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ただいまを待っていた猫
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高校生のとき、俺は拾い猫を飼っていた。
灰色の毛並みに黄色い目、しっぽの先がちょっと曲がっていて、よく人の顔をじっと見ていた。
名前は「クロ」。
だけど毛は白かったから、なんでそう呼んだのかは覚えていない。
勉強机の上に乗って邪魔をしたり、夜中にこっそり布団に入ってきたり。
どこにでもいる、どこにでもいない猫だった。
大学進学で上京するタイミングで、クロは急に弱りはじめた。
俺が引っ越す三日前、クロは庭の片隅で丸くなったまま、静かに息を引き取った。
泣いた。
クロを抱いて、ずっと泣いていた。
「先に行くよ」なんて冗談を言ったら、母に怒られたっけ。
それから、猫のことは、できるだけ考えないようにしていた。
上京して一人暮らしを始めてから、半年が過ぎたころ。
深夜、突然、地震が来た。
本棚が倒れかけて、机のランプが床に落ちて、ガラスが砕けた。
慌てて机の下に潜った瞬間──耳元で、小さく「ニャッ」と鳴き声がした。
え? と思って辺りを見回したが、当然、猫なんかいない。
でもそのとき、足に“ぬくもり”があった。
柔らかくて、懐かしい重さ。
──クロと一緒に寝てた、あの感じ。
怖さよりも、安心感の方が強かった。
それから、ときどき家の中で“毛玉”を見つけるようになった。
ベッドの端、タンスの下、脱ぎ捨てた服の隙間。
どれも灰色で、ちょっとだけ白が混じっている。
換気口から入ったほこりだろうと思ってた。
でも、ある晩、帰宅してドアを開けた瞬間、
部屋の奥を横切る小さな影を見た。
ちょっと曲がったしっぽが、ふっと見えた気がした。
ある年の冬、インフルエンザで高熱を出して寝込んでいたときのこと。
意識がぼんやりしていて、水も飲めず、布団の上で震えていた。
スマホも落として、誰かに連絡することもできなかった。
夢か現か──目の前に、あの猫がいた。
小さな身体で俺の胸に乗って、じっと見ていた。
「……クロ?」
名前を呼んだ瞬間、涙が出てきた。
猫は小さく鳴いて、俺の手をぺろりと舐めた。
そのあと、何かに導かれるようにスマホに手が届いて、
ようやく救急に電話できた。
病院で目を覚ましたとき、枕元に母がいた。
「……クロ、来てたよ」と言ったら、
母は少し泣き笑いしながら、バッグから小さな缶を出した。
猫の骨壷だった。
中に、小さな鈴が入っていて──微かに鳴った。
「ちゃんと見守ってくれてるんだねぇ」
「おかえり、って言ってるんじゃない?」
そうか。あの子は、俺の“ただいま”を待ってくれていたのかもしれない。
今でも、調子が悪いときや、気持ちが沈んだ夜には、
どこかから、ふわりとあの体温がよみがえる気がする。
そして小さな声で、ひとことだけ鳴くんだ。
「ニャッ」って。
それだけで、またひと晩、眠れる。
灰色の毛並みに黄色い目、しっぽの先がちょっと曲がっていて、よく人の顔をじっと見ていた。
名前は「クロ」。
だけど毛は白かったから、なんでそう呼んだのかは覚えていない。
勉強机の上に乗って邪魔をしたり、夜中にこっそり布団に入ってきたり。
どこにでもいる、どこにでもいない猫だった。
大学進学で上京するタイミングで、クロは急に弱りはじめた。
俺が引っ越す三日前、クロは庭の片隅で丸くなったまま、静かに息を引き取った。
泣いた。
クロを抱いて、ずっと泣いていた。
「先に行くよ」なんて冗談を言ったら、母に怒られたっけ。
それから、猫のことは、できるだけ考えないようにしていた。
上京して一人暮らしを始めてから、半年が過ぎたころ。
深夜、突然、地震が来た。
本棚が倒れかけて、机のランプが床に落ちて、ガラスが砕けた。
慌てて机の下に潜った瞬間──耳元で、小さく「ニャッ」と鳴き声がした。
え? と思って辺りを見回したが、当然、猫なんかいない。
でもそのとき、足に“ぬくもり”があった。
柔らかくて、懐かしい重さ。
──クロと一緒に寝てた、あの感じ。
怖さよりも、安心感の方が強かった。
それから、ときどき家の中で“毛玉”を見つけるようになった。
ベッドの端、タンスの下、脱ぎ捨てた服の隙間。
どれも灰色で、ちょっとだけ白が混じっている。
換気口から入ったほこりだろうと思ってた。
でも、ある晩、帰宅してドアを開けた瞬間、
部屋の奥を横切る小さな影を見た。
ちょっと曲がったしっぽが、ふっと見えた気がした。
ある年の冬、インフルエンザで高熱を出して寝込んでいたときのこと。
意識がぼんやりしていて、水も飲めず、布団の上で震えていた。
スマホも落として、誰かに連絡することもできなかった。
夢か現か──目の前に、あの猫がいた。
小さな身体で俺の胸に乗って、じっと見ていた。
「……クロ?」
名前を呼んだ瞬間、涙が出てきた。
猫は小さく鳴いて、俺の手をぺろりと舐めた。
そのあと、何かに導かれるようにスマホに手が届いて、
ようやく救急に電話できた。
病院で目を覚ましたとき、枕元に母がいた。
「……クロ、来てたよ」と言ったら、
母は少し泣き笑いしながら、バッグから小さな缶を出した。
猫の骨壷だった。
中に、小さな鈴が入っていて──微かに鳴った。
「ちゃんと見守ってくれてるんだねぇ」
「おかえり、って言ってるんじゃない?」
そうか。あの子は、俺の“ただいま”を待ってくれていたのかもしれない。
今でも、調子が悪いときや、気持ちが沈んだ夜には、
どこかから、ふわりとあの体温がよみがえる気がする。
そして小さな声で、ひとことだけ鳴くんだ。
「ニャッ」って。
それだけで、またひと晩、眠れる。
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