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第18話『燃ゆる誓約、沈黙の神殿にて』
しおりを挟む広間での問答から一夜明け、王都には妙な静けさが漂っていた。
勝者はエレナ。敗者はユーグ。
だが、人々はその“勝敗”よりも、エレナの言葉に呑まれていた。
――“信仰とは、信じる覚悟のことだ”
それは新しい“神”の在り方だった。
神は語らず、選ばず、ただ見守る。
ならば、誰が“神に成り代わる”のか――
そう、“覚悟を持って立つ者”こそが、新たな神の器となる。
その教えは、静かに、そして確実に、王都に根を伸ばしていった。
◆
その日の午後、エレナは誰にも告げず、ある場所を訪れていた。
王都の外れ。
かつて“聖女の選定”が行われた神殿――今は使われていない“第一の神域”である。
ここは、かつての聖女たちが祈りを捧げ、神の声を待った場所。
今は沈黙と埃に満ちており、時折、風が古びた祠を揺らしているだけだった。
「あなたは、ずっと黙ったままなのね」
エレナは神殿の祭壇の前に跪いた。
そこにはかつて“真の聖女”と称されたミレナ・ルシフェル――
彼女の母の名が、刻まれた石碑が残されていた。
「私は、母の失敗を繰り返したくなかった。
でも……いま、ほんの少しだけ分かった気がするの」
エレナは目を閉じ、手を合わせた。
その掌に刻まれた小さな火傷――
それはかつて、彼女が“聖痕”の偽装のために自ら火を押し当てた跡。
あの日から、すべてが始まった。
(母が裁かれ、私は神の名のもとに生かされた)
(ならば、私はこの命で世界を握る。
それが“私を生かした神”への復讐であり、感謝でもある)
ふと、扉が開く音がした。
振り返れば、そこにはライオネルがいた。
「……また、ここか」
彼はゆっくりと神殿に入り、エレナの隣に立った。
「お前が跪く姿なんて、めったに見ないな」
「跪いてるように見える? 私はただ……膝が痛いだけよ」
「嘘つけ。祈ってただろう」
「祈っていたのは、母によ。……神じゃない」
その言葉に、ライオネルはわずかに眉を上げる。
「母か。……俺は神にも、母にも、祈ったことはないな」
「あなたには、そういう顔が似合うわ。
祈らないくせに、誰よりも人を救うような、愚かで誠実な男の顔」
エレナはふと、火傷の跡を隠すように手を握った。
それを見て、ライオネルはそっと彼女の手に触れた。
「痛むのか?」
「いいえ。……痛いと思わなければ、痛くないのよ。
それが、聖女でいるための“自己暗示”。」
「だったら――いまだけは、それを解いていい」
そう言って、彼はエレナの手を引き寄せ、自分の手のひらで包んだ。
その手は冷たくもなく、熱くもなく、ただ“人間”としての温度があった。
「……あの問答のあと、ユーグはどうなった?」
「国外追放だ。王の判断でな。だが、あいつは消えない。
“沈黙の神”を語る者は、いつかまた現れる。……信仰とは、そういうものだ」
「なら、私の役目も終わらないわね」
エレナは立ち上がった。
「この神殿は、再び使われるべきだわ。
“神が語らぬなら、人がその意志を継ぐ”――
それを示す場所として、この場所を“新たな誓約の神殿”にする」
ライオネルは彼女の横顔を見つめた。
かつて、炎と血の中で王国を立て直した“悪女”が、
いま神の名を用いず、“人”として世界を導こうとしている。
「お前、本当に……神になろうとしてるんだな」
「違うわ、ライオネル。私は、“神を必要としない世界”を作ろうとしてるの」
その目は、決して揺るがない。
それは、女神でも聖女でもなく――
ただひとりの“人間”として、罪と血と誓いを抱いて立つ者の目だった。
「……だったら、お前が倒れるときは、俺が斬ってやる」
「それは光栄ね。でも、私が堕ちるときは――
あなたも一緒に堕ちてもらうわ。地獄まで、ずっとね」
「了解。地獄で待ってろ」
二人は笑い合う。
だがその笑顔の奥には、互いに“覚悟”を見せ合うような鋭さがあった。
そして、エレナは祭壇の前に立ち、改めて宣言した。
「ここに誓うわ。この神殿を、“神の沈黙”ではなく、
“人の意志が刻まれる場所”として蘇らせる。
その先に、どれほどの罪があろうとも――私は歩む」
沈黙する神殿の奥、誰にも聞こえない声で、石がかすかに鳴った気がした。
まるで、その誓いを受け止めるように。
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