14 / 20
第13話『微睡の牢と眠れぬ王』
しおりを挟む冷たい石壁に囲まれた地下牢は、夜も昼もない。
蝋燭の光が揺れ、鉄格子の向こうにあるのは、ただの沈黙と湿った空気だけ。
その牢のひとつに、セシル侯爵は静かに座っていた。
服は貴族の装いのまま。
背筋は伸びているが、目は虚ろで、何かを見つめることなく宙に向けられている。
彼はもう何日も眠れていなかった。
なぜなら、夢の中ですら、あの“女”が現れるからだ。
「……嘘だ。私は、あれほど慎重に動いていた。
裏切りも、陰謀も、痕跡を残してはいない。
なのに――なぜだ。どうして、あの夜、私は……」
彼が見たのは、倒れる者たちの連鎖。
まるで“悪意が具現化したような舞踏会”。
毒など盛った覚えはない。
誰にも命じていない。
それなのに、すべてが自分を犯人に仕立て上げていった。
いや、“誰かがそうした”のだ。
そしてその“誰か”は――
「……エレナ、ライネルト」
そう呟いた瞬間、空気が凍る。
その名を口にしただけで、胸が痛む。
彼女の瞳、あの微笑み、祝福の仮面の下に潜む“絶対の悪意”。
セシルは震えながら、自身の両手を見下ろした。
「私は……あの女に、勝てなかったのか。
あれほどの策を講じ、あれほどの証拠を……」
彼は思い出す。
過去、エレナが教会の下層部と密会していた証拠。
軍資金の流れ、消された記録、そして裏取引の噂。
それらを掴み、彼は動いた。
だが――
(私の方が、一手遅かった)
自分が証拠を握った時には、すでにそれらは“無効化”されていた。
記録は改竄され、証言者は消され、計画は捻じ曲げられた。
そして、気づけば自分が“罠”にかけられていたのだ。
「……あれが、悪女か」
まるで呪いのように言葉が口から漏れる。
だがその声に、どこか一片の感嘆が滲んでいた。
(だが――終わってはいない。
私はまだ、生きている。
そして……“あの記録”だけは、手を出されていない)
彼の頭に浮かぶのは、王家記録庫の奥に封印された“ある書簡”。
それはエレナが“聖女”に任命される直前、彼女と先代枢機卿の間で交わされた“極秘の取引証拠”。
それは今なお、魔導封印の下に眠っている。
彼女がそこまで手を伸ばしていないのは、“自分がそれを守っている”と知っているからだ。
そしてもし、誰かがそれを見つけ出せば――
「……まだ、勝機はある」
◆
一方、王の私室。
カシウス・ヴィルフリートは、書類を片手に眉をひそめていた。
内容は、祝宴で倒れた貴族たちの診断報告。
“毒物反応は一切なし”
“共通の発症原因は不明”
“ただし全員が精神的ショックと心拍異常を経験”
そこに添えられていたのは、音楽隊の指揮者の証言。
「当日、演奏された楽曲に“違和感”があった」
(まさか……音による魔導干渉?)
王は頭を抱えた。
――そして、ひとりの顔が浮かぶ。
白銀のドレスに身を包み、笑顔で乾杯する彼女。
エレナ。
「……彼女が、まさか」
だが、思考はそこから先へと進めない。
彼女は“聖女”であり、己をここまで導いてくれた存在。
国を安定させ、秩序を保ち、暴力と混乱を収めた。
彼女を疑うということは――
自分の治世そのものを否定することと同義。
「私は、ただの傀儡ではない。
私には……自分の目がある。
なら、見るべきだ。たとえそれが……真実であっても」
カシウス王は立ち上がった。
そして命じる。
「文書院の魔導封印を解除しろ。
王の名のもとに、“記録”を閲覧する」
◆
夜。
エレナの部屋の扉が、静かに開く。
そこに現れたのは、予想通りの男だった。
「……王が動いた。文書院へ」
ライオネルの声に、私は目を細める。
「そう。思ったより早かったわね」
「止めるか?」
「いいえ。むしろ、“あの記録”はもう、存在しないわ」
「……潰してあったのか」
「当然よ。彼が“見る”と決めた時には、もう“見える真実”が用意されている。
私の手で、完璧にね」
私は鏡の前で髪を整え、静かに笑った。
「さあ、王に真実を見せてあげましょう。
“私こそが、無垢なる聖女”であるという真実を」
0
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
聖女じゃなかったので、カフェで働きます
風音悠鈴
恋愛
光魔法が使えず「聖女失格」と追放された大学生・藍里。
聖女じゃないと城を追い出されたけど、実は闇属性+女神の加護持ちのチートだった⁉︎
望みはカフェでのスローライフだけ。
乙女ゲーム世界の歪みから大切な日常を守ります!
全30話予定
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる