『     』

千園参

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 新しい戸籍の調達というのは言わずもがなリスクがある。裏稼業におけるリスクは金額に直結する。裏稼業におけるリスクとは即ち足がつき、逮捕されるというリスクのことだ。ハイリスクであればあるほど、成功報酬は法外な金額を請求することができる。裏稼業に手を染めてしまった者の心理として、『ここまで来たならどこまで行っても一緒』というものがある。要は一度足を踏み入れたが最後、リスクの大小に関わらず同じこと。ならば、それならば、稼げる内に稼いで良い思いを少しでも長くしようというものである。
 今回の依頼である怪人被害家族の新しい戸籍の調達は犯罪者の戸籍を調達するのと同等もしくはそれ以上にリスクのある仕事であった。現代における怪人という存在は犯罪を犯さずとも怪人であるというだけで犯罪者扱いを受けることになる。場合によっては犯罪者よりも酷い目に遭わされることもある。今回はそのケースだったと言えるだろう。つまり、つまるところ、とどのつまり、犯罪者よりも手助けしたことが判明した時のリスクは桁違いなのである。手助けしたことがバレた場合、警察に逮捕程度で済まされれば良い方だと、運が良かったと思える程であろうことは考えずともわかる。最悪の場合、怪人ハンターに付け狙われ追い回された挙句に殺されかねないのだった。
 そのため、このため、大通りを堂々と歩くことのできない裏社会で生きる日陰者を対象に行う裏稼業においても怪人の案件を受ける業者はいない。
 しかし、だがしかし、誰も受けようとしないからこそ、だからこそのハイリスクハイリターンでもある。誰もやらないと跳ね返すところをリスクを背負うのだから大金を寄越せと請求できるのである。依頼主も自分たちの置かれている状態を理解しているからこそ、足元を見られていることなど承知の上で大金を積んでくれる。
「というのは、建前ですよね? 先輩」
「地の文での説明ご苦労」
 そう言って、こう言って、央叢は鯛の握りを『至福』という2文字を顔にしっかりと浮き上がらせながら食べる。
 いかにも裏取引で使われていそうな和室でボクと央叢は和食料理を食べていた。
 座布団の上で正座する彼女の姿は育ちの良さというのか、それとも彼女の生い立ちが侍であるからなのか、洗練された姿勢はボクがこれまで、それまで、見てきたどの姿勢よりも清楚で清潔で清純であった。
 時々、こうして、そうして、彼女と向き合っていると思うことがある。彼女のような人がどうしてこのような、そのような、あのような、どのような、日陰の世界にいるのかと。
「お前、今よからぬことを考えているな」
 央叢が眼を鋭く光らせる。
「すいません」
「確かに怪人の手助けは危険だが、やりがいもある。それに私は嫌いじゃないぞ? お前とこうしている日々も」
「は、はあ……」
 彼女が感じているやりがいとはおそらく『人助け』なのである。人助けをモットーにしている裏稼業者は少ない、もしくは存在しない。仮にいたとしてもごく少数程度の類稀な、極めて珍しい存在だと言える。大体の裏稼業者は金のためである。リスクと引き換えに手に入る法外な金額を得るためである。そんな中でも、こんな中でも、彼女は彼女なりの正義感を燃やして、この誰も感謝しないような後ろ指を刺されてしまう仕事にやりがいというものを見出している。正義感や誰かを助けたいという思いを、気持ちを、心を持っている先輩はやはり、やっぱり、この世界にいてはならない人間のように思えてならない。
「どうした? 箸が止まっているぞ?」
「いえ、なんでもないです」
 ボクは海老の天ぷらに箸を差し向けた。
「すいません。日本酒をお願いしたいのですが」
「かしこまりました」
 央叢は仲居さんに日本酒を注文した。
「先輩、日本酒飲むんですか?」
「ああ、今日は気分が良いからな。もちろん、お前も飲むだろ?」
「飲まないですよ」
「付き合いが悪いなお前は。そういうところだぞ?」
「何がですか?」
「お前がモテないのは」
「はっきりと言わないでくださいよ、そんなこと」
「事実だ」
「事実は時に人を傷付けますよ先輩……」
「事実はしっかりと受け止めて前に進むものだぞ」
「そう言う先輩はどうなんですか?」
「どうとはなんだ?」
「モテているんですか? というか、彼氏とかいるんですか?」
「いっ! いない……けど」
「先輩だっていないんじゃないですか」
「まぁこんなことをしているようでは彼氏やら結婚やらとは程遠いだろうな」
 こんなこと、そんなこと、裏稼業。
「もう諦めているよ。そういうのは」
「そうですか」
 静まり返ろうとしていた室内に日本酒が空気を読んだかのように運び込まれてくる。
 今は日本酒まで空気を読む時代なのか。
「さて、飲むか」
 おちょこにチョロチョロと心地良い音と共に注がれていく日本酒。
「どうしておちょこ2つ?」
「決まっているだろ、お前も飲むからだ」
「ボクもですか……」
「たまには付き合え」
「たまにって、いつも付き合っているでしょう」
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