聖女の皮を被った悪女は今日も無罪です

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第17話『王都の風、神官の目覚め』

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王都グレイアの朝は、灰色の雲と鐘の音で始まった。

教会本院の鐘が四度鳴る頃、王城の外門に一台の古びた馬車が止まる。

馬の手綱を握っていたのは、襤褸(ぼろ)を纏った若者。
しかし、後部の扉が開き、姿を見せた男に、近衛たちは息を呑んだ。

 

「……身分を」

「第九教区所属、神官ユーグ・フェリスタ。枢機院への正式な“報告任務”だ」

 

手渡された通行証に、偽造の跡はない。
それどころか、かつて大祭司直筆で与えられた“巡回神官特位”の印が押されていた。

近衛はしばらく沈黙した後、低く敬礼した。

「……失礼いたしました。ようこそ、都へ」

 

ユーグは礼を返し、王都の石畳を一歩踏みしめた。

懐の奥では、古びた文書がかすかに擦れている。

それは、過去に封じられた“もうひとつの神託”――
“聖女の座を否定する神の声”が記された禁書の写し。

 

「……裁きの鐘は、近い」

 



 

同じころ、エレナは枢機院の礼拝堂にいた。

神前の灯が静かに揺れる中、彼女は銀の杯に水を注ぎ、祈祷を終える。

背後には枢機卿のひとり、クラウスが控えていた。

 

「今日、第九教区の神官が都入りされました」

「……ユーグ・フェリスタね」

エレナの声には微かな硬さが混じっていた。

 

「彼は、かつての反対派でした。私の叙任にも、真っ向から異を唱えた」

「聖女様の正統性を疑う者は、もはやごくわずか。
ですが、彼は民の間に根を張る“旧信仰”の象徴です。
慎重に動かねば……王政そのものに飛び火しかねません」

 

「いいえ、クラウス。ここで“彼を利用”しましょう」

エレナは杯を置き、毅然と立ち上がる。

「“民のために祈る聖女”を演じ続けるには、時に“対立者”が必要よ。
私が彼の“問い”に慈愛をもって応じれば、信仰は再び私へ傾く」

 

「しかし……万が一、彼が“禁書”を開示すれば――」

 

「燃やすまでの間に、民意を掴むわ。
それができないなら、私はただの役者以下。……そうでしょう?」

 

エレナの横顔に、クラウスはかすかに震えた。

聖女という名の仮面の下で、いまにも“王をも喰らう蛇”が目を覚ましそうだった。

 



 

一方、ユーグは王都の外れ、第六教会跡地にある隠れ家に入った。

そこには既に数名の旧教会神官たちが集まっていた。

 

「ユーグ様、本当に都に出るのですか?」

「今こそ、神の意志を問うときだ。
彼女――エレナは、“神ではなく人の意志”でこの国を動かしている」

「だが、信徒の大半は今の聖女を崇めております。
正面から対峙すれば、我々はただの反逆者に……」

 

「だからこそ、我々には“証”がいる」

ユーグは懐から、封印された古文書を取り出した。

 

《第五期神託記録:エレナ・ライネルトの名は、選定候補に非ず》

 

「これは……!」

「この一文だけでいい。
これが公になれば、彼女は“神の使い”であることを証明できなくなる」

 

ユーグの目は、揺るがなかった。

王も、軍も、信徒も、すべてが“信仰”の名のもとに彼女にひれ伏している。

だが、彼の信仰は“沈黙の神”に向けられていた。

 

「私は、神の名を叫びに行く。
誰もが声を忘れた“その神”を、再びこの国に示すために」

 

 



 

数日後。

王城の広間にて、“公的な神学問答”が開かれることとなった。

主催は枢機院。

参加者は、聖女エレナ・ライネルト。

そして挑戦者――ユーグ・フェリスタ。

 

広間には貴族、軍人、教会関係者の全てが集められた。

エレナは光の刺繍が施された白衣を身にまとい、神前に立つ。

対してユーグは、黒の神官服のまま、ただ聖典一冊だけを携えていた。

 

問答の開始を告げる鐘が鳴る。

王もその場に居並び、空気は張り詰めたまま。

そして、最初の問いが放たれる。

 

「聖女よ。貴女は本当に、“神の選んだ器”か?」

 

広間の空気が凍る。

それは、言ってはならない“核心”だった。

だがエレナは、微笑を崩さずに答えた。

 

「私が“神に選ばれた”かは、私には分かりません。
けれど、今この国が“私の言葉”で動いていることこそが、神の沈黙に代わる答えだと思っています」

 

会場がざわめいた。

それは“神を代弁する者”の言葉ではない。
“沈黙の中で自ら立つ者”――新しい信仰の宣言だった。

 

ユーグは、静かに聖典を閉じた。

「ならば、私はこう問おう。“神を否定した者”に、民はどこまで従うのか?」

 

問答は、火花のように続いた。

“信仰”とは何か。“正義”とは誰の手にあるのか。

そして――“沈黙する神”の価値とは。

 

そのすべての末に、ただひとつの結論だけが残った。

 

「信仰とは、“信じる覚悟”のことだ」

 

それを語ったのは、他ならぬエレナだった。

そしてその瞬間、王は立ち上がり――

「ならば、私は聖女エレナ・ライネルトを信じよう。
この国のすべてを背負う“覚悟”を持つ者として」

 

喝采と沈黙が、同時に会場を支配した。

そしてユーグは――敗北した。

だがその眼差しには、ただ一言、確かな思いが宿っていた。

 

(お前の信仰は……どこまで行くつもりだ)

 
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