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第9話『告解と審判の夜会』
しおりを挟む王都に戻ったのは、深夜だった。
星が雲に隠れ、月も薄く、夜風はどこか鉄の匂いを含んでいた。
神殿区の門が開くと同時に、待ち受けていた数名の神官たちが私の馬車を囲んだ。
その顔は、儀礼的な微笑すら張りついていない。
「聖女エレナ。査問会議への出席が求められています」
淡々とした声の奥にあるのは、処刑前の沈黙に似ていた。
私は微笑んで答える。
「わざわざ迎えに来てくれて嬉しいわ。……道案内、お願いできるかしら?」
◆
査問会議は、聖堂最奥の“金の間”で行われた。
黄金の柱と、聖壁画に囲まれたそこは、もともと王族と教皇しか入れない神聖な空間。
それを使ってまで私を裁こうというのなら――上等。
私は深紅の礼装に着替え、聖印を胸に掲げて入場した。
集まっていたのは、教会最高評議会の十三人。
中央には、教皇代理・ルドルフ。
その左には聖騎士団長、右には異端審問官の長。
まるで“聖戦の布陣”のような顔ぶれだった。
「エレナ・フェルティナ。貴女に問う」
ルドルフの声は、静かだった。
だがその言葉の一つひとつが、針のように私の皮膚を突き刺してくる。
「貴女が北部布教の際、旧魔導遺跡に侵入したという報告がある。事実か?」
「はい、事実です。地図に記載のなかった地下構造物が信仰的に危険であると判断し、私の責任において調査しました」
「許可は?」
「教皇代理殿の即時承認が間に合わぬ状況でしたので、“聖女の裁量”において」
会議室にざわめきが走る。
私は続けて畳みかけた。
「現地には魔族の紋章が残されており、聖騎士団の支援があればより迅速な封印と調査が可能だったかと。……ご判断を仰ぎます」
表情一つ変えずに、私は淡々と“相手に責任を振る”構文を投下する。
誰も私を直接断罪できない。
“聖女”という肩書は、いまだ強固だ。
だが、油断は禁物。
私の言葉尻を追い詰めようと、次々と質問が飛ぶ。
異端との接触の有無、失踪した銀の十字査察官、過剰な献金要請――
一つでも答えを誤れば、火あぶりの未来が待っている。
(ああ、懐かしいわね。……こういう“殺し合い”)
私は心の中で笑っていた。
議場は戦場。
剣ではなく言葉で、血を流させる場所。
そして私は、言葉で人を殺すことにかけて、誰にも負けない。
◆
夜会は、終わらない。
質疑が一段落した時、ルドルフは最後の一手を打ってきた。
「……エレナ殿。“神託の鏡”をご存知か?」
私は内心で舌打ちする。
最悪のカードを切られた。
神託の鏡――それは、高位聖職者の魂を照らし、心の“純潔”を暴く神器。
表面上は儀礼にすぎないが、強力な精神干渉が仕込まれており、魔導耐性のない者では虚偽が暴かれてしまう。
(使う気ね……私を、“壊す”気)
「もちろん、存じております。……光栄ですわ」
私は平然と、台座の前に立つ。
鏡がゆっくりと、私の顔を映し出す。
空虚な眼。張りついた笑顔。
その奥には――魔導の書と、血の契約と、嘘に塗れた真実が潜んでいる。
――刹那、鏡が赤く染まる。
私は、ただ笑った。
「ご覧になって。この清らかな光を」
審問官たちがざわつく。
誰もが見たはずだ。鏡が赤に染まった瞬間を。
けれど私は、その“解釈”を塗り替える。
「神は私に怒りを示されました。“真実を隠している”と。
でも……それでも私は、信じる道を貫きます。
この罪を、私の“信仰の強さ”と見てください」
言葉に“祈り”を混ぜる。
鏡の効果を曖昧にする“詠唱魔導”を織り交ぜ、視覚情報の信憑性を下げる。
彼らは動揺し、判断を濁す。
そしてルドルフが、苦々しく言った。
「……今日のところは、解放する。
だが、次があると思うな。“聖女”」
私は微笑んで一礼した。
「はい。“次”などありませんわ。私は、無罪ですから」
◆
廊下を出たところで、黒い軍装の男が私を待っていた。
ライオネル。
その瞳は、いつになく沈んでいた。
「……お前、何を見せた?」
「全部よ。私の“罪”を。
だけど、それを“信仰”だと言い張った」
「それで、通ったのか?」
「ええ。“信仰”はね、証明するものじゃない。
押しつけるものなのよ」
ライオネルは息を吐いた。
その目に、怒りでも軽蔑でもない、奇妙な“尊敬”が宿っていた。
「……やっぱり、お前に惚れてるわ、俺」
「また言うの? その言葉、飽きないのね」
「何度でも言うさ。お前が“地獄”で微笑むたびに、な」
私は歩き出す。
その背後で、彼の足音がゆっくりと重なった。
“聖女”は、今日も罪を隠し通した。
だが、それを信仰と呼ぶなら――
私の罪は、すべて“無罪”になる。
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