怪談

コテット

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風呂をまたぐな

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俺の家には、昔から奇妙な決まりがある。

「夜中に風呂場の縁をまたいではいけない」

これだけ。

小さい頃から親や祖父母にしつこく言われ続けた。

別に風呂に入るな、という話ではない。

夜中、つまり0時を回ったら
“絶対に一度風呂場に入ったら、またがずに出てはいけない”
逆に言えば、その時間はもう入るなということ。

入ってしまったら、湯船をまたがずに、そこに沈むしかない。

小さい頃は意味が分からなかった。

ある時、親戚の法事で久しぶりに集まったときに、
酔った叔父にその話を聞いてみた。

「なんで夜中に風呂をまたぐなって言うん?」

叔父は酒臭い息で、気味悪そうに笑った。

「……お前の父さん、覚えとらんのか。
昔、お前の兄ちゃんも、それでおらんくなったんじゃ。」

俺には兄がいたらしい。

でも写真も一切なく、名前も聞いたことがなかった。

母に聞いても「そんな子はいない」と言われた。

それから気味が悪くなって、深く考えないようにしていた。

大学進学で家を離れ、一人暮らしを始めた。

アパートには当然そんな決まりはない。

ただ、夜中にうっかり風呂に入るときだけ、ふと足が止まる。

「またぐなよ」

どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。

つい先日、実家に帰ったときのこと。

夜中にトイレに起きて、何気なく風呂場を覗いた。

そこには、見たことのない男が風呂場の縁に座っていた。

俯いていて顔は見えない。

足は長く、湯船の外に投げ出されていた。

ふいに、そいつが首だけこちらに向けた。

顔は、ぼやけているのに、どこか自分に似ていた。

「……またいだな」

翌朝、母にその話をした。

すると母は真っ青な顔で震えながら、

「……お前、兄ちゃんに呼ばれたのか?」

と言った。

俺は兄なんていないと笑ったが、母は首を横に振った。

「……もう、お前の名前、言わんほうがいいね。
これからは“もう一人の子”って呼ぶから。」

それ以来、夜中になると、
風呂場の奥から自分の声が聞こえるようになった。

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