聖女の皮を被った悪女は今日も無罪です

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第15話『沈黙する神と、罪を重ねる者たち』

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“神は沈黙している”――それは、教会の奥義書に記された最も古い教えだった。

神は何も語らず、ただ“選ばれた器”を通して世界に意志を示す。
だが、もしその器が“偽り”だったとしたら?

今、その問いが王国を覆い始めていた。

 



 

夜半、ライオネルは兵舎地下の“封印庫”にひとりいた。
そこは戦時中、魔導兵器や極秘文書を保管するために設けられた空間であり、現在はほとんど使用されていない。

彼の手には、エレナの出生に関する唯一の記録があった。

 

《記録削除依頼:第七教区 神官リオネルによる。
理由:本人の要請および“神託により不可視とす”》

 

「……“不可視”? それが通るなら、どんな虚構も真実にできるな」

ライオネルは低くつぶやく。
エレナの過去は、“神託”という絶対の名のもとに封じられていた。

だが――“神”は本当に彼女を選んだのか?

 

(俺は、あの女の光を信じたことは一度もない。
だが、あの暗さと――勝利の計算には、心を奪われた)

 

事実として、彼女は戦場を鎮めた。
反乱を潰し、貴族を服従させ、王を即位させ、王国を“平定”した。

それは正義か? それとも暴政か?

答えは出ない。ただ、“勝者”としての真実だけが残っていた。

 

「だが――お前の“過去”にだけは、俺の刃を突き立てる」

 

ライオネルは剣を抜いた。

鋼ではなく、魔導制御の“分析刃”。

それを記録封印に突き立てた瞬間――

空間が歪んだ。

 

「……ッ!」

記録の封が破れ、真実の断片が零れ落ちる。

その中にあったのは――一枚の古い肖像画。

十数年前に死んだはずの“異端の巫女”と記された少女。

その顔は――エレナと“瓜二つ”だった。

 

「……まさか、お前……」

彼女は、ただの“聖女”などではない。

かつて“神託を偽った”として処刑された巫女と、血縁も記録も一致する。

ならば――今の聖女エレナは、神の使徒ではなく、“偽神の再来”かもしれない。

 

 



 

一方、王の執務室。

カシウス王は、文官からある報告書を受け取っていた。

内容は簡潔だった。

 

「祝宴で倒れた貴族たちのうち、三名が“聖女に反感を持っていた”という証言が出ました。
そのうちのひとり、ガロン卿は“枢機卿への密告”を計画していたとされ……」

 

カシウスは目を伏せた。

エレナが言っていた通り――“偶然”は、神の裁き。

だが、この偶然はあまりにも都合が良すぎる。

“エレナに不都合な者”が、次々と倒れる。
“証拠”は一切ない。
だが、“結果”はすべて、彼女の望む通り。

 

(本当に、これでいいのか?)

疑念は消えない。
だが、彼には“選択肢”がなかった。

彼女の手を振り払えば、秩序は再び崩れる。

国も、王位も、血に沈む。

 

「……我が治世を守るために、私はエレナを選ぶ」

それが彼の“誓い”だった。

そしてその誓いは、もう“罪”と呼ばれる域に達していた。

 

 



 

夜、エレナの居室。

ドレープの奥で蝋燭の炎が揺れ、窓の外には夜警の軍馬の音が聞こえる。

そこにライオネルが入室した。

「来たのね。……あなたの足音は、すぐにわかるわ」

「悪女の嗅覚は、やっぱり鋭いな」

エレナは小さく笑った。

 

「王は、“貴女の真実”を信じることにした。
国のために、貴女の手を握った。……それが今夜の報告だ」

「それは嬉しい知らせね。じゃあ次は?」

「俺の番だ」

ライオネルは、封を解いた記録と肖像画を差し出す。

 

「――これは?」

「“かつて処刑された異端巫女”の記録だ。
名前はミレナ・ルシフェル。
記録では“17歳で焚刑に処された”とある。
そしてお前は、その娘だな」

 

エレナの笑顔が一瞬、止まった。

だがすぐに微笑が戻る。

「そう……見つけたのね。あなたらしい」

「全部、計算のうちか?」

「いいえ。それだけは、違った」

 

エレナは椅子に座り、空を見た。

「私は、自分の血統を隠すことで“世界から許された”。
神を偽った母の娘。だから私は、“完璧な聖女”になるしかなかったのよ」

「……罪を受け入れ、仮面を被ったと?」

「いいえ。罪を背負ったからこそ、私は神に成り代われたの」

 

ライオネルは沈黙した。

この女は、ただの陰謀家でもなく、ただの演技者でもない。

“神の沈黙すら乗り越えた者”だ。

 

「俺は、お前を止めることもできる。
だが、お前がいなければ、王も国も崩れる」

「なら、どうするの?」

「……俺の罪も、お前に委ねる」

 

そう言って、ライオネルは封印記録に火をつけた。

炎が肖像画を飲み込み、過去が燃え落ちていく。

 

「……ありがとう、ライオネル」

エレナの声は、かすかに震えていた。

その声だけが、“彼女もまた人間だ”と知れる、唯一の証だった。

 

 
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