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第6話『銀の十字と裏切りの兵』
しおりを挟む「聖女殿、王都より“銀の十字”が到着しました」
その言葉に、私は仮面の内側で息を止めた。
銀の十字――それは、教皇庁直属の査察官たちの通称。
従軍の名のもとに表向きは“巡礼の補佐”として動くが、
実際には教会の裏切り者を炙り出す“処刑人”たちだ。
(やっかいな連中が来たわね……)
彼らは神への信仰ではなく、“組織”への忠誠で動く。
私が手に入れた禁書の存在など、知れれば即刻火刑台行きだろう。
◆
野営地の外れに設けた会見用の天幕に入ると、
そこにいたのは三人の男たち。
いずれも銀の鎖を十字型に巻いた法衣を着ていた。
そのうちの一人が、私に近づき、深く礼を取る。
「我ら、銀の十字。
聖女エレナ殿に、神のご加護あらんことを」
「……ようこそ。遠路はるばるご苦労様ですわ」
私も聖女として微笑みを返すが、視線の奥は冷えていた。
会話の一つひとつが地雷原。
誤った仕草一つで、すべてが破綻する。
――だからこそ、私は丁寧に演じる。
お茶の香り、天幕の風通し、従者の緊張感――
すべてを計算して“完璧な聖女”を装う。
だが、中央の査察官は微笑すらせず、低い声で言った。
「我々は、聖女殿に同行し、北部への“教義確認”を行います。
……異端の影がないか、確認のために」
つまり、“お前を見張る”という意味だ。
「ええ、もちろん。私も一人では心細く……頼りにさせていただきますわ」
私は優雅に、淑やかに、微笑んだ。
内心では、相手の頸動脈を思い描きながら。
◆
その夜。
ライオネルの私室に招かれた私は、いつものように椅子に深く腰掛けた彼と向かい合った。
彼は葡萄酒を煽りながら言った。
「“銀の十字”の一人に、王政派の密偵が混じっている」
「……なんですって?」
「兵士が耳にした。夜の天幕で“王都の改革案を支持する”と言っていたらしい」
私は小さく息を呑んだ。
それはつまり――
“私を表の聖女から引きずり下ろす陰謀”が水面下で進んでいるということだ。
「なら……その者が私に牙を剥く前に、口を塞ぐしかないわね」
そう呟いた私に、ライオネルは楽しげに笑った。
「いい顔をする。まるで毒を仕込む前の女だ」
「それを喜ぶ貴方も、どうかしているわ」
「いいや。俺はずっと“毒が世界を浸食する過程”が見たかったんだ」
私は杯の中のワインを見つめる。
血のように濃い赤。
誰かの命の色。
(銀の十字を欺き、密偵を葬り、異端を守る)
神を演じるこの道が、ますます深く、暗くなっていく。
だが、それがどうしたというのか。
私は“聖女”だ。
そう名乗りさえすれば、誰も私を疑わない。
――神すら、私の嘘に気づかない。
◆
その翌夜、私はひとつの策を講じた。
銀の十字の中で、王政派と疑われる査察官に“祈祷の儀式”を行うと伝え、
彼を離れの礼拝舎へと呼び出した。
その場には、セシルと私しかいない。
従者も兵士も、すべて遠ざけてある。
神聖な場所で、私たちは向かい合った。
ろうそくの灯りが揺れる中、私は声を抑えながら尋ねた。
「貴方は……本当に“神”を信じているのですか?」
査察官の男は、私をまっすぐに見つめて答えた。
「神よりも、組織を信じる。それが我ら銀の十字の誇りです」
(やはり)
私の手のひらには、小さな瓶。
それは“清めの水”と称した劇毒。
「では……どうか、祝福を」
私は穏やかに男に近づき、祝祷の仕草で額へ水を滴らせた。
その瞬間、男の身体が痙攣し、膝をついた。
「な……にを……」
「これは、“神の裁き”ですわ」
私は仮面を剥がし、冷たい声で告げた。
「異端は、神殿にだけいるわけではない。
王都にも、組織の奥にも、腐敗は満ちている」
男が絶命するまで、わずか二十秒。
静かで、完璧な処刑だった。
そして私は礼拝舎の奥に彼の遺体を運び、
火を灯しながら、形ばかりの祈りを捧げた。
「神よ……この者の魂を、然るべき地へ導いてください」
その姿を見たセシルの瞳に、一瞬だけ影が差した。
でも彼女は、何も言わない。
私の罪を知っていても――隣にいる。
それが、彼女の“罪”であり、“選択”なのだろう。
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