聖女の皮を被った悪女は今日も無罪です

コテット

文字の大きさ
11 / 20

第10話『傀儡の王と黒き戴冠』

しおりを挟む
 

王城の空気はいつにも増して重苦しかった。

政務棟の廊下を歩くだけで、侍従たちの視線が肌に刺さるように感じる。

今や、教会も王族も、私――“聖女”エレナを一目置いていた。
それは畏怖でも尊敬でもなく、“恐れ”に近い感情だった。

 

(滑稽ね。私が“祈りの象徴”として作られたのに、今や誰も目を合わせようとしない)

 

だが、それでいい。
信仰は、敬愛よりも畏怖によって支えられる。

私が目指すものは、“善き聖女”ではない。
“絶対”という名の女王だ。

 



 

謁見の間に通された私は、薄く微笑む。

玉座に座るのは、まだ若い王子。
名をカシウス・ヴィルフリート。
亡き先王の五男であり、他の兄弟たちが不審死や戦死で消えた後、形ばかりの“戴冠”を受けた。

 

彼は表向きには“王”だが、実権は宰相と貴族会議、そして教会に握られている。
つまり、操り人形。

だが、私にとっては――その“傀儡”でさえ、利用価値がある。

 

「ようこそ、聖女殿下」

 

カシウスの声は穏やかで、目は澄んでいた。
無知ではあるが、愚かではない。
そして何より、“人を信じる”癖がある。

その癖が、命取りとなる。

 

「陛下。こうしてお会いできて光栄です」

 

私は礼を取り、玉座の下で目を伏せる。

だが、その視線の奥で、王冠をじっと見つめた。

(あれは、空っぽの器)

 



 

その後、謁見は形式的なものとなった。

戦乱の終息、教会との関係、王都の治安について意見を求められ、私は慎重かつ肯定的な言葉で答え続ける。

だが、真の議題は別にあった。

謁見のあと、私は“裏の間”――側近すら遠ざけられた王の私室に招かれる。

そこで王子は、声を落として尋ねてきた。

 

「……聖女殿下。貴女は、教会の動きをどう思われますか?」

 

(来たわ)

 

私は唇に指をあてて、微笑んだ。

 

「言葉を選ばねばなりませんね。ですが、あえて申すなら……彼らは“信仰”ではなく、“秩序”を守っておられる。
“秩序”が誰かの犠牲によって保たれることは、時として必要です」

 

カシウスは息を呑んだようだった。

目がわずかに揺れる。

 

「犠牲……とは?」

 

「たとえば、“陛下”という存在が、“ただ象徴であれば良い”という秩序。
それを私が、少しだけ変えられるとしたら――どう思われます?」

 

「……私を、変える?」

 

「いいえ。“王”を、“本物”に」

 

私はそこではじめて、正面からカシウスを見据えた。

彼の顔に、戸惑いと期待と、ほんの少しの恐怖が浮かんだ。

だが、否定はされなかった。

むしろ、彼は震えながら、呟いた。

 

「……私には、その資格があるのか」

 

「ありません」

 

「……!」

 

「けれど、私はあなたを“王”に仕立て上げる力を持っている。
それだけで十分です」

 

カシウスは沈黙した。
だがやがて、かすかに頷いた。

 

「ならば……私は、貴女に従いましょう」

 

 



 

夜。
私は聖堂の奥で、密かに“戴冠の儀”の準備を進めていた。

それは形式上は王のため。
だが本当は――“この国の権力構造”を書き換える儀式だ。

ライオネルがその場に現れたのは、私が古文書の再解釈を終えた直後だった。

 

「……聞いたぞ。“聖女が、王を作る”ってな」

 

「流言ではなく、事実よ」

 

「気に入らないな。
お前は“女帝”になれる器だ。なんで傀儡の玉座に他人を据える」

 

「その方が、都合がいいの。私が前に出れば、次の敵は“世界”になる」

 

ライオネルは口を噤んだ。

その瞳に、私への警戒と、それ以上の“何か”が混じっていた。

 

「……お前は、王を助ける“女神”になるつもりか?」

 

「いいえ。“影”よ。
光を照らすふりをしながら、全てを支配する影」

 

ライオネルは笑った。

短く、嘲るでもなく、ただ感嘆のように。

 

「やっぱり、地獄に連れてってくれよ。お前と一緒なら、王国ごと燃やせる」

 

「……光栄ね」

 

私は再び、書類に目を落とした。

“戴冠”は、形式であると同時に呪術でもある。

魔導で支配された王は、表面上は自分の意思で動くが、実質的には――私の言葉に従うようになる。

もちろん、彼に自覚はない。

それが、“黒き戴冠”の真髄。

 



 

数日後。

王都に集まった貴族、教会関係者、軍部の代表たちの前で、カシウス・ヴィルフリートは再び戴冠された。

だが、その日から――

王国の政治は、目に見えぬ“影の手”によって回りはじめた。

軍事予算の再配分、教会審問部の人事交代、旧貴族の資産整理。

すべてが、わずかな命令と視線だけで行われる。

 

そして、誰もがこう囁き始めた。

 

――“聖女”が、この国の本当の支配者だと。

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

聖女じゃなかったので、カフェで働きます

風音悠鈴
恋愛
光魔法が使えず「聖女失格」と追放された大学生・藍里。 聖女じゃないと城を追い出されたけど、実は闇属性+女神の加護持ちのチートだった⁉︎ 望みはカフェでのスローライフだけ。 乙女ゲーム世界の歪みから大切な日常を守ります! 全30話予定

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

【本編完結】厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。 【追記】本編完結しました

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

処理中です...