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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第92話 寂しいクラスと暗いクラス

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 翌日。
 クラス分けが始まった。
 首席で入学を果たした俺は、当然と言うべきか、Sクラスに割りあてられた。
 俺を含めた上位三名は同じクラスだ。
 つまり、リードと、ルリアという女の子と一緒だ。
 教室には机が三つだけある。
 ちょっと待て。

 「俺らだけかよ」

 「そうだよ。知らなかった?」

 「てっきり2、30人は居るかと思ってた」

 「キミって、頭良いようで、案外そうでも無い?」

 「失礼な。いや、合ってるか…」

 担任が来るまで、ルリアと少し話をした。
 彼女は、言葉の節々に煽りが混じり、まるで、俺を馬鹿にするかのようなニヤケを見せてくる。
 別に嫌な感じはしないんだけど。
 こう、なんて言うのかな。
 懐かしさを感じる。
 リードはテオネスと別々のクラスになったことで、多少、精神がおかしくなっていた。
 机に突っ伏して泣いている。
 休み時間は会えるんだからいいじゃないか。
 俺もリーズと離れたわけだし。

 教室の扉が開いた。
 入って来たのは、紫色の髪に緑色の瞳をしたカッコイイ女性。
 ぴちっとした服が似合っている。
 まさか、セスティーだったとは。
 
 「何故に、この学校なんです」

 「給料が良かったからだ。カトレア王国は、薄給過ぎて食っていけん」

 なんとも単純な理由。
 そういえば、給料とかを施設に送ってるんだっけか。
 偉い。

 「では早速。お前達にプリントを渡す」

 「あの、出席は取らないんですか?」

 「んなの一目瞭然だろう」

 だよな。3人しかいないもんな。
 セスティーから受け取ったプリントには、校内規則について細々と書かれていた。

 ・その一。学院内での乱闘を禁ずる。
 ・その二。不純異性交遊をした生徒は即退学となる。
 ・その三。学級委員長は成績によって決まる。尚、選ばれた生徒に拒否権は無い。
 ・その四。クラス対抗戦は、Sクラスを除いた3クラスにより行われる。
 ・その五。生徒会への立候補はAクラス以上から。
 ・その六。担任の指示は絶対に守ること。
 ・その七。上級生と下級生との間に、上下関係は無いものとする。
 ・その八。非常事態が発生した場合は、一人で行動しないこと。必ず、誰かと一緒に行動すること。
  ・その九。学年末テストの結果次第では、翌年のクラス変動もある。
 ・その十。在学中に進路を決めること。もし、決められない場合は、強制的に軍属となる。
 ・その十一。担任と生徒の関係を超えてはならない。

 以上。
 十一ヶ条を守りましょうだってさ。
 考えた奴アホだろ。
 まず第一に、学級委員長は俺になるじゃん。
 やだよ、めんどくせぇ。
 でも、拒否権無いんだよな…。
 上級生と下級生の上下関係が無いのは楽だが、言ってしまえば、それは、クラスが上か下かで決まるからだろう。
 狡い書き方だ。
 これだけ見れば、誰だって、対等に話していいんだとだと思ってしまう。
 あと、進路は絶対に決めよう。
 軍属は勘弁して欲しい。
 担任と生徒の間で、昔、何かあったのかな。
 気になる。

 「セスティー先生。もしかして、担任と生徒が一線を超えたことあるんですか?」

 「知らん。配属初日だからな」

 「先生って、そういう願望ってあります?」

 「…殺すぞ」

 「ごめんなさい」

 それが聞けて一安心。
 俺がふざけた質問をしたせいで、セスティーはご機嫌ななめになってしまった。
 ルリアがモジモジしながら、キョロキョロと落ち着かない様子。
 
 「せんせー。お花摘みに行っていいですか?」

 「休み時間にならな。花壇はあそこだ」

 「違います!お腹痛いんです!」

 二人の話が噛み合っていない。
 天然過ぎるだろ、セスティー先生。
 ルリアがいよいよ限界だ。
 俺が教えてあげるか。

 「トイレなら、さっき来た道を戻って、右に行けばいいよ」

 「ありがとう!じゃ!」

 ルミアが教室から駆け出していった。
 忙しないな。まったく。
 
 ホームルームも終わり、1時間目までの休み時間。
 時間は20分。
 テオネスのクラスは、たしか…Aクラスだったはず。
 行ってみようか。

 学院内は広くて天井が高い。
 全階を見渡せる吹き抜けもあり、生徒達の日常を垣間見ることができる。
 廊下に出て話をする女子生徒達や、お菓子を売買する男子生徒達。
 教科書を貸して欲しいと、友人に頼み込んでる生徒までいる。
 ガヤガヤと騒がしいけど、楽しそう。

 Aクラスに着いた。
 お邪魔しますと一声かけて、中に入ってみた。
 一見すると、生徒の年齢層はバラバラで、テオネスが1番若そうだ。
 テオネスは休み時間だというのに、教科書をずっと眺めていた。
 俺がテオネスに近くと、クラス全員が話をやめて、俺を見てきた。
 変な空気だ。

 「なんで来たの…」

 「いや、可愛い妹が何してんのかなーと思って」

 「帰って…」

 「休み時間まだあるし、もうちょっとだけこ…」

 テオネスの顔を見て、俺は自分の教室に戻るべきだと思った。
 ひどく辛そうな顔だった。
 俺がテオネスに話しかけた時、クラスメイトは、誰一人として言葉を発しなかった。
 意図的に静寂を作り出した。
 思えば、睨みつけてきた生徒も居た気がする。
 理由は分からないが、テオネスは、クラスメイトからハブられていると考えるのが自然だ。
 そういう反応だったよな。あれ。
 
 嫌な気分になった。
 イジメまではいかないだろうけど、いずれ発展してもおかしくない。
 助け舟を出す事は容易だ。
 けど、自力で解決出来なければ、お前は誰かに頼らないと、うんぬんかんぬん。
 そう言われかねない。
 どうにかできないものか。
 家に帰ったら聞くとしよう。

 ---

 一時間目から六時間目まで、科目の説明だけで終わった。
 専門的な知識を学ぶので、数はそう多くない。
 本格的な授業は明日から。
 帰る時間はクラスにより異なるので、ルリアとリードの三人で帰ることにした。
 
 「なるほど…妹さんがね…」

 「あの空気。テオネスの悪い噂でもしてるんじゃないかと思ってさ」

 「うーん…そうとも限らないんじゃないかな」

 ルリアは一つの仮説を立てた。
 俺の悪口を言われてる可能性もあると。
 それを聞いたテオネスが逆上し、クラスメイトと軋轢が生まれたのではないか。
 ルリアはテオネスの性格を知らない。
 見たことも無いが、もし、自分が妹ならそうすると断言した。
 リードはそれを聞き、真剣な顔で頷いた。

 「いっそ、僕が直接赴いてシメてやろうか?」

 「気持ちだけ頂いておくよ。でしゃばんな」

 「姉貴にも似た経験があるんだよ」

 「そうなのか?」

 「あの時は、僕が乗り込んだんだけどさ。姉貴を馬鹿にするなって。馬鹿にしていいのは僕だけだって。結果、頭を下げさせたけど、モヤモヤは晴れなかったよ」

 「やっぱ、助けてあげた方いいのかな…」

 「ライネルは平気で人を殺しそうだから、やめといたほうがいい。まずは、本人に事情を聞きなよ。結構ディープな内容だから、話してくれるかは分からないけどね」

 俺だったら、恥ずかしくて言えない。
 被害者は助けを求めるだろうけど、口には出さない。
 なんとなくで伝えようとする。
 当たり前だ。
 あからさまに助けを乞えば、周囲の反応は益々冷たくなる。
 エスカレートするのも時間の問題だ。

 二人と別れた後、俺は薬の買い足しを済ませて帰宅。
 テオネス達の帰りを待つ。

 「お帰りなさい!」

 スレナが飛び付いてきた。
 エプロン姿で服を着て…無い…だと!?
 
 「ただいま。服を着て下さい」

 「今、全部洗濯してて」

 「着てるものまで洗うやつがあるか」

 スレナに俺の服を貸した。
 クンクンと鼻を立て、永遠に匂いを嗅いでいる。
 変な笑みを浮かべる彼女は、ちょっとだけ不気味。
 ゾクッとした。

 「ただいま…」

 テオネスが帰ってきた。
 表情は暗く、元気が無い。
 リーズとミラは、まだ帰っていない。
 好都合だ。
 二人だけで、こっそり話せる。

 「テオネス。ちょっと話さないか?」

 「……」

 テオネスはコクリと、小さく頷いた。
 俺の部屋で話をすることにし、一緒に二階へ上がる。
 スレナは夕飯を作っているので、気付かれることは無いだろう。
 バレたところで支障はないが、テオネスの傷を深く抉る可能性もあるので、あまり大勢に知られたくない。
 部屋の鍵を閉めて、椅子に腰掛けた。

 「今日、学校で何があったのか教えてくれないか」

 「やだ…」

 「どうして?」

 「……」

 テオネスは黙ってしまった。
 瞳には涙を浮かべて、次第に零れ落ちた。
 一人で抱え込んでいては、じきに潰れてしまう。
 共有しなければ。
 兄妹だけでも。

 「いじめられてるのか」

 「…違う」

 「じゃあ、俺の悪口か」

 俺がそう言うと、テオネスはピクっと肩を震わせた。
 ビンゴだな。
 ルリアが言っていたことは合っていたようだ。
 
 「なぁテオネス。何を言われたかは分からないけど、俺なんて、悪口の宝庫だぞ。悪い所なんて無限に出てくる。兄の事で思い悩む必要は無いし、お前が苦しむくらいなら、お前が俺の悪口を言ったって構わない。そんなことぐらいで、俺は、テオネスを嫌いになんてならないからさ」

 俺はテオネスを優しく抱き締めた。
 胸元で大声で泣くテオネスの背中を擦り、泣き止むまでそうしていた。
 涙を拭いながら、テオネスは震える口を開けた。

 「お…お兄ちゃんが。コルチカム学院長…の…お気に入りだから…て。採点が甘かった…とか…言われたの。それ…でね。私…怒っちゃって、みんな…嫌な顔になったの。それで…それで…」

 「うん」

 「みんな…お兄ちゃんなんて…弱いって…」

 「うん」

 「お兄ちゃん…は…強いのに…私を…助けてくれたのに、誰も…何も知らないくせに…」

 「うん」

 「許せ…ないよ。大好きな…お兄ちゃん…だもん…」

 「うん…」

 テオネスは俺を強いと思ってくれている。
 しかし、誰が垂れ込んだのか、俺はコルチカムのお気に入りだからと、実力が伴わないくせに、甘めの採点でハイクラスになったと、周囲には思われている。
 裏口入学ってやつに近いのかな。
 コルチカムが学院長だとは知らなかったが、今は、そんなことどうでもいい。
 たしか、明日は合同実技があったはず。
 BクラスとCクラスが一緒。
 AクラスとSクラスが一緒だったはずだ。
 ここで、俺が実力を証明すれば、テオネスは嘘を言っていなかったと、周囲の人も認めるはずだ。
 よし。頑張ろう。
 軒並みボコボコにしてやる。
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