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第15話『沈黙する神と、罪を重ねる者たち』
しおりを挟む“神は沈黙している”――それは、教会の奥義書に記された最も古い教えだった。
神は何も語らず、ただ“選ばれた器”を通して世界に意志を示す。
だが、もしその器が“偽り”だったとしたら?
今、その問いが王国を覆い始めていた。
◆
夜半、ライオネルは兵舎地下の“封印庫”にひとりいた。
そこは戦時中、魔導兵器や極秘文書を保管するために設けられた空間であり、現在はほとんど使用されていない。
彼の手には、エレナの出生に関する唯一の記録があった。
《記録削除依頼:第七教区 神官リオネルによる。
理由:本人の要請および“神託により不可視とす”》
「……“不可視”? それが通るなら、どんな虚構も真実にできるな」
ライオネルは低くつぶやく。
エレナの過去は、“神託”という絶対の名のもとに封じられていた。
だが――“神”は本当に彼女を選んだのか?
(俺は、あの女の光を信じたことは一度もない。
だが、あの暗さと――勝利の計算には、心を奪われた)
事実として、彼女は戦場を鎮めた。
反乱を潰し、貴族を服従させ、王を即位させ、王国を“平定”した。
それは正義か? それとも暴政か?
答えは出ない。ただ、“勝者”としての真実だけが残っていた。
「だが――お前の“過去”にだけは、俺の刃を突き立てる」
ライオネルは剣を抜いた。
鋼ではなく、魔導制御の“分析刃”。
それを記録封印に突き立てた瞬間――
空間が歪んだ。
「……ッ!」
記録の封が破れ、真実の断片が零れ落ちる。
その中にあったのは――一枚の古い肖像画。
十数年前に死んだはずの“異端の巫女”と記された少女。
その顔は――エレナと“瓜二つ”だった。
「……まさか、お前……」
彼女は、ただの“聖女”などではない。
かつて“神託を偽った”として処刑された巫女と、血縁も記録も一致する。
ならば――今の聖女エレナは、神の使徒ではなく、“偽神の再来”かもしれない。
◆
一方、王の執務室。
カシウス王は、文官からある報告書を受け取っていた。
内容は簡潔だった。
「祝宴で倒れた貴族たちのうち、三名が“聖女に反感を持っていた”という証言が出ました。
そのうちのひとり、ガロン卿は“枢機卿への密告”を計画していたとされ……」
カシウスは目を伏せた。
エレナが言っていた通り――“偶然”は、神の裁き。
だが、この偶然はあまりにも都合が良すぎる。
“エレナに不都合な者”が、次々と倒れる。
“証拠”は一切ない。
だが、“結果”はすべて、彼女の望む通り。
(本当に、これでいいのか?)
疑念は消えない。
だが、彼には“選択肢”がなかった。
彼女の手を振り払えば、秩序は再び崩れる。
国も、王位も、血に沈む。
「……我が治世を守るために、私はエレナを選ぶ」
それが彼の“誓い”だった。
そしてその誓いは、もう“罪”と呼ばれる域に達していた。
◆
夜、エレナの居室。
ドレープの奥で蝋燭の炎が揺れ、窓の外には夜警の軍馬の音が聞こえる。
そこにライオネルが入室した。
「来たのね。……あなたの足音は、すぐにわかるわ」
「悪女の嗅覚は、やっぱり鋭いな」
エレナは小さく笑った。
「王は、“貴女の真実”を信じることにした。
国のために、貴女の手を握った。……それが今夜の報告だ」
「それは嬉しい知らせね。じゃあ次は?」
「俺の番だ」
ライオネルは、封を解いた記録と肖像画を差し出す。
「――これは?」
「“かつて処刑された異端巫女”の記録だ。
名前はミレナ・ルシフェル。
記録では“17歳で焚刑に処された”とある。
そしてお前は、その娘だな」
エレナの笑顔が一瞬、止まった。
だがすぐに微笑が戻る。
「そう……見つけたのね。あなたらしい」
「全部、計算のうちか?」
「いいえ。それだけは、違った」
エレナは椅子に座り、空を見た。
「私は、自分の血統を隠すことで“世界から許された”。
神を偽った母の娘。だから私は、“完璧な聖女”になるしかなかったのよ」
「……罪を受け入れ、仮面を被ったと?」
「いいえ。罪を背負ったからこそ、私は神に成り代われたの」
ライオネルは沈黙した。
この女は、ただの陰謀家でもなく、ただの演技者でもない。
“神の沈黙すら乗り越えた者”だ。
「俺は、お前を止めることもできる。
だが、お前がいなければ、王も国も崩れる」
「なら、どうするの?」
「……俺の罪も、お前に委ねる」
そう言って、ライオネルは封印記録に火をつけた。
炎が肖像画を飲み込み、過去が燃え落ちていく。
「……ありがとう、ライオネル」
エレナの声は、かすかに震えていた。
その声だけが、“彼女もまた人間だ”と知れる、唯一の証だった。
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