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土曜日、正午をすぎたころ、ふたりは家を出た。
コンビニならこちらのほうが近いと言われ、商店街に面していない勝手口から外に出る。狭い庭には大きなバイクが止められていた。商店街の裏道に出て、古びた住宅地を突っ切ってオフィス街へ進む。
「台風が近づいてるにしちゃ上天気だな」
白い入道雲が広がる空を見上げて、将馬が呟く。
そういえば昨日、朝のニュースが台風の接近を告げていた。テレビ画面の中、真っ直ぐ北上していた渦巻きは、今にもこの町を直撃しそうだった。
菜穂も空を見上げてみる。灰色のビルが四角く切り取った青い空に、台風の兆しは感じられない。微風さえ吹いていなかった。
今日仕事をしている会社もあるはずなのに、オフィス街には人影が見えない。まるでゴーストタウンだ。どこを見てもコンクリートで、日光の照り返しが激しい。歩いているだけで汗だくになっていく。
将馬の家の周り、商店街の裏手に建ち並ぶ家々の庭を彩っていた木々の木陰が懐かしくなる。マンションやアパートのベランダに飾られた観葉植物を見上げるだけでも涼しく感じたし、道には打ち水もされていた。
「こっちでいいんですか? もうドラッグストアも開いてますよ」
前を行く将馬が振り向いた。
彼は赤いTシャツを着て、ジーンズの後ろポケットにチェーンでつないだ財布と折り畳んだ買い物バッグを突っ込んでいる。マメな性格らしい。
サンダルはゴム製の黒いビーチサンダルだった。
「俺もそう思ったんだけど、ドラッグストアの親父とは商店街の会合で会うからな。ちょっと照れくさいじゃねえか」
自分たちがなにを買いに行くのかを思い出して、菜穂は俯いた。
「大丈夫か?」
「あ、大丈夫です」
菜穂は昨夜と同じワンピースとボレロ姿で、黒ずんだ古い麦わら帽子をかぶっている。陽射しの強さに熱中症を心配した将馬が、子どものころ使っていたものを貸してくれたのだ。コーデとしては微妙ながら、彼の気持ちがありがたい。
しばらく歩いて、菜穂の会社とは違う通りのコンビニへ入った。
茹だった体にクーラーの冷気が心地良い。
まずは食料品の棚を物色する。
「朝メシ……もう昼メシか。あんた、なににする?」
「パンかおにぎりにしようかと」
「俺はカップ麺にしようかな」
「そういうの食べるんですか?」
「食うよ。勉強になる」
インスタント食品の棚に目を走らせながら、彼はそうか、と呟く。
「あんたラーメン苦手なんだっけ? お友達と初めて来たとき言ってたろ」
「……聞こえてましたか」
「狭い店内だからな。ラーメンは油っぽいから、うどんのほうが好きなんだろ?」
将馬亭へ連れて行ってくれたのは、食べ歩きが趣味の友人だ。
彼女は趣味を満喫中に同好の士と出会い、めでたく昨日華燭の典を挙げた。
「あのときはごめんなさい。でも! 今は将馬さんのラーメン大好きです!」
「知ってる」
ぽん、と頭に置かれた手の重みが嬉しい。
菜穂は言葉を探した。彼のおかげでラーメンが好きになったことを伝えたい。
「将馬さんのラーメンがすごく美味しかったから、ほかのお店へ行ってみたり、インスタントを買ってみたりもしたんですけど、どれもぴんと来なくて。でも将馬さんお勧めのカップ麺なら食べてみたいです。教えてください」
「やだ」
「え?」
将馬は、ビッグサイズのカップ麺をふたつ手に取り歩き始める。
「さっさと来いよ。あんたは一生、俺の作ったラーメンだけ食べてりゃいいんだ」
「はあ……じゃあパンにします」
プロポーズみたい、と思った言葉を飲み込んで、菜穂は彼を追いかけた。
コンビニならこちらのほうが近いと言われ、商店街に面していない勝手口から外に出る。狭い庭には大きなバイクが止められていた。商店街の裏道に出て、古びた住宅地を突っ切ってオフィス街へ進む。
「台風が近づいてるにしちゃ上天気だな」
白い入道雲が広がる空を見上げて、将馬が呟く。
そういえば昨日、朝のニュースが台風の接近を告げていた。テレビ画面の中、真っ直ぐ北上していた渦巻きは、今にもこの町を直撃しそうだった。
菜穂も空を見上げてみる。灰色のビルが四角く切り取った青い空に、台風の兆しは感じられない。微風さえ吹いていなかった。
今日仕事をしている会社もあるはずなのに、オフィス街には人影が見えない。まるでゴーストタウンだ。どこを見てもコンクリートで、日光の照り返しが激しい。歩いているだけで汗だくになっていく。
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前を行く将馬が振り向いた。
彼は赤いTシャツを着て、ジーンズの後ろポケットにチェーンでつないだ財布と折り畳んだ買い物バッグを突っ込んでいる。マメな性格らしい。
サンダルはゴム製の黒いビーチサンダルだった。
「俺もそう思ったんだけど、ドラッグストアの親父とは商店街の会合で会うからな。ちょっと照れくさいじゃねえか」
自分たちがなにを買いに行くのかを思い出して、菜穂は俯いた。
「大丈夫か?」
「あ、大丈夫です」
菜穂は昨夜と同じワンピースとボレロ姿で、黒ずんだ古い麦わら帽子をかぶっている。陽射しの強さに熱中症を心配した将馬が、子どものころ使っていたものを貸してくれたのだ。コーデとしては微妙ながら、彼の気持ちがありがたい。
しばらく歩いて、菜穂の会社とは違う通りのコンビニへ入った。
茹だった体にクーラーの冷気が心地良い。
まずは食料品の棚を物色する。
「朝メシ……もう昼メシか。あんた、なににする?」
「パンかおにぎりにしようかと」
「俺はカップ麺にしようかな」
「そういうの食べるんですか?」
「食うよ。勉強になる」
インスタント食品の棚に目を走らせながら、彼はそうか、と呟く。
「あんたラーメン苦手なんだっけ? お友達と初めて来たとき言ってたろ」
「……聞こえてましたか」
「狭い店内だからな。ラーメンは油っぽいから、うどんのほうが好きなんだろ?」
将馬亭へ連れて行ってくれたのは、食べ歩きが趣味の友人だ。
彼女は趣味を満喫中に同好の士と出会い、めでたく昨日華燭の典を挙げた。
「あのときはごめんなさい。でも! 今は将馬さんのラーメン大好きです!」
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「将馬さんのラーメンがすごく美味しかったから、ほかのお店へ行ってみたり、インスタントを買ってみたりもしたんですけど、どれもぴんと来なくて。でも将馬さんお勧めのカップ麺なら食べてみたいです。教えてください」
「やだ」
「え?」
将馬は、ビッグサイズのカップ麺をふたつ手に取り歩き始める。
「さっさと来いよ。あんたは一生、俺の作ったラーメンだけ食べてりゃいいんだ」
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