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1.それぞれのプロローグ
佐藤省吾
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佐藤省吾は32歳。2歳年上の妻、恭子との結婚を機に一念発起し、再開発が進む仙台駅の東側、榴ヶ岡に購入したタワーマンションに住んでいた。中古ではあったが築年数は浅く、何より高層階だけあって眺望はこの上ない。プロ野球開催日には大勢の観衆で賑わうメインストリートからは少し離れた閑静なエリアにあり、スーパーや学校、区役所なども比較的近い好条件だ。
二人は勤務先の保険会社の同僚であり、支店のエースとして、また将来の幹部候補として周囲の期待も大きい省吾は、妊娠中のため今年に入ってから産休を取っている恭子と、生まれて来る子供の分も稼ごうと躍起になっている所であった。
3月9日。車で仙台市内の大手顧客や代理店を回っていた省吾が、昼食を兼ねて商談をしようと、泉区内の食堂に入った、まさにその時であった。足元から突き上げるような、やや強い衝撃を感じた。程なく、地面が大きく揺れ始め、地震だという事に気がついた。恐らく震度4程度であろうか。
周囲を見渡せば、席を立つ人はいてもパニックには陥っていない。それもその筈、宮城県はここ数年で何度も、大きな揺れに見舞われていたからだ。
最近では、宮城・岩手内陸地震まだ記憶に新しい。あの時は、県北部の被害が甚大であったが、仙台市内でも48時間の内に3回、大きな揺れを感じていた。休日で仙台駅前を歩いていた省吾の目の前で、商業施設の外壁が剥がれ落ち、あわや買い物客を直撃しかける様子が、脳裏にこびりついて離れない。
もともと地震災害の多い県だけに、いざという時の備えはしておこうと、転倒防止器具で家具を固定したり、重い物をなるべく下の段に収納するなど、被害を最小限にする工夫はしていたし、水や食料も、マンションの各階にある程度の備蓄はあったが、2人でほぼ1週間分の物資を納戸にしまってある。
家に電話すると、特に被害はないとの事で、省吾は胸を撫で下ろしたが、やはり思うところがあり、帰宅途中にホームセンターでミネラルウォーターや段ボール箱一杯の非常食・保存食を買い込み、家に持ち帰った。これが、後に意外な形で2人を助ける事となる。
翌3月10日朝、2人が朝食を摂ろうとテーブルについた時に再び、やや大きい揺れに襲われた。免震構造とは言え、上層階ともなればそれなりには揺れる。昨日の今日でもあり、2人は無言で顔を見合わせた。うまく言葉には出来ないが、何か非常に嫌な予感がして、省吾は冷蔵庫に数日分のストックがある事を確認すると、恭子に不要不急の外出を控え、念の為に携帯の充電をするように言って家を出た。幸い、その日はそれ以上何かが起こる事も無く、いつもと変わらない平穏な日が過ぎて行った。
3月上旬の仙台はまだ肌寒い、と言うより、ここ数年は本当に寒い。それまで車が駐車場から出られなくなるほどの雪は珍しかったのに、最近は年に数回ある。そんな季節には、温かい鍋をつつきたくなるのが日本人の性というもので、省吾は仕事を終えると恭子に電話し、近所のスーパーで足りない食材を調達してから帰宅した。
2人の家はオール電化なのでIHヒーターが標準装備だが、昨年末の忘年会の景品で、恭子が更にIHヒーターを当ててしまった。カセットコンロもあるが本来は防災用に買ったもので、今使っては勿体ないし、折角頂いた物だから…と、有り難くテーブルの真ん中に置いて使う事にする。
出来た物を運んで来るよりは、やはり目の前で作った方が美味しく感じられるためか、気がつけば結構な量を食べてしまい、強烈な眠気に襲われた2人は、さっさと後片付けを済ますと、幾分かの罪悪感を感じつつも、早々に眠りについたのだった。
3月11日。今日が無事に過ぎてしまえば明日からは連休だ。宮城県内を飛び回る営業車はともかく、自家用車はそろそろタイヤを履き替えてもいい頃だろう。本格的にシーズンに入って、ガソリンスタンドやカー用品店に長蛇の列が出来る前に終わらせておきたい。
そんな事を考えながら、省吾はエレベーターで1階に降り、マンションを出た。彼の職場は仙台市の中心部、一番町に位置しており、JR仙石線で榴ヶ岡から青葉通まで行けば目と鼻の先である…が、昨日の今日である。いつもより早目に出発し、ダイエットも兼ねて徒歩で向かう事にした。日が出てから結構経ったが、この時間はまだ空気が暖まっておらず、吐く息が真っ白い。
今日は外回りの予定はなく、終日社内で書類と格闘しなければならない。楽だと感じる人間もいるだろうが、彼自身は率直に言って、書類仕事よりは外回りの方が性に合っていると思っていた。
とは言っても、決して要領が悪い訳ではなく、愛妻弁当を平らげて午後の仕事に取り掛かる頃には、大体のゴールが見えて来ていた。あと少しで愛する妻のところへ帰れる。そう思うと尚更、ペースが上がって来るのだった。
時計の針を見ると、早くも1時間半が経過している。一旦休憩してコーヒーでも飲もうと、省吾は席を立ち、自動販売機のある休憩スペースに向かった。自動販売機と言っても、駅や高速のサービスエリアにあるような、豆を挽いてからカップに淹れるタイプだ。自分が訪問する先はあっても缶飲料の販売機がほとんどだから、職場にこれがあるのは結構恵まれているのかも知れない、と思った。
同じ頃、恭子は窓を開けて、朝干した洗濯物の乾き具合をチェックしていた。曇天の上に気温が上がらず、まだ乾きそうにない。更には、一旦は明るくなった空が、再び薄暗くなって来ている。雨か、もしかしたら雪でも降るのかもしれない。昨日のうちに買い物を済ませてもらえて良かった。
食器の片付けと、夕食の下準備はあらかた終わった。洗濯も終わったし、残り湯を抜いて湯船を掃除しておかないと。そう思って、恭子はリビングを出て、ゆっくりとした足取りでバスルームへ向かった。
二人は勤務先の保険会社の同僚であり、支店のエースとして、また将来の幹部候補として周囲の期待も大きい省吾は、妊娠中のため今年に入ってから産休を取っている恭子と、生まれて来る子供の分も稼ごうと躍起になっている所であった。
3月9日。車で仙台市内の大手顧客や代理店を回っていた省吾が、昼食を兼ねて商談をしようと、泉区内の食堂に入った、まさにその時であった。足元から突き上げるような、やや強い衝撃を感じた。程なく、地面が大きく揺れ始め、地震だという事に気がついた。恐らく震度4程度であろうか。
周囲を見渡せば、席を立つ人はいてもパニックには陥っていない。それもその筈、宮城県はここ数年で何度も、大きな揺れに見舞われていたからだ。
最近では、宮城・岩手内陸地震まだ記憶に新しい。あの時は、県北部の被害が甚大であったが、仙台市内でも48時間の内に3回、大きな揺れを感じていた。休日で仙台駅前を歩いていた省吾の目の前で、商業施設の外壁が剥がれ落ち、あわや買い物客を直撃しかける様子が、脳裏にこびりついて離れない。
もともと地震災害の多い県だけに、いざという時の備えはしておこうと、転倒防止器具で家具を固定したり、重い物をなるべく下の段に収納するなど、被害を最小限にする工夫はしていたし、水や食料も、マンションの各階にある程度の備蓄はあったが、2人でほぼ1週間分の物資を納戸にしまってある。
家に電話すると、特に被害はないとの事で、省吾は胸を撫で下ろしたが、やはり思うところがあり、帰宅途中にホームセンターでミネラルウォーターや段ボール箱一杯の非常食・保存食を買い込み、家に持ち帰った。これが、後に意外な形で2人を助ける事となる。
翌3月10日朝、2人が朝食を摂ろうとテーブルについた時に再び、やや大きい揺れに襲われた。免震構造とは言え、上層階ともなればそれなりには揺れる。昨日の今日でもあり、2人は無言で顔を見合わせた。うまく言葉には出来ないが、何か非常に嫌な予感がして、省吾は冷蔵庫に数日分のストックがある事を確認すると、恭子に不要不急の外出を控え、念の為に携帯の充電をするように言って家を出た。幸い、その日はそれ以上何かが起こる事も無く、いつもと変わらない平穏な日が過ぎて行った。
3月上旬の仙台はまだ肌寒い、と言うより、ここ数年は本当に寒い。それまで車が駐車場から出られなくなるほどの雪は珍しかったのに、最近は年に数回ある。そんな季節には、温かい鍋をつつきたくなるのが日本人の性というもので、省吾は仕事を終えると恭子に電話し、近所のスーパーで足りない食材を調達してから帰宅した。
2人の家はオール電化なのでIHヒーターが標準装備だが、昨年末の忘年会の景品で、恭子が更にIHヒーターを当ててしまった。カセットコンロもあるが本来は防災用に買ったもので、今使っては勿体ないし、折角頂いた物だから…と、有り難くテーブルの真ん中に置いて使う事にする。
出来た物を運んで来るよりは、やはり目の前で作った方が美味しく感じられるためか、気がつけば結構な量を食べてしまい、強烈な眠気に襲われた2人は、さっさと後片付けを済ますと、幾分かの罪悪感を感じつつも、早々に眠りについたのだった。
3月11日。今日が無事に過ぎてしまえば明日からは連休だ。宮城県内を飛び回る営業車はともかく、自家用車はそろそろタイヤを履き替えてもいい頃だろう。本格的にシーズンに入って、ガソリンスタンドやカー用品店に長蛇の列が出来る前に終わらせておきたい。
そんな事を考えながら、省吾はエレベーターで1階に降り、マンションを出た。彼の職場は仙台市の中心部、一番町に位置しており、JR仙石線で榴ヶ岡から青葉通まで行けば目と鼻の先である…が、昨日の今日である。いつもより早目に出発し、ダイエットも兼ねて徒歩で向かう事にした。日が出てから結構経ったが、この時間はまだ空気が暖まっておらず、吐く息が真っ白い。
今日は外回りの予定はなく、終日社内で書類と格闘しなければならない。楽だと感じる人間もいるだろうが、彼自身は率直に言って、書類仕事よりは外回りの方が性に合っていると思っていた。
とは言っても、決して要領が悪い訳ではなく、愛妻弁当を平らげて午後の仕事に取り掛かる頃には、大体のゴールが見えて来ていた。あと少しで愛する妻のところへ帰れる。そう思うと尚更、ペースが上がって来るのだった。
時計の針を見ると、早くも1時間半が経過している。一旦休憩してコーヒーでも飲もうと、省吾は席を立ち、自動販売機のある休憩スペースに向かった。自動販売機と言っても、駅や高速のサービスエリアにあるような、豆を挽いてからカップに淹れるタイプだ。自分が訪問する先はあっても缶飲料の販売機がほとんどだから、職場にこれがあるのは結構恵まれているのかも知れない、と思った。
同じ頃、恭子は窓を開けて、朝干した洗濯物の乾き具合をチェックしていた。曇天の上に気温が上がらず、まだ乾きそうにない。更には、一旦は明るくなった空が、再び薄暗くなって来ている。雨か、もしかしたら雪でも降るのかもしれない。昨日のうちに買い物を済ませてもらえて良かった。
食器の片付けと、夕食の下準備はあらかた終わった。洗濯も終わったし、残り湯を抜いて湯船を掃除しておかないと。そう思って、恭子はリビングを出て、ゆっくりとした足取りでバスルームへ向かった。
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