聖女の皮を被った悪女は今日も無罪です

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第13話『微睡の牢と眠れぬ王』

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冷たい石壁に囲まれた地下牢は、夜も昼もない。
蝋燭の光が揺れ、鉄格子の向こうにあるのは、ただの沈黙と湿った空気だけ。

その牢のひとつに、セシル侯爵は静かに座っていた。

服は貴族の装いのまま。
背筋は伸びているが、目は虚ろで、何かを見つめることなく宙に向けられている。

彼はもう何日も眠れていなかった。

なぜなら、夢の中ですら、あの“女”が現れるからだ。

 

「……嘘だ。私は、あれほど慎重に動いていた。
裏切りも、陰謀も、痕跡を残してはいない。
なのに――なぜだ。どうして、あの夜、私は……」

 

彼が見たのは、倒れる者たちの連鎖。
まるで“悪意が具現化したような舞踏会”。

毒など盛った覚えはない。
誰にも命じていない。
それなのに、すべてが自分を犯人に仕立て上げていった。

 

いや、“誰かがそうした”のだ。

そしてその“誰か”は――

 

「……エレナ、ライネルト」

 

そう呟いた瞬間、空気が凍る。

その名を口にしただけで、胸が痛む。

彼女の瞳、あの微笑み、祝福の仮面の下に潜む“絶対の悪意”。

セシルは震えながら、自身の両手を見下ろした。

 

「私は……あの女に、勝てなかったのか。
あれほどの策を講じ、あれほどの証拠を……」

彼は思い出す。

過去、エレナが教会の下層部と密会していた証拠。
軍資金の流れ、消された記録、そして裏取引の噂。

それらを掴み、彼は動いた。
だが――

 

(私の方が、一手遅かった)

 

自分が証拠を握った時には、すでにそれらは“無効化”されていた。

記録は改竄され、証言者は消され、計画は捻じ曲げられた。

そして、気づけば自分が“罠”にかけられていたのだ。

「……あれが、悪女か」

まるで呪いのように言葉が口から漏れる。

だがその声に、どこか一片の感嘆が滲んでいた。

 

(だが――終わってはいない。
私はまだ、生きている。
そして……“あの記録”だけは、手を出されていない)

 

彼の頭に浮かぶのは、王家記録庫の奥に封印された“ある書簡”。

それはエレナが“聖女”に任命される直前、彼女と先代枢機卿の間で交わされた“極秘の取引証拠”。

それは今なお、魔導封印の下に眠っている。

彼女がそこまで手を伸ばしていないのは、“自分がそれを守っている”と知っているからだ。

そしてもし、誰かがそれを見つけ出せば――

「……まだ、勝機はある」

 

 



 

一方、王の私室。

カシウス・ヴィルフリートは、書類を片手に眉をひそめていた。

内容は、祝宴で倒れた貴族たちの診断報告。
“毒物反応は一切なし”
“共通の発症原因は不明”
“ただし全員が精神的ショックと心拍異常を経験”

そこに添えられていたのは、音楽隊の指揮者の証言。

「当日、演奏された楽曲に“違和感”があった」

 

(まさか……音による魔導干渉?)

王は頭を抱えた。

 

――そして、ひとりの顔が浮かぶ。

白銀のドレスに身を包み、笑顔で乾杯する彼女。

エレナ。

 

「……彼女が、まさか」

だが、思考はそこから先へと進めない。

彼女は“聖女”であり、己をここまで導いてくれた存在。

国を安定させ、秩序を保ち、暴力と混乱を収めた。

彼女を疑うということは――

自分の治世そのものを否定することと同義。

 

「私は、ただの傀儡ではない。
私には……自分の目がある。
なら、見るべきだ。たとえそれが……真実であっても」

 

カシウス王は立ち上がった。

そして命じる。

 

「文書院の魔導封印を解除しろ。
王の名のもとに、“記録”を閲覧する」

 

 



 

夜。

エレナの部屋の扉が、静かに開く。

そこに現れたのは、予想通りの男だった。

「……王が動いた。文書院へ」

ライオネルの声に、私は目を細める。

「そう。思ったより早かったわね」

「止めるか?」

「いいえ。むしろ、“あの記録”はもう、存在しないわ」

「……潰してあったのか」

「当然よ。彼が“見る”と決めた時には、もう“見える真実”が用意されている。
私の手で、完璧にね」

私は鏡の前で髪を整え、静かに笑った。

 

「さあ、王に真実を見せてあげましょう。
“私こそが、無垢なる聖女”であるという真実を」

 

 
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