色。

 

(銀の十字を欺き、密偵を葬り、異端を守る)

 

神を演じるこの道が、ますます深く、暗くなっていく。

だが、それがどうしたというのか。

私は“聖女”だ。
そう名乗りさえすれば、誰も私を疑わない。

 

――神すら、私の嘘に気づかない。

 



 

その翌夜、私はひとつの策を講じた。

銀の十字の中で、王政派と疑われる査察官に“祈祷の儀式”を行うと伝え、
彼を離れの礼拝舎へと呼び出した。

その場には、セシルと私しかいない。
従者も兵士も、すべて遠ざけてある。

 

神聖な場所で、私たちは向かい合った。

ろうそくの灯りが揺れる中、私は声を抑えながら尋ねた。

 

「貴方は……本当に“神”を信じているのですか?」

 

査察官の男は、私をまっすぐに見つめて答えた。

 

「神よりも、組織を信じる。それが我ら銀の十字の誇りです」

 

(やはり)

 

私の手のひらには、小さな瓶。
それは“清めの水”と称した劇毒。

 

「では……どうか、祝福を」

 

私は穏やかに男に近づき、祝祷の仕草で額へ水を滴らせた。

その瞬間、男の身体が痙攣し、膝をついた。

 

「な……にを……」

 

「これは、“神の裁き”ですわ」

 

私は仮面を剥がし、冷たい声で告げた。

 

「異端は、神殿にだけいるわけではない。
王都にも、組織の奥にも、腐敗は満ちている」

 

男が絶命するまで、わずか二十秒。
静かで、完璧な処刑だった。

 

そして私は礼拝舎の奥に彼の遺体を運び、
火を灯しながら、形ばかりの祈りを捧げた。

 

「神よ……この者の魂を、然るべき地へ導いてください」

 

その姿を見たセシルの瞳に、一瞬だけ影が差した。

でも彼女は、何も言わない。

 

私の罪を知っていても――隣にいる。

それが、彼女の“罪”であり、“選択”なのだろう。

 

 
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