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五話 譲れぬ物

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 アレフの想定以上に帰路は早かった。いつもなら二階層から転移する前後は、他の召喚士から邪魔をされることが多いのだが、今日は勿論無かった。そして帰りもフューネルの速さに助けられたことも大きかった。結果、夕方になる前に街に戻って来ることが出来たのだった。

 しかし、早かったからこそ想定外のことが起きてしまう。他の召喚士と遭遇してしまうのだった。転移を終え階段を登り、扉を開けて外に出る、ちょうどその時だった。
 ランク戦が終わった頃の時間と重なってしまった。アレフはしまった、と思った。フューネルのことで喜んでしまい、帰りの時間が重なる可能性があることに関して失念してしまったのだ。
 自分の闘いが終われば基本的には帰宅して良いのだが、ランク戦の後半は高いランクの者同士の闘いがあるので、残って観戦する者もいる。そういう者達の帰る時間となってしまったようだった。

 ただ、幸いなことにアレフに話しかける者など召喚士の中には殆どいない。話しかける価値もない存在として、冷ややかな侮蔑の視線を浴びせるだけである。ここ、街中では使い魔を召喚することは禁止されているので、アレフに突っかかるようなこともしないのだった。
 しかし、例外もいる。そして、その例外がこの場にいたのは、すぐにこの場を離れたいアレフにとって不幸なことだった。

「あー、アレフ! ちょうど帰ってきたとこなの?」

 アレフから少し離れたところから声が聞こえた。声の主はルディアであった。アレフに気づき、軽い駆け足でこちらに向かって来ているところだった。

「あ、ああ……って声がでかいよ」

 周囲の視線が痛いアレフに対して、ルディアはどこ吹く風、と言った様子でまるで気にしない。

「んふふー、見てみて! ほらほら」

 そう言ったルディアはまるで膨らんでいない胸元に光る、鮮やかな緑色の石をぶら下げたネックレスをアレフに見せ付けた。

「へぇ……Cに上がったのか! おめでとう、さすがルディアだな!」

 召喚士はD以上になると、その証として協会からネックレスを渡され、装着を許されるのである。Dには石が付いてないが、Cは緑色、Bは青色、Aは赤色の石がネックレスの先にぶら下がっている。
 ルディアのネックレスには今まで石が付いていなかった。が、今のネックレスには付いているつまり。ルディアは今日、DからCに昇格果たしたと言う訳だった。

「えへへー。凄いでしょ! 褒めて褒めて!」

 幼さが残るルディアは、無い胸をどんと張ってアレフに称賛の言葉をねだった。

「ああ、凄いよ!」

 そう言ってルディアの頭を撫でようと手を伸ばしたアレフに向かって、ルディアの背後から声が投げかけられた。

「おい、無能! ルディアに触んじゃねえよ!」

「……カイトか……」

 アレフは撫でようとした手をピタリと止めた。声の先には赤髪の少年が、顔を真っ赤にして怒鳴っていた。

 その少年はアレフが名を呟いたカイト。あまり召喚士としての能力は高くは無いが、親の金で使い魔を集めまくっている人物だった。
 どうやらルディアに気があるようで、事ある毎にルディアに付きまとっている。だからルディアに懐かれているアレフの事が相当気に入らないらしく、すぐにアレフに喧嘩を吹っ掛けてくるのである。

「てめぇ、ルディアから離れろよ! 無能の分際でルディアの話しかけんじゃねえよ!」

 アレフをビシッと指でさしながら、ツカツカとカイトはアレフに向かった。
 アレフに先に話しかけたのはルディアの方である。完全な言いがかりの為、アレフはやれやれと肩を竦めた。

「ルディア! 変なことされなかったか?」

 アレフとルディアの間に入り、カイトはルディアの方を向いてそう言った。当然邪魔をされたルディアは、フンっとカイトを無視している。
 すると、カイトはアレフの方に向き直った。

「てめぇが話しかけるからルディアの機嫌が悪くなったじゃねえか? 早く死ねよ! てめぇの親父みてぇによ……」

 アレフは父、カールを尊敬していた。その為、周囲からの侮蔑の視線も気にならないほど、今のカイトの言葉はアレフの逆鱗に触れてしまった。

「なんだと……もう一度言ってみろよ……」

 アレフは下を向いて、何とか抑えながらも怒りで肩をプルプルと震わせていた。調子に乗ったカイトは、より強く嘲り笑う。

「ハンッ! 無能の親父は無能だって言ったんだよぉ。無能は耳まで無能なんだなぁ」

 カイトの挑発に怒りが爆発したアレフはカイトの胸ぐらを掴んだ。

「ふざけるなよ……」

 アレフの怒りの視線とカイトの侮蔑の視線が至近距離で交じり合う。周囲に緊張が走るが、そこに割って入ったのはルディアであった。

「ちょっと! 止めなさい、カイト! アレフも冷静になりなさいよ!」

 止めに入ったルディアを間に二人怒鳴り合う。

「なんでこんなやつのこと庇うんだよ」

 とはカイトの弁であり、

「俺の事はどうでもいいけど、親父のこと馬鹿にするのは許せないんだよ!」

 とはアレフの怒りの言葉であった。

「いいから二人とも黙ってよ!」

 ルディアの怒りの言葉に、二人を含めて周囲が急に水を打ったように静かになった。

「ねぇ、二人とも。じゃあさ、模擬戦で白黒付けましょうよ? 召喚士なら、喧嘩じゃなくて勝負でさ?」

 模擬戦とは通常の試合とは違い、観客はおらず、ルールもお互いで決めることが出来る。

「はぁ? 俺がこいつと? 負けるわけもねぇしやる意味ねぇだろ。今、こいつが死ねばいいんだよ」

 模擬戦に興味を示さないカイトに対して、ルディアは興味を持たせる為に、カイトの耳元で囁いた。

「カイトが勝ったら付き合ってあげるわ……」

 カイトの耳元から離れて、少し伏し目がちになるルディア。そんなルディアをニヤリと見つめるカイト。

「ルディア……約束だからな」

 ルディアは顔を上げキッとカイトを睨み付けた。

「でも負けたらちゃんとアレフに謝りなさいよ?」

 カイトはくるりと二人に背を向け、闘技場の入口へと向かおうとした。

「ハンッ! 俺が負けるわけないだろ! さっさとやるぞ!」

 そして、歩き出して数歩進んだカイトにルディアが大きな声で呼びかけた。

「待って! 模擬戦は明日にするわよ。少し遅くなったし、明日の午後一時でどう?」

 カイトは再度向き直り、二人を交互に見ながら言葉をかけた。

「チッ! まぁ今日も明日も変わんねぇだろ……まぁいい。ルディア! 明日から楽しみにしてろよ! 無能よぉ、逃げんなよ?」

 アレフを指さして言葉を投げ捨てたカイトはそのまま帰って行った。それを機に、周囲の召喚士達も散って行った。
 周りに誰もいなくなったことを確認すると、アレフがルディアに話しかける。

「お前……そんな約束していいのか?」

 その言葉にルディアはいたずらっぽく笑みを浮かべた。

「別に一回だけ付き合う・・・・くらいなら我慢するわよ? ご飯くらいならね」

 アレフはつい肩を竦めてしまった。

「お前……鬼だな……」

 しかし、続いてルディアは溜息を吐いた。

「はぁ……とは言っても出来れば避けたいけどね……という訳で、アレフ、これから模擬戦するわよ!」

 唐突な提案に驚きの声をあげるアレフ。

「へ……明日じゃないのか?」

 そんなアレフにルディアはビシッと人差し指を突き付ける。

「明日はカイトとよ! 今日はあたしと! 覚悟しなさい!」

 そう言ってから今度はルディアは少し神妙な顔つきになった。

「ねぇ、アレフ。一つお願いがあるのよ。あたしもあまり記憶にないけどおじさんを馬鹿にされて悔しい。でも、それ以上にアレフを馬鹿にされて悔しいのよ。それもこれもアレフに合わないそいつが悪いと思ってる。
 可愛がってるのもわかるし、そいつ自体は悪くないのかもしれない。でも、アレフが上に行くならそいつじゃダメなのよ。だから、あたしに負けたら使い魔変えてよ? ね、お願いよ……あたしだってリスクを取ったんだから、アレフも考えてよ……」

 視線をチラチラとアレフの指輪に移しながらもアレフの目を見て真剣に話すルディアだった。
 ルディアの行動は、フューネルを手放させる為、アレフを焚きつける為に起こした行動だったのだとアレフすぐに悟った。フューネルじゃ勝てないから違う使い魔にして欲しい。追い込めば話を聞いてくれるだろうと。
 ルディアの思いはアレフに伝わった。そう、確かにルディアに勝ち目は無かった。当然カイトにも。
 以前のフューネルならば……しかし、今のフューネルをルディアは知らない。

「わかったよ、負けたらな・・・・・

 力強く頷くアレフを見て、ルディアはほっとしたのか息を吐いた。

「良かった、これでアレフも……それじゃあ行きましょ」

 そう言って訓練場に向かうルディアの後をアレフは追ったのだった。
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