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ラストノートの香り
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彼女が亡くなったのは、ちょうど三年前の春だった。
事故だった。信号無視のトラックに、巻き込まれる形で。
彼女は音大の学生で、ピアノと香水が好きだった。
つけていたのは、「ラストノート」という名前のフレグランス。
柑橘とムスクが混ざった、やわらかくて、でもどこか切ない匂いだった。
それ以来、その香りは“思い出の中だけのもの”になった。
──でも、最初にその匂いを感じたのは、一年後の冬のことだった。
大学の帰り道、凍った坂道で、小学生が自転車ごと転倒しかけた。
とっさに身体が動いて、彼を抱きかかえるようにして止めた。
尻もちをついたとき、ふわりとあの香りがした。
ラストノート。彼女の香水。
周囲に香水をつけている人はいなかった。
風もなかったのに、香りだけが、確かにそこにいた。
それ以来、不思議なことが続くようになった。
深夜、線路に落ちかけた酔っ払いを咄嗟に引っ張ったとき
雨の日、川に流されかけた子供を見つけたとき
駅の階段で、足を踏み外した老婦人に手を伸ばしたとき
どの瞬間にも、かすかに彼女の香水が香った。
最初は偶然だと思った。
でも、何度も繰り返されるうちに、
「これは、彼女が知らせてくれている」と、自然に信じられるようになった。
彼女は優しい人だった。
すぐに人の心配をして、泣いて、笑って、あたたかかった。
──だから、今も誰かが困っているとき、
あの香りで“気づかせて”くれているのだと思う。
先週、大学時代の友人が倒れた。
心筋梗塞だった。
偶然通りかかった俺が、なぜか妙に足を止めて、
教室の奥まで戻ったときには、彼は机に突っ伏していた。
呼吸も荒く、意識も薄れていて──
そのとき、教室に漂っていたのは、あの香りだった。
病院で処置が早かったおかげで、命に別状はなかった。
彼に「どうして来てくれたんだ?」と訊かれて、
俺は笑って言った。
「なんか……あいつに呼ばれた気がしてさ」
香りは、もう瓶の中にはない。
もう誰も、あのブランドを作っていない。
でも時折、風のない場所で、ふっと香るときがある。
それがあるとき、いつも誰かが救われる。
彼女が残していった最後のノート──
きっと、それが今もこの世界で続いている。
事故だった。信号無視のトラックに、巻き込まれる形で。
彼女は音大の学生で、ピアノと香水が好きだった。
つけていたのは、「ラストノート」という名前のフレグランス。
柑橘とムスクが混ざった、やわらかくて、でもどこか切ない匂いだった。
それ以来、その香りは“思い出の中だけのもの”になった。
──でも、最初にその匂いを感じたのは、一年後の冬のことだった。
大学の帰り道、凍った坂道で、小学生が自転車ごと転倒しかけた。
とっさに身体が動いて、彼を抱きかかえるようにして止めた。
尻もちをついたとき、ふわりとあの香りがした。
ラストノート。彼女の香水。
周囲に香水をつけている人はいなかった。
風もなかったのに、香りだけが、確かにそこにいた。
それ以来、不思議なことが続くようになった。
深夜、線路に落ちかけた酔っ払いを咄嗟に引っ張ったとき
雨の日、川に流されかけた子供を見つけたとき
駅の階段で、足を踏み外した老婦人に手を伸ばしたとき
どの瞬間にも、かすかに彼女の香水が香った。
最初は偶然だと思った。
でも、何度も繰り返されるうちに、
「これは、彼女が知らせてくれている」と、自然に信じられるようになった。
彼女は優しい人だった。
すぐに人の心配をして、泣いて、笑って、あたたかかった。
──だから、今も誰かが困っているとき、
あの香りで“気づかせて”くれているのだと思う。
先週、大学時代の友人が倒れた。
心筋梗塞だった。
偶然通りかかった俺が、なぜか妙に足を止めて、
教室の奥まで戻ったときには、彼は机に突っ伏していた。
呼吸も荒く、意識も薄れていて──
そのとき、教室に漂っていたのは、あの香りだった。
病院で処置が早かったおかげで、命に別状はなかった。
彼に「どうして来てくれたんだ?」と訊かれて、
俺は笑って言った。
「なんか……あいつに呼ばれた気がしてさ」
香りは、もう瓶の中にはない。
もう誰も、あのブランドを作っていない。
でも時折、風のない場所で、ふっと香るときがある。
それがあるとき、いつも誰かが救われる。
彼女が残していった最後のノート──
きっと、それが今もこの世界で続いている。
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