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傘を返しにきた幽霊
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駅前の古い喫茶店でアルバイトをしていたときのこと。
その日は、台風が過ぎた翌日で、街じゅうが濡れていた。
昼過ぎ、扉のベルが鳴って、ひとりの若い男の人が入ってきた。
白シャツに黒いズボン。濡れた靴。どこか懐かしい雰囲気のある人だった。
「この傘、お借りしてました。ありがとうございました」
そう言って、彼は透明のビニール傘をカウンターに置いた。
タグがついていて、店名が手書きで書かれていた。
──でもその傘、うちの店には見覚えがなかった。
そもそも、傘の貸し出しなんてしていない。
「いつ頃、お貸ししましたか?」と尋ねると、男の人は一瞬だけ黙って、
それからふっと笑って言った。
「……4年前の雨の日です。
駅まで走ったとき、ここで声をかけてもらって」
バイト仲間と顔を見合わせた。
4年前にこの店にいた人は、もう誰もいない。
「どなたが貸したんでしょうね」
と返すと、彼はちょっと寂しそうに笑って、こう言った。
「女の人でした。……小さくて、髪の長い。
『濡れて帰ると、きっと熱を出すわよ』って」
──それを聞いた瞬間、マスターの顔色が変わった。
カウンターの奥から、棚の下にしまわれていた一冊のアルバムを取り出した。
ページをめくりながら、ある一枚を指差す。
写真の中の女性は、小柄で、髪が長くて、優しい目をしていた。
店で働いていたスタッフの一人。
でも──彼女は、3年前の大雨の日に、事故で亡くなっていた。
駅まで傘を届けようとして、自転車で転倒して…。
男の人は、写真を見てふっと目を細めて、
「そうです、この人です」と、静かに頭を下げた。
「傘、ようやくお返しできました」
そしてそのまま、何も注文せずに出ていった。
外を見ると、さっきまで降っていた小雨がやんでいた。
あれから、その傘は店に飾られている。
タグには、確かに彼女の字で「貸出用 ご自由にどうぞ」と書かれていた。
不思議なことに、毎年その時期になると、
誰かがその傘を持って行って、数日後にそっと戻されている。
この店には、「濡れている人に傘を貸す幽霊」が、今もいるらしい。
それがちょっとだけ誇らしい。
その日は、台風が過ぎた翌日で、街じゅうが濡れていた。
昼過ぎ、扉のベルが鳴って、ひとりの若い男の人が入ってきた。
白シャツに黒いズボン。濡れた靴。どこか懐かしい雰囲気のある人だった。
「この傘、お借りしてました。ありがとうございました」
そう言って、彼は透明のビニール傘をカウンターに置いた。
タグがついていて、店名が手書きで書かれていた。
──でもその傘、うちの店には見覚えがなかった。
そもそも、傘の貸し出しなんてしていない。
「いつ頃、お貸ししましたか?」と尋ねると、男の人は一瞬だけ黙って、
それからふっと笑って言った。
「……4年前の雨の日です。
駅まで走ったとき、ここで声をかけてもらって」
バイト仲間と顔を見合わせた。
4年前にこの店にいた人は、もう誰もいない。
「どなたが貸したんでしょうね」
と返すと、彼はちょっと寂しそうに笑って、こう言った。
「女の人でした。……小さくて、髪の長い。
『濡れて帰ると、きっと熱を出すわよ』って」
──それを聞いた瞬間、マスターの顔色が変わった。
カウンターの奥から、棚の下にしまわれていた一冊のアルバムを取り出した。
ページをめくりながら、ある一枚を指差す。
写真の中の女性は、小柄で、髪が長くて、優しい目をしていた。
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でも──彼女は、3年前の大雨の日に、事故で亡くなっていた。
駅まで傘を届けようとして、自転車で転倒して…。
男の人は、写真を見てふっと目を細めて、
「そうです、この人です」と、静かに頭を下げた。
「傘、ようやくお返しできました」
そしてそのまま、何も注文せずに出ていった。
外を見ると、さっきまで降っていた小雨がやんでいた。
あれから、その傘は店に飾られている。
タグには、確かに彼女の字で「貸出用 ご自由にどうぞ」と書かれていた。
不思議なことに、毎年その時期になると、
誰かがその傘を持って行って、数日後にそっと戻されている。
この店には、「濡れている人に傘を貸す幽霊」が、今もいるらしい。
それがちょっとだけ誇らしい。
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