聖女の皮を被った悪女は今日も無罪です

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第11話『記録の改竄者と忘却の代価』

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“記録”とは、誰のために書かれるのだろうか。

真実のため?
未来のため?
あるいは、神のため?

違う。

記録とは、“支配者の都合”によって選ばれ、編まれ、削られる。

だから私は、それを書き換える。

そう、“世界”を私の物語に塗り替えるために。

 



 

王都中央文書院――王家と教会の双方が管轄する歴史と記録の管理局。

ここに保管された書物は、魔導契約によって保護され、閲覧すら制限されている。

だが今夜、私はそこにいる。

 

深夜二時。

祭礼の余韻に包まれた王都が眠りにつく頃。

私はフードで顔を隠し、裏口の封印を抜けた。

足取りは迷いなく、警戒もほとんどない。

なぜなら――内部に協力者がいるから。

 

「……遅かったな、聖女様」

 

蝋燭の灯りの先にいたのは、ひとりの男。

灰色の法衣に、古びた眼鏡。
名をヴェルナー・キート。
王家の記録官であり、教会の記憶管理官――そして、私が密かに囲っていた“情報改竄者”。

 

「記録は?」

 

「……ここに。だが、貴女が求めている“件”は、すでに閲覧封印されている。
“神託直下”の印がある。普通に改竄すれば、気づかれる」

 

「普通には、やらないわ」

 

私は懐から一冊の魔導書を取り出した。
あの夜、旧神殿で契約した“生きた書”――禁呪文書《レコード・ノクターン》。

これを使えば、“記録”は書き換えられる。
対象は、書物だけではない。
証言、伝承、そして“人間の記憶”すら。

 

ヴェルナーはわずかに怯えた目でそれを見る。

「……これは、“やりすぎ”だ。こんな魔導、記憶ごと消える」

 

「だからこそ、必要なの」

 

私は記録庫の最深部へと進む。
そこにあったのは――

《第二王子・グレイヴ・ヴィルフリート謀反事件》に関する原文書。

 

かつて“冤罪”として処刑された王子。

それが“王族内紛の火種”となり、今のカシウス王を即位させる直接の要因にもなった。

この事件の“真相”を知る者は、今では数名しかいない。

その記録を――私は“消す”。

 

そして、代わりに新たな“真実”を創る。

それはこうだ。

 

《第二王子は民兵を組織し、辺境開発に尽力。
王命により北方開拓司令官として生涯を終えた》

 

つまり、“最初から事件などなかった”とする。

王子は死んでおらず、そもそも“反乱”は歴史の中に存在しない。

 

これにより、グレイヴ王子の死を口実に勢力を強めていた旧貴族派は根拠を失い、さらに――

“王子の仇”を討とうとする地下組織《紅き灯火》も、存在の正当性を失う。

 

私はページをめくり、魔導書に印を押す。

文字が染まり、記録が“塗り替えられる”。

 

ヴェルナーが口を開いた。

 

「……貴女がここまで“歴史”そのものを操るとは思わなかった」

 

「操っているんじゃない。“修正”しているだけ。
過ちを正す。すべては、この国のためよ」

 

「いや――貴女自身のためだ」

 

その言葉には、批判でもなく、諦念でもなく――畏敬があった。

私は答えなかった。

だが心の中では、肯定していた。

ええ、私のためよ。

私が“世界”を支配するため。

 

 



 

翌朝。

街に一つの噂が流れた。

《第二王子は反逆者ではなかった》

しかし誰もそれを疑わなかった。

なぜなら、王立記録にそう“記されていた”からだ。

 

記憶は記録に従い、記録は“聖女”の手の中にある。

それは“真実”よりも強い。

 

そして、夜。

ライオネルが私を訪ねてきた。

 

「……お前、“紅き灯火”を殺したな」

 

「彼らが訴えていたのは、“記録されていた歴史”。
その歴史が消えた今、彼らの存在は“無意味”」

 

「記憶すら、操作するか。まるで、神だな」

 

「神は、証明できないからこそ信仰されるの。
私も、同じように作っていくわ」

 

ライオネルは私の目を見つめた。

それは、理解ではなかった。

憧れでもなかった。

ただ、確かに――“惚れている目”だった。

 

「お前を止められるのは、もう世界じゃないな。……お前自身だけだ」

 

「止まる気はないわ。まだ、“私の罪”は始まったばかり」

 

私は立ち上がる。

外はまだ静かな夜。
だが、足元には“真実の死体”が転がっている。

 

そして私は、その死体の上に、新しい国を築く。

 

 
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