MEGAQUAKE ~日常が終わった日~

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1.それぞれのプロローグ

磯山正敏・その1

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 磯山正敏は20代最後の年の始めを慌しく過ごしていた。
 食品加工工場向けの産業機械の部品を販売する専門商社の敏腕営業マンとして、宮城県内各地を飛び回る毎日である。
 彼はもともと関東の田舎の出身で、22歳で入社してすぐ、仙台市にある支社に配属された。現在は会社が借り上げた民間のアパートで1人暮らしをしている。大学時代の4年間は都内にある大学に通うために一人暮らしをしていた事もあり、料理や家事はお手の物だ。
 鉄筋3階建ての1階にある彼の部屋は、駐車場付きで家賃が安いのは良いが、手狭で日当たりも悪く、最近付き合い始めた取引先の女性社員を呼ぶにも支障をきたすため、一大決心をして、職場からあまり遠くない範囲で、手頃な物件を探す事にした。

 ただ、彼は同世代の他の人間とは少し変わっていた。地震の多い地域の出だったのと、幼少期から幾度も地震や洪水などのショッキングな災害報道に接してきた結果、防災に関しては人一倍敏感になっていた彼は、地震とそれに伴う液状化現象、大雨、台風などの自然災害や、大規模火災など、ありとあらゆる状況を脳内でシミュレートいていった。

 例えば、JR仙石線に新駅ができ、周辺には次々に店やマンション、住宅が建ち並んだ。住環境としては好ましいように思えたが、実際には休耕田を埋め立ててから日が浅く、周囲より低い場所にあるため、ある時、ゲリラ豪雨に見舞われたおり、マンホールから大量の水が噴き出している光景を目の当たりにして、下見までしていた物件を丁重に断った事があった。ちなみに、仙台市宮城野区内には他にも何か所か、水はけが悪く大雨のたびに浸水する場所が存在する。

 東北地方は過去に幾度も巨大津波に襲われ、そのたびに甚大な被害を被ってきた。その歴史は彼も承知しており、津波被害には特に気を遣った。
 磯山がまだ幼い頃、北海道南西沖地震で夜間発生した津波が奥尻島を襲い、逃げ遅れた大勢の住民が犠牲になったのも比較的記憶に新しかったが、彼の脳裏には更に鮮烈なイメージがあった。それが、2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震である。
 インド洋で発生した、マグニチュード9.1の巨大地震と、それに伴う巨大津波は、22万人以上もの死者・行方不明者と500万人以上の被災者という、かつてない規模の被害を、遠くアフリカ大陸に至るまでもたらしていた。
 ひときわ被害が目立ったのが、インドネシアのスマトラ島北部に位置し、震源に最も近い都市の1つだったバンダアチェだ。コンクリートの建物が僅かに残るだけで、街並みは箒か熊手でごっそり掃き清められたかのように消失し、強烈な引き波に呑み込まれて瓦礫すら残っていない、さながら空襲にでも遭ったかのような映像に、磯山は大きな衝撃を受けた。

 仮にこの時と同じ、10mの津波が仙台平野を襲ったとしたら――と彼は考える。海岸部に防波堤はあるが、そこまでの高さはなく、港湾部に至ってはそれすら無い。途中にいくらか建物はあるが、砂浜の防波堤をいとも簡単に乗り越えた津波は、それらを意に介することは無いだろう。海岸沿いに走る県道(陸前浜街道)を飲み込み、恐るべきスピードで内陸に侵入する。ひとたび市街地を離れれば、住宅や倉庫が点在する他はほとんど田畑で、遮る物はほぼない。
 膨大な質量と運動エネルギーで突き進む海水は、しかし、大きな壁に突き当たる事になる。県南の亘理郡山元町と県北の登米市を結び、将来的には常磐道と繋がって東京と青森を結ぶであろう自動車専用道路、仙台東部道路だ。仙台空港から六丁目までは、数mの盛り土の上を走っており、これが最終的な防壁になるだろうと磯山は予測した。ただ、間に幾つかトンネルがあり、六丁目から北が高架になっている事を考えれば、そこで足が止まる、という保証はないとも言えた。
 そこで、東部道路より更に内陸を南北に走る国道4号線、通称「仙台バイパス」と、仙台駅から東に向かう国道45号線を結び、その西側及び北側を安全区域と判断した。
 だが、この想定すら甘かった事を、彼は後に思い知らされる事となる。

 結局、地盤や建物の安定性、通勤・買い物の利便性、そして何より費用面を全て考慮した結果、同棲か結婚に至るまでは現状維持で貯蓄につとめるのが一番、という結論に達し、磯山のリサーチは無駄になる…筈であった。
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