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第14話『罪と誓いと、仮面の女神』
しおりを挟む王の足音が、冷たい石の廊下に響く。
文書院の最深部、そこは王家と教会の双方に認可された者しか立ち入れぬ領域。
カシウス・ヴィルフリート王は、その扉を“王の印”で開いた。
――ここにある記録を見れば、“彼女”が真実か虚構か、わかる。
そう信じていた。
だが王が見たのは、思い描いていた“記録”とは、まるで違うものだった。
封印が解かれ、重い扉が軋んで開く。
そこに置かれていたのは、光の魔法で保護された一冊の魔導書。
タイトルは――
《聖女叙任前日録:枢機卿の証明》
内容は簡潔だった。
それは、先代枢機卿が“病床にて神託を受け、エレナを聖女として認定した”という公的な記録。
日付、署名、印章、全てが整っており、魔導封印の偽造痕もない。
「……信じられん。あれほど早く、ここまで……」
記録は、完璧だった。
どこにも矛盾はなく、裁判所ですら“公式記録”として認定する水準。
だが王の胸の奥では、別の何かが囁いていた。
――これは、後から書かれたものだ。
そう確信できる根拠はない。
だが“あの女”ならばやりかねない。
いや、むしろやったと考える方が自然だ。
「エレナ……貴女は、いったい――何者なんだ」
王は額に手を当て、深く息を吐く。
記録が真実を語らないのなら、自分は“何を信じればいいのか”。
彼は王であると同時に、“ひとりの男”だった。
そしてその男の部分は、確かにエレナに魅了されていた。
“救われた”とすら思っていた。
混乱の時代に現れた聖女。
秩序を与え、争いを鎮め、人心をまとめた“光”。
だがその光が、もし“毒”を孕んだものであったなら――?
「私は……王として、間違っていたのか?」
扉の外で、気配が動いた。
振り向くと、そこには白いローブの女が立っていた。
「いいえ、王よ。間違ってなどおりませんわ」
声は甘く、姿は気高く。
だがその瞳は、誰よりも深く冷たかった。
エレナ・ライネルト。
聖女であり、女神の代理人として王に仕える彼女は、まるで舞台に現れる女優のように滑らかに一礼した。
「貴方が“真実を知ろう”とすること、それ自体が、この国を正しく導いている証です」
「……私は、貴女を疑った。だが、記録は……」
「記録は、ただの“記録”です。
王が見るべきは、“人”です」
エレナはゆっくりと歩み寄り、王の前でひざをついた。
白いドレスの裾が床に広がり、蝋燭の光に染まってゆく。
「もし貴方が、私に疑念を抱かれたなら――処罰されるのも当然でしょう。
ですが、私には願いがございます」
「……願い?」
「どうか、この国を守るため、貴方の王冠を護るため――
“私の手を握ってください”」
王はその手を見つめた。
滑らかな白い指先。
その手は、かつて何人の“血”を背負わせてきたのか。
何枚の“嘘”を塗り固めてきたのか。
だが同時に――
この手があったからこそ、王国は混乱を免れたのも事実。
王は、ゆっくりとその手を握った。
「私は……王である前に、人間だ。
信じたいと願った者を、信じてはいけないのか?」
「貴方の信は、決して愚かではありません。
なぜなら私は、貴方の“罪”を引き受ける聖女なのですから」
エレナは、まるで慈母のように微笑んだ。
だがその目の奥では――
冷徹な計算と、勝利の光が瞬いていた。
◆
その夜、ライオネルは軍の資料室にいた。
彼は王の動きを把握し、エレナの報告を受けた後も、ひとりで記録を洗い直していた。
机の上には、別の封印文書が広がっていた。
それは――《エレナの出生に関する記録》。
本来、王にも公開されぬはずの“消去された血統の記録”。
そこには、驚くべき事実が記されていた。
《出生地不明。
魔導士ギルド登録無効。
親族情報:すべて空白。
教会記録:五歳以前の存在証明なし》
ライオネルはそれを読みながら、ただひとつの問いにたどり着いた。
(エレナ……お前は、いったい“どこから来た”)
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