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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第93話 合同実技

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 合同実技とは。
 広い校庭を使い、自身の持つ技や武器で、他クラスの生徒と実戦形式で戦う。
 魔術師や魔剣士、俺と同じ魔導剣士などが己の技をぶつけ合い、戦闘不能になるまで戦い続ける。
 セスティー曰く、死合だという。
 校舎の作りに反し、校風は厳格な印象を受けたが、まさか、ここまで血沸く授業内容だとは。
 勝ち抜き戦、またはバトルロイヤル戦を採用。
 これは、両クラスの担任が決議する。
 
 「えー、バトルロイヤル戦に決定しました」

 セスティー先生の輝いた笑顔に、清らかな声。
 殺し合いが大好きなんだろうな。
 教師向いてないよ。

 こっちは俺とルリアとリードの3人。
 対する相手は24人。
 戦力差は8倍だ。
 早速、Aクラスは作戦会議をしている。
 やはり、テオネスはハブられていた。
 少し離れたところに、縮こまって座っている。
 それを見て、胸が痛くなった。
 うかうかしていられない。
 作戦会議開始だ。
 
 「全員殺せ」

 「ちょっ!ライネルてば、熱くなりすぎ!」

 「僕が殲滅するから、遺体は君が焼いてくれ」

 「わたしだけなの!?まともなの!」

 ルリアには申し訳ないが、俺もリードも殺る気だ。
 溢れ出る魔力が抑えられないリードは、すでにウォーミングアップを始めた。
 両手を地面に付け、馬鹿でかい魔法陣が出現。
 
 「ラァッ!」

 その瞬間、ガガンという轟音と共に、校庭に二つの巨大な穴が出来た。
 穴を開けたのは、上空から発生した二本の竜巻。
 掘り進むかの如く、地を削り、突風を引き起こした。
 Aクラスの面々は酷く怯えた様子で、リードを見ていた。
 こんな芸当、天才と呼ばれるリードにしか出来ない。

 「その程度?」

 真面目な顔で、ルリアが言った。

 「心外だな。僕は、まだ二割も出てない」

 「そう、なら良かった」

 二人共怖い顔をしている。
 煽るルリアを睨むリード。
 内乱は起こさないでくれよ。

 作戦会議の続き。
 まずは、役割分担を決めよう。
 俺は近接戦闘が得意で、リードも同じ。
 リードは、魔術と体術を織り交ぜた魔拳使い。
 たかが23人、打倒できるだろう。
 とはいえ、Aクラスともなれば一筋縄ではいかない。
 実力的には俺らと拮抗しているが、学力が僅かに及ばず、といった連中も少なくないからだ。
 それに、物量で圧されてしまう事も考えられる。
 前衛と後衛をしっかり決めなければ。
 ルリアはどっちが得意かな。

 「ルリアの得意分野は?」

 「わたしは魔術師だから、後方支援担当がいいかな」

 「わかった。じゃあ、具体的な策を練ろうか」

 「実はもう考えてあるんだよね。剣貸して」

 ルリアは俺の剣を鉛筆代わりに、地面に絵を描き始めた。
 酷い絵だ。
 人に見えなくもない棒と丸が、無数に散りばれられていて、三角が3つある。
 もしかして、棒と丸はAクラスで、三角は俺達を指しているのか?
 …ギリギリ解読できる。
 
 「まずね。Aクラスは、わたし達を囲もうと動くはず。退路を断つためにね。でもさ…それって、集団での戦いに慣れた、兵士達が好む戦法なんだよ。素人が真っ先に考えられる作戦にして、最も難易度が高い作戦なんだ。つまり、周囲を巻き込む攻撃は繰り出してこない。精々中級魔術か、上級魔術入門レベル。君たちが使う星極級に、それらは通用しない。360度を二人で割って180度。わたしが、強化魔術を付与するから、二人共、星極級を放って。それで……19人は潰せる」

 「全員じゃないのか?」

 「キミの妹さんを除く、上位4名は強い。作戦を考えるのは間違いなくコイツら。捨て駒特攻をさせる気だ」

 「酷い話だな」

 「人の事言えないでしょ…」

 含みのある言葉を呟いたルリアだが、今は気にしている時じゃない。
 脳筋戦法に羽が生えた程度の作戦だけど、結局、これが一番勝率が高いと思う。
 他に案を出したところで、これ以上の作戦は出せないと思う。

 「じゃあ行こうか」

 リードの言葉で、俺とルリアは立ち上がった。
 向こうの作戦会議も終わったようだ。
 この間、一度もテオネスは参加していなかった。
 セスティーから、この場にいる全員にルール説明がされた。

 「殺しちゃダメだそうです…では始めて下さい…」

 不満げなセスティー先生。
 同類の匂いがして、親近感が湧く。

 試験開始と共に、俺達は囲まれた。
 ルリアが編み出した作戦は、わざと後手に回る作戦で、言わばカウンターのようなもの。
 相手が動かない事には始まらない。
 
 ジリジリと距離を詰めてくるAクラス。
 一人だけ、余裕な笑みを浮かべる男が居るな。

 「今!」

 ルリアの叫びと共に、俺とリードは技を放つ。

 「連星極«天樂てんがく明星乖離みょうじょうかいり»」

 「星拳«愛喰鯨ラバーズ・スワロー»」

 俺は地面に剣を突き刺し、魔力を流し込んだ。
 旋律に似たキィンとした音を出し、5本の斬撃を広げ、180度全てに対応出来る威力で放った。
 リードの技は見ていないが、青い魔力の残留が見えたので、昔見せてくれた技を使った。
 あの技は、魔力で出来た巨大な拳を対象に向けて打つ、魔拳でも上位に位置する代物。
 名前に鯨が入るのは、飛んできた魔力すら飲み込む程大きいからだ。
 なんにせよ、これで敵は減ったはずだ。
 後は残兵を片付けるのみ。

 そう思っていたが、残った奴らが問題だ。
 技を真正面から受けて、傷一つ無い。
 俺の前には、軽めの鎧を纏った若い男が一人。
 リードの前には、女の子が二人。
 ルリアの目論見では4人残ると想定していたが、一人は戦う気が無いらしく、地べたに座り込んでいる。
 テオネスの傍におり、ずっと本を読んでいる少年だ。
 あれは後回しでいい。
 まずはこの3人。
 
 「俺に付与してた強化魔術を、全てリードに回してくれ」

 「何か策があるんだね」

 「そんなものは無いよ。だけど、無い方が勝てる」

 「わかった。キミにかけてた物を解くね」

 ルリアに強化魔術を解いてもらい、俺は群青の流星を発動。
 鎧を纏った若い男に斬りかかった。
 剣を受け止められ、押し切ろうとするが、ビクともしない。
 
 「中々やるな」

 男は一言そう言った。
 剣士というよりは騎士。
 まじかで見て気がついたのは、彼が持つ金色の髪。
 片側だけ長い髪で、細い筒のような物で纏めてある。
 王族なのか。

 剣と剣がぶつかり合い、火花が散った。
 必ず、俺が動いた後に彼は動いた。
 剣筋を読まれている。

 「凡才…では無さそうだな」
 
 「でも、あんたほどじゃない。必ず後手に回るくせに、俺の動きに対応してる。それも機械的に。元々持っていた技術なのか、誰の入れ知恵か…」

 「…ッ…!」

 僅かに焦ったな。
 彼は、すぐさま距離を取ったが、その挙動を見逃すほど、俺は甘くない。
 俺は彼の鳩尾に掌底を打ち込み、投げ飛ばした。
 地面に叩きつけられた彼は、そのまま動きを止めた。
 気絶したようだ。

 リードの方も片付いた。
 しかし、リードの服は汚れていて、所々擦り傷が目立つ。
 強そうな二人に見えなかったが、姉妹だったらしく、連携プレーが卓越していたとリードは語った。
 リードをここまで追い詰めるとは。
 当たんなくて本当に良かった。

 残るはテオネスと仲良く本を読んでいる少年。
 おい待て、いつの間に仲良くなってる。
 友達ができるのはいい事だ。
 だけど、それは今じゃないだろ。
 授業中ですよ、お二人さん。
 
 「傍観者は一番恨まれるぞ」
 
 「これはこれは…お兄さんでしたか。初めまして、ハルと申します」

 「どうも。テオネスの兄、ライネルです。妹と仲良くしてくれて、どうもありがとう」

 そして、俺はハルという少年に剣を向けた。
 コイツから漂う気持ち悪い魔力に、体が勝手に反応した。
 目視は出来ないが、体表を覆っているのは、赤黒い魔力であるとわかる。
 本能が危険だと知らせる。

 「そこまで!この勝負、Sクラスの勝ちだ!」

 Aクラスの担任が慌てて止めに入った。
 結構な歳の男だ。
 
 「ここまでかぁ…実に残念」

 ハルは呟くように言った。

 「俺もそう思うよ。お前、このクラスで一番強いだろ」

 「どうでしょうかね。Aクラスは卑屈な連中が多いですから、その中で、一番にはなりたくないです」

 「正直なんだな」

 「ええまぁ。良かったですね。妹さんの疑いも、これで晴れますよ」

 「…教えてくれないか?誰がテオネスを孤立させたのか」

 俺が尋ねると、ハルは首を横に振った。
 言うつもりは無いと。

 「教えるのは簡単です。ですが、それは、この子のためにならないんじゃないですか?兄として心配なのは分かりますが、独力で解決するのを見守ってあげるべきなのでは?」

 至極真っ当な意見に、返す言葉が無い。
 ルリアの言っていた事と一緒だ。
 下手に介入すれば、俺の知らない間に、テオネスの扱いはどんどん悪くなる。
 誰だって、甘えん坊と思われたくないし、本当に助けを求めてきたら助けよう。
 今はメンタルケアに留めるべきだ。
 でも、少しは改善されたと願いたい。

 ---

 お昼の時間、俺は教室で弁当を食べていた。
 ついさっき、Aクラスをチラ見したところ、テオネスの周りには無数の女子生徒が居た。
 楽しそうに話をしていて、女子生徒達が、何やらテオネスに質問をしていた。
 内容は聞けなかったが、テオネスは嬉しそうに答えていた気がする。
 男子生徒の反応を窺い知ることはできなかったけど、ハルという男子は友達みたいだし、いい方向に向かっていると思う。
 
 俺の横で、ルリアが弁当を食べている。
 リードは今ここに居ない。
 昼の鐘が鳴って早々「僕は姉貴と食べる」と言って飛び出して行った。
 どうやら、ハルの事が気に入らないらしい。
 変に嫉妬深いからな、あいつ。
 しばらくして、ルリアと視線が合った。

 「ねぇライネル。くっ付けっこしようよ」

 「言い方考えて」

 ルリアは机を移動し、俺の机にくっ付けてきて、一緒に食べようと言ってきた。
 もう少しで食べ終わるんだけどな。
 セスティーがペンを折り、恐ろしい形相で俺を睨む。
 てか、なんで居るの。
 職員室じゃないのか。

 「なんで居るんです。そんなに俺達が好きなんですか?」

 「は?んなわけないだろ。お前らのせいで、始末書を書かされてんだ。これが終わるまで職員室に入れん」

 校庭を穴だらけにしたのが一番の理由かな…。
 それ以外考えられない。

 「すみません」

 一言謝罪したが、セスティーは、無言で、泣き目で始末書を書き進めていた。
 可哀想に。
 なんて、呑気なことを考えていたのであった。

 お昼時間もあと少し。
 俺はミラの元へと向かった。
 興味があるからとルリアも着いてきた。

 ミラはBクラス。
 Bクラスは人数が多く、3クラスもある。
 リーズもここにクラス分けされた。
 でも、在籍するクラスは別らしい。

 「可愛い…可愛い…たべたーい…」

 ミラに、べっとりとへばりつく女子生徒が一人。
 黒いショート髪に、赤く光る瞳。
 小柄で、スカートを履いている。

 他の生徒は何処だろうか。
 ああそうか、外に遊びに行ったのか。
 だから、もぬけの殻なんだな。

 「お前たちは遊びに行かないのか?」

 「誘われたのに、この子が許してくれない…」

 「キッツいな…」

 色々な人種が居る。
 健常者も居れば、異常者も居る。
 ミラを触る女子生徒は、もはや狂気の顔。
 好きとか、愛してるとか、そういうレベルじゃない。
 物理的に食べようとしている。
 よく見ると、犬歯が二本あって危ない。
 
 「もしかして、吸血鬼か?」

 「ふぇ?そうですよー。数少ない、吸血鬼一族なんですよー」

 「そうなのか。ところで、君のな――」

 「めんめんめんめ…!」

 名前を聞こうとした途端、彼女はミラを舐め始めた。
 ミラは青ざめて、甘んじて受け入れている。
 俺とルリアは静かに教室を出た。
 
 「不思議な二人だったね」

 「不思議ちゃんは一人な。もう一人は生贄となった…」

 「ミラちゃんだっけ?すごい可愛かった」

 「あはは…後で伝えとくよ」

 どのクラスも闇が深いな。
 学校ってこういうものなのか。
 絶対に違うだろ。
 もっとこう、笑顔が絶えなくて、友人と切磋琢磨しながら学業に励む。
 そういうものでは。
 でもまあ、個性があって良いかもしれない。
 その方が楽しいからな。
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