聖女の皮を被った悪女は今日も無罪です

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第9話『告解と審判の夜会』

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王都に戻ったのは、深夜だった。

星が雲に隠れ、月も薄く、夜風はどこか鉄の匂いを含んでいた。

神殿区の門が開くと同時に、待ち受けていた数名の神官たちが私の馬車を囲んだ。

その顔は、儀礼的な微笑すら張りついていない。

 

「聖女エレナ。査問会議への出席が求められています」

 

淡々とした声の奥にあるのは、処刑前の沈黙に似ていた。

私は微笑んで答える。

 

「わざわざ迎えに来てくれて嬉しいわ。……道案内、お願いできるかしら?」

 



 

査問会議は、聖堂最奥の“金の間”で行われた。

黄金の柱と、聖壁画に囲まれたそこは、もともと王族と教皇しか入れない神聖な空間。

それを使ってまで私を裁こうというのなら――上等。

 

私は深紅の礼装に着替え、聖印を胸に掲げて入場した。

集まっていたのは、教会最高評議会の十三人。

中央には、教皇代理・ルドルフ。
その左には聖騎士団長、右には異端審問官の長。

まるで“聖戦の布陣”のような顔ぶれだった。

 

「エレナ・フェルティナ。貴女に問う」

 

ルドルフの声は、静かだった。

だがその言葉の一つひとつが、針のように私の皮膚を突き刺してくる。

 

「貴女が北部布教の際、旧魔導遺跡に侵入したという報告がある。事実か?」

 

「はい、事実です。地図に記載のなかった地下構造物が信仰的に危険であると判断し、私の責任において調査しました」

 

「許可は?」

 

「教皇代理殿の即時承認が間に合わぬ状況でしたので、“聖女の裁量”において」

 

会議室にざわめきが走る。

私は続けて畳みかけた。

 

「現地には魔族の紋章が残されており、聖騎士団の支援があればより迅速な封印と調査が可能だったかと。……ご判断を仰ぎます」

 

表情一つ変えずに、私は淡々と“相手に責任を振る”構文を投下する。

誰も私を直接断罪できない。

“聖女”という肩書は、いまだ強固だ。

 

だが、油断は禁物。

私の言葉尻を追い詰めようと、次々と質問が飛ぶ。

異端との接触の有無、失踪した銀の十字査察官、過剰な献金要請――

一つでも答えを誤れば、火あぶりの未来が待っている。

 

(ああ、懐かしいわね。……こういう“殺し合い”)

 

私は心の中で笑っていた。

議場は戦場。

剣ではなく言葉で、血を流させる場所。

そして私は、言葉で人を殺すことにかけて、誰にも負けない。

 

 



 

夜会は、終わらない。

質疑が一段落した時、ルドルフは最後の一手を打ってきた。

 

「……エレナ殿。“神託の鏡”をご存知か?」

 

私は内心で舌打ちする。

最悪のカードを切られた。

 

神託の鏡――それは、高位聖職者の魂を照らし、心の“純潔”を暴く神器。

表面上は儀礼にすぎないが、強力な精神干渉が仕込まれており、魔導耐性のない者では虚偽が暴かれてしまう。

 

(使う気ね……私を、“壊す”気)

 

「もちろん、存じております。……光栄ですわ」

 

私は平然と、台座の前に立つ。

鏡がゆっくりと、私の顔を映し出す。

空虚な眼。張りついた笑顔。

その奥には――魔導の書と、血の契約と、嘘に塗れた真実が潜んでいる。

 

――刹那、鏡が赤く染まる。

私は、ただ笑った。

 

「ご覧になって。この清らかな光を」

 

審問官たちがざわつく。
誰もが見たはずだ。鏡が赤に染まった瞬間を。

けれど私は、その“解釈”を塗り替える。

 

「神は私に怒りを示されました。“真実を隠している”と。
でも……それでも私は、信じる道を貫きます。
この罪を、私の“信仰の強さ”と見てください」

 

言葉に“祈り”を混ぜる。
鏡の効果を曖昧にする“詠唱魔導”を織り交ぜ、視覚情報の信憑性を下げる。

彼らは動揺し、判断を濁す。

そしてルドルフが、苦々しく言った。

 

「……今日のところは、解放する。
だが、次があると思うな。“聖女”」

 

私は微笑んで一礼した。

 

「はい。“次”などありませんわ。私は、無罪ですから」

 

 



 

廊下を出たところで、黒い軍装の男が私を待っていた。

ライオネル。

その瞳は、いつになく沈んでいた。

 

「……お前、何を見せた?」

 

「全部よ。私の“罪”を。
だけど、それを“信仰”だと言い張った」

 

「それで、通ったのか?」

 

「ええ。“信仰”はね、証明するものじゃない。
押しつけるものなのよ」

 

ライオネルは息を吐いた。

その目に、怒りでも軽蔑でもない、奇妙な“尊敬”が宿っていた。

 

「……やっぱり、お前に惚れてるわ、俺」

 

「また言うの? その言葉、飽きないのね」

 

「何度でも言うさ。お前が“地獄”で微笑むたびに、な」

 

私は歩き出す。

その背後で、彼の足音がゆっくりと重なった。

 

 

“聖女”は、今日も罪を隠し通した。

だが、それを信仰と呼ぶなら――

私の罪は、すべて“無罪”になる。

 

 
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