怪談

コテット

文字の大きさ
30 / 95

ただいまを待っていた猫

しおりを挟む
高校生のとき、俺は拾い猫を飼っていた。
灰色の毛並みに黄色い目、しっぽの先がちょっと曲がっていて、よく人の顔をじっと見ていた。

名前は「クロ」。
だけど毛は白かったから、なんでそう呼んだのかは覚えていない。

勉強机の上に乗って邪魔をしたり、夜中にこっそり布団に入ってきたり。
どこにでもいる、どこにでもいない猫だった。

大学進学で上京するタイミングで、クロは急に弱りはじめた。

俺が引っ越す三日前、クロは庭の片隅で丸くなったまま、静かに息を引き取った。

泣いた。
クロを抱いて、ずっと泣いていた。
「先に行くよ」なんて冗談を言ったら、母に怒られたっけ。

それから、猫のことは、できるだけ考えないようにしていた。

上京して一人暮らしを始めてから、半年が過ぎたころ。
深夜、突然、地震が来た。

本棚が倒れかけて、机のランプが床に落ちて、ガラスが砕けた。

慌てて机の下に潜った瞬間──耳元で、小さく「ニャッ」と鳴き声がした。

え? と思って辺りを見回したが、当然、猫なんかいない。
でもそのとき、足に“ぬくもり”があった。
柔らかくて、懐かしい重さ。

──クロと一緒に寝てた、あの感じ。

怖さよりも、安心感の方が強かった。

それから、ときどき家の中で“毛玉”を見つけるようになった。
ベッドの端、タンスの下、脱ぎ捨てた服の隙間。

どれも灰色で、ちょっとだけ白が混じっている。

換気口から入ったほこりだろうと思ってた。
でも、ある晩、帰宅してドアを開けた瞬間、
部屋の奥を横切る小さな影を見た。

ちょっと曲がったしっぽが、ふっと見えた気がした。

ある年の冬、インフルエンザで高熱を出して寝込んでいたときのこと。

意識がぼんやりしていて、水も飲めず、布団の上で震えていた。
スマホも落として、誰かに連絡することもできなかった。

夢か現か──目の前に、あの猫がいた。

小さな身体で俺の胸に乗って、じっと見ていた。

「……クロ?」

名前を呼んだ瞬間、涙が出てきた。

猫は小さく鳴いて、俺の手をぺろりと舐めた。
そのあと、何かに導かれるようにスマホに手が届いて、
ようやく救急に電話できた。

病院で目を覚ましたとき、枕元に母がいた。

「……クロ、来てたよ」と言ったら、
母は少し泣き笑いしながら、バッグから小さな缶を出した。

猫の骨壷だった。
中に、小さな鈴が入っていて──微かに鳴った。

「ちゃんと見守ってくれてるんだねぇ」
「おかえり、って言ってるんじゃない?」

そうか。あの子は、俺の“ただいま”を待ってくれていたのかもしれない。

今でも、調子が悪いときや、気持ちが沈んだ夜には、
どこかから、ふわりとあの体温がよみがえる気がする。

そして小さな声で、ひとことだけ鳴くんだ。

「ニャッ」って。

それだけで、またひと晩、眠れる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

お九さん

海藤日本
ホラー
この夢を見たらお九さんの呪いにかけられています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

今日の怖い話

海藤日本
ホラー
出来るだけ毎日怖い話やゾッとする話を投稿します。 一話完結です。暇潰しにどうぞ!

処理中です...