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第8話『秘跡の門と魔導の封印』
しおりを挟む戦場が沈黙する時――それは、陰謀が蠢く時。
私は今、地図にも載らない小さな廃村の地下にいた。
正確には、北部辺境に遺された“旧魔導文明の祭壇跡”。
ここはかつて、魔族と人間の協定が結ばれたと伝えられる禁域だった。
本来なら教会の聖印を持つ者ですら立ち入ることは禁じられている。
だが私は――立ち入る。
私が“聖女”である限り、それは“奇跡の検証”という名目で正当化できる。
(……地獄の門に、聖女の名を刻むのも、面白いでしょう?)
同行していたセシルが、険しい面持ちで囁いた。
「……本当に、この奥に“鍵”があると?」
「ナージャが示したのは、“封印の紋章”の記録よ。
旧神殿の呪印と符合していたわ」
私は祭壇の中央に立ち、掌に仕込んでいた黒水晶を掲げる。
すると、床に刻まれていた古代の魔法陣が、淡い青白い光を放ちはじめた。
「やはり……正しかった」
その魔法陣は、信仰の力ではなく、魔導理論で構築されたものだった。
教会の解釈では“異端”とされる構造。
しかしそれこそが、私の欲していた“力”だ。
神の奇跡など、偶然の延長にすぎない。
私が望むのは、“計算できる奇跡”――すなわち魔導だ。
「セシル。ここから先は、私一人で行くわ」
「……危険です」
「知ってる。けれど、貴女にはまだ“後”がある」
セシルは唇を噛み、しかし下がった。
彼女の忠義は、理不尽すらも受け入れる。
それは時に、美しく、時に残酷だった。
◆
封印の扉を抜けた先は、まるで時が止まったかのような空間だった。
石造りの階段。天井の高い広間。
そこに、一つの“棺”が置かれていた。
棺は銀で装飾され、表面には古代文字がびっしりと彫り込まれている。
私は慎重に近づき、その文字を読み解いた。
《ここに眠るは、“魔導の神髄”》
《開ける者よ、代償を知れ》
《知識は力なれど、力は常に血を欲す》
私はゆっくりと棺の蓋に手をかける。
その瞬間――
「……また随分と、物騒なものを探しに来たな」
その声に、私は振り返る。
石柱の陰から現れたのは、黒髪の男――ライオネル。
「……どうしてここが分かったの?」
「セシルが俺に地図の端を落としていった。
わざと、だろうな。“お前を止めてほしい”って意味で」
私は小さく笑った。
「……私を止めに来たの?」
「いや。確認しに来た。“お前が、どこまで堕ちるか”を」
「じゃあ、よく見てなさい」
私は棺の蓋を開いた。
中にあったのは、一冊の分厚い書物――
それは、人の皮で綴じられ、脈動していた。
明らかに“生きている”。
魔導書と呼ぶには異質すぎる。
だが、私にはそれが分かる。これは、“契約の書”だ。
ライオネルは眉をひそめた。
「触れるな。……それは、“何かと繋がってる”」
「繋がっても構わない。
私は世界を変える。そのためなら、地獄の底でも握手してやる」
私は手袋を外し、素手で書に触れた。
瞬間、激しい眩暈が襲い、視界が裏返る。
叫び声。血の海。火の雨。
私の頭に、圧倒的な情報が流れ込んだ。
呪文、陣式、術式の理論――
それは千年の禁術を一瞬で飲み込むような、狂気の洪水だった。
だが、私は叫ばなかった。
(これが……力……!)
脳髄が焼けるような衝撃の中、私はただ、笑った。
そう、これは祝福。
神の奇跡ではない、人の手による奇跡。
私が求めていたもの。
私が“神”を殺すための礎。
◆
気がつくと、私は膝をついていた。
額には汗、視界はまだ揺れている。
しかし、背後には誰の気配もなかった。
ライオネルは、いなかった。
(……帰った? それとも――)
ふと、書の裏表紙に刻まれた印が目に入った。
それは、かつて王都で処刑された“異端の魔導師”が使っていた家紋。
つまり、教会が“歴史から消した存在”だ。
私は静かに書を懐に収め、立ち上がった。
「……ああ。これでいい」
聖女エレナは、もう信仰では動かない。
これからの彼女は、魔導と契約と、そして嘘の皮をまといながら――
世界を欺く。
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