聖女の皮を被った悪女は今日も無罪です

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第18話『燃ゆる誓約、沈黙の神殿にて』

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広間での問答から一夜明け、王都には妙な静けさが漂っていた。

勝者はエレナ。敗者はユーグ。

だが、人々はその“勝敗”よりも、エレナの言葉に呑まれていた。

 

――“信仰とは、信じる覚悟のことだ”

 

それは新しい“神”の在り方だった。

神は語らず、選ばず、ただ見守る。
ならば、誰が“神に成り代わる”のか――
そう、“覚悟を持って立つ者”こそが、新たな神の器となる。

その教えは、静かに、そして確実に、王都に根を伸ばしていった。

 



 

その日の午後、エレナは誰にも告げず、ある場所を訪れていた。

王都の外れ。
かつて“聖女の選定”が行われた神殿――今は使われていない“第一の神域”である。

ここは、かつての聖女たちが祈りを捧げ、神の声を待った場所。
今は沈黙と埃に満ちており、時折、風が古びた祠を揺らしているだけだった。

 

「あなたは、ずっと黙ったままなのね」

 

エレナは神殿の祭壇の前に跪いた。

そこにはかつて“真の聖女”と称されたミレナ・ルシフェル――
彼女の母の名が、刻まれた石碑が残されていた。

 

「私は、母の失敗を繰り返したくなかった。
でも……いま、ほんの少しだけ分かった気がするの」

 

エレナは目を閉じ、手を合わせた。

その掌に刻まれた小さな火傷――
それはかつて、彼女が“聖痕”の偽装のために自ら火を押し当てた跡。

あの日から、すべてが始まった。

 

(母が裁かれ、私は神の名のもとに生かされた)

(ならば、私はこの命で世界を握る。
それが“私を生かした神”への復讐であり、感謝でもある)

 

ふと、扉が開く音がした。

振り返れば、そこにはライオネルがいた。

 

「……また、ここか」

 

彼はゆっくりと神殿に入り、エレナの隣に立った。

「お前が跪く姿なんて、めったに見ないな」

「跪いてるように見える? 私はただ……膝が痛いだけよ」

「嘘つけ。祈ってただろう」

「祈っていたのは、母によ。……神じゃない」

 

その言葉に、ライオネルはわずかに眉を上げる。

「母か。……俺は神にも、母にも、祈ったことはないな」

「あなたには、そういう顔が似合うわ。
祈らないくせに、誰よりも人を救うような、愚かで誠実な男の顔」

 

エレナはふと、火傷の跡を隠すように手を握った。

それを見て、ライオネルはそっと彼女の手に触れた。

 

「痛むのか?」

「いいえ。……痛いと思わなければ、痛くないのよ。
それが、聖女でいるための“自己暗示”。」

「だったら――いまだけは、それを解いていい」

 

そう言って、彼はエレナの手を引き寄せ、自分の手のひらで包んだ。

その手は冷たくもなく、熱くもなく、ただ“人間”としての温度があった。

 

「……あの問答のあと、ユーグはどうなった?」

「国外追放だ。王の判断でな。だが、あいつは消えない。
“沈黙の神”を語る者は、いつかまた現れる。……信仰とは、そういうものだ」

 

「なら、私の役目も終わらないわね」

 

エレナは立ち上がった。

「この神殿は、再び使われるべきだわ。
“神が語らぬなら、人がその意志を継ぐ”――
それを示す場所として、この場所を“新たな誓約の神殿”にする」

 

ライオネルは彼女の横顔を見つめた。

かつて、炎と血の中で王国を立て直した“悪女”が、
いま神の名を用いず、“人”として世界を導こうとしている。

 

「お前、本当に……神になろうとしてるんだな」

「違うわ、ライオネル。私は、“神を必要としない世界”を作ろうとしてるの」

 

その目は、決して揺るがない。

それは、女神でも聖女でもなく――
ただひとりの“人間”として、罪と血と誓いを抱いて立つ者の目だった。

 

「……だったら、お前が倒れるときは、俺が斬ってやる」

「それは光栄ね。でも、私が堕ちるときは――
あなたも一緒に堕ちてもらうわ。地獄まで、ずっとね」

「了解。地獄で待ってろ」

 

二人は笑い合う。

だがその笑顔の奥には、互いに“覚悟”を見せ合うような鋭さがあった。

 

そして、エレナは祭壇の前に立ち、改めて宣言した。

 

「ここに誓うわ。この神殿を、“神の沈黙”ではなく、
“人の意志が刻まれる場所”として蘇らせる。
その先に、どれほどの罪があろうとも――私は歩む」

 

沈黙する神殿の奥、誰にも聞こえない声で、石がかすかに鳴った気がした。

まるで、その誓いを受け止めるように。

 
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