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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第98話 一枚の絆創膏(前編)

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 メルナ・ティッカード著の恋愛小説。
 さほどページ数は無い。
 サクッと読めてしまう。
 どんな物語なのだろうか。

 俺は小説を開いた。

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 とある国に、真っ赤な髪を持った可愛らしい女の子が住んでいました。
 有名な魔術師を多数輩出している名門貴族の元で産まれ、大事に大事に育てられていました。
 すれ違えば誰もが振り返る美貌の持ち主で、男勝りな性格がより一層、異性に好感触。
 その目はお人形さんのように真ん丸で、優しそうだなと思えばそうでも無い。
 でも、受けた恩は忘れない子でした。
 
 彼女には五つ離れた姉がおり、姉妹揃って突出した才能を持っていました。
 姉は魔術師としての才、彼女は魔導剣士としての才。
 歩む道は別々であったものの、仲は良かった。
 野試合を繰り返しては怪我をして、お互いがお互いの傷の手当をして、また立ち上がる。
 好奇心で道場破りまでした。周囲からは危険な姉妹だと、後ろ指を指されることに。
 
 同時に告白が後を絶ちません。
 家に帰れば、両親が頭を抱えるほどのラブレターの山が毎日のように届きます。
 嫌がらせか?と、彼女は思いました。
 姉が好き、わたしが好き。そう書いてあるのに、どう見ても字が子供じゃない。
 そう、道場破りの被害にあった男たちが、加害者姉妹に惚れてしまったのです。
 どういうこっちゃ。

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 ここまでの内容は、主人公である彼女の幼少期。

 なかなか苛烈な姉妹だ。
 結構好きだよ、そういう子。

 テオネスも、姉が居たらこうなっていたのだろうか。
 あ、でも、そうなるとテオネスは魔導剣士か。
 似合う似合う。俺なんかより、ずっとカッコイイわ。

 さて、続きを読むか。

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 ある日、彼女は剣を捨てました。
 理由は単純。姉が対策を練ったせいで圧されるようになり、勝てなくなったからです。
 追い付きたくても、時間を無駄に浪費するだけで、差は開くばかり。
 
 そもそも剣が好きじゃありませんでした。
 魔術師は後方から相手を射抜き、敵の死体を見ることは少なく、心を痛めることは無い。
 一方、魔導剣士は近距離で相手を仕留めるので、敵が絶命する瞬間を、その目にしっかりと焼き付けてしまう。ずっと頭に残ります。
 負傷兵の数だって、魔術師の比じゃありません。
 だから捨てました。
 死ぬなんてバカバカしいから、と。

 魔術師に転向した彼女。周囲の反応は冷ややかでした。
 自らの才能をドブに捨てるような行為だと、誰も彼女を認めません。
 そんな中、姉だけは認めてくれました。

 「わたしの妹だもん。なんだって似合うよ」

 その言葉で決心がつきました。
 誰がなんと言おうと、魔術師として生きて行こうと。

 それから修練の日々が始まります。
 勝手の違う魔術師の技は、どれも難しく感じました。
 中級魔術を覚えるのに三ヶ月ほど消費。
 しかし、そこからは早かった。
 基本構造が同じであれば、魔力量を限界まで絞ることでミスは減り、小手先に力の流れを叩き込めば、様々な応用ができる。
 魔導剣士としての才は、ここでも遺憾なく発揮されたのです。

 二年が経過した頃には星極級までを完全に習得し、一部の連星極級を使用出来るまでに成長しました。
 
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 二年で連星極級は末恐ろしい。
 創作物ならではの天才っぷりだ。
 魔術師が扱う連星極級は被害規模が大きい技が多く、禁術とされるものもある。
 一撃で戦況を傾けてしまうからな。

 「ふぅ…」

 水を飲んだ。
 喉が乾き過ぎて痛かった。
 空気が乾燥してるのか、肌もカサカサだ。
 後でハンドクリーム塗っとこ。

 続きを読み進める。
 ここからは少女時代になる。

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 彼女はしばらくの間、姉と野試合をしていません。
 昔と違って、姉は付き合いが悪くなり、毎回「今日はちょっと」と言って、彼女の誘いを断り続けました。
 どうしてなのでしょう。
 理由は、ある少年が家を訪ねてきたことでわかります。

 姉のお腹には赤ちゃんがいたのです。
 最近、妙に大きめの服を着ているなとは思っていたが、特別気にすることはありませんでした。
 しかし、違和感はありました。
 時折、走ってトイレに駆け込む姿を彼女は目撃していた。
 でもそんなまさかと、深く詮索はしませんでした。
 少年が訪ねてきたことで、それが明るみになってしまいました。
 屋敷全体に父の怒号が響き渡ります。

 「貴様!うちの娘に手を出して、ただで済むと思うなよ!」
 
 あまりの声の荒げように、彼女は驚きました。
 父の優しい一面しか知らない彼女にとって、それは恐怖として映りました。

 姉には婚約者がいました。
 といっても、政略結婚に近いので姉は乗り気ではありませんでした。
 父は姉の将来を思ってそうしたわけで、決して私利私欲に走ったわけじゃない。
 大切な娘に幸せになって欲しかったから。
 その一心で、婚約者を見繕ったのです。
 
 しかし、姉には伝わりませんでした。
 わたしのことなんて何も考えていないと父を突っぱね、自分で探すと言って聞きません。
 姉と父の大喧嘩。それは夜遅くまで続きました。
 喧嘩が終わったところで、彼女が部屋を覗くと、父は少しだけ嬉しそうな顔をして座っていました。
 なぜなら、娘に真っ向から否定されたのは初めてで、うちの娘にも反抗期が来たかと、成長した我が子の姿を見て頬が緩んでしまったからです。
 彼女も少しだけ嬉くなりました。
 結婚相手は自分で選んでいいんだと、父の顔を見て思ったからです。

 そんな姉が妊娠。それもつい最近の話ではありません。
 隠し続けて九ヶ月といったところ。
 出産を控える時期です。
 少年はその挨拶に伺ったのですが、まず前提として、相手方の父親に娘さんとお付き合いしていますなどの一言も無く、顔合わせすらしないまま、いきなり孕ませるなど理解に苦しみます。
 父が怒るのも無理ありません。
 誰だって怒ります。
 結婚前の妊娠に対する世間の目は厳しい。
 本当に愛し合っていたとしても、好奇の目で見られることは確実だから。

 「……」
 
 少年は真っ直ぐな目で父を見ており、ただ黙って父の罵声を聞いていました。
 心落ち着かせるような、不思議な茶色い髪をした少年。
 腰に据える剣は使い込まれており、相当な手練であると予想できます。
 
 しばらくして、父の勢いが落ちてきました。
 言葉が出てこなくなったのか、深くため息をついて椅子に座り、何かを考えるように天井を見ます。

 「キミは、娘のどこに惚れた」

 父の声は酷く冷たいものでした。
 優しさの欠けらも無い声です。

 「怪我をした時、絆創膏を貼ってくれました。それで好きになりました」

 少年はキッパリと言い放ちました。
 意味がわからない。
 父も彼女も同じ気持ちでした。
 
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 伏線回収はや。
 もう終わりかと思いきや、まだ続きがあるようだ。
 外も暗くなってきたし、ゆっくり読んでる暇は無い。

 でもな。

 「クッキーたーべよ」

 激遅のおやつタイムに突入。
 教室に響き渡る独り言。
 寂しいよう。

 次の話はだいぶ重そうだ。
 
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 父が姉の結婚を認めず、少年を追い出してから早一週間。
 姉は人知れず家を出ていきました。
 
 [十八年間お世話になりました]

 そう、書き置きを残して。

 父は大粒の涙を流し、もっと早く気が付いていればと、自分を責めました。
 彼女は変な気持ちになりました。
 姉に勝ち逃げされたからです。
 全てにおいて、彼女が姉に勝るものはありません。
 その事実は、彼女の思考を真っ黒に塗りつぶしていきました。

 「絶対に逃しはしない…姉さんもあの男も、全部全部全部わたしが――」

 姉を慕っていた頃の記憶は瞬く間に薄れて、どす黒い感情ばかりが渦を巻く。

 そして、彼女も出ていきました。
 大好きだったはずの姉を探しに。

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 たった一度でも嫌な気分を味わうと、それまで与えられた幸福を帳消しにしてしまう。
 まさに、それを言っている。
 
 勝ち逃げされたのを根に持っているのもある。
 彼女は苛烈な性格っぽいし、納得と言えば納得だ。
 徐々にサイコホラーめいてきたな。

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 姉の捜索にはかなりの時間を費やしました。
 何処にいるのか分からない状況では、感知魔術を使用したところで無意味であり、聞いて回るしかありませんでした。
 諦めなかったことが幸をそうし、とうとう姉の居場所を突き止めました。
 ここまでに五年の月日が流れていました。

 姉が住んでいた場所は、祖国から遥か北に位置する平和な国。
 そこの一角にある小さな村でした。

 彼女は姉の家へと向かいます。
 しかし、どんな顔をして会えばいいのかわかりません。
 彼女は、遠くから姉の家を眺めていました。

 玄関の扉が開き、中から出て来たのは茶色い髪をした幼い少年。
 つぶらな瞳で、油断だらけのキョトンとしたマヌケな顔をしています。
 でも、どことなく愛らしい顔立ちです。

 「かわい」

 彼女は思いました。
 もし、自分に子供が居たらこんな子が欲しいと。
 興味本位で話しかけます。

 「おいお前。名前はなんて言う」

 「僕ですか?え、誰ですか?怖い怖い」

 彼女の男勝りな口調。子供受けは良くないようです。
 明らかな警戒を見せる少年を、彼女はいきなり抱きしめました。

 「はぁ…かわいい」

 「ふぎゅう…」

 少年の顔は瞬く間に赤くなり、されるがままの硬直。
 チョロいな、と。彼女は思いました。
 
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 危ない奴じゃん。
 でもちょっとだけ少年が羨ましい。
 なんて言ったら、リーズに怒られるんだろうな。
 
 姉の捜索に五年か。
 彼女は随分と頑張ったようだ。
 感知魔術に頼れないのは、さぞ大変だったろうに。

 物語はそろそろ中盤を抜ける。
 ここからは…ヤバいな。
 
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 彼女は、姉と会わないことにしました。
 その代わり、影で少年と密会することにしました。
 復讐の一環として、姉さんの大事な息子を懐柔やろうと。
 初めはそんな気持ちでした。
 ですが。

 「気持ちいいか…?」

 「はい…」

 「じゃあ言った通りにしてみろ」

 「ん…ふぁ…」

 「いい子だ…えらいぞ」
 
 会って話をするだけでは飽き足らず、衝動を抑えきれず、少年に手を出してしまいました。
 
 ほんのつまみ食い程度、バレるはずがない。
 こいつは口止めせずとも誰にも言わない。
 言えるはずもない。
 ああ気持ちいい。最高の玩具だ。
 と、彼女は少年を抱きながら思うのでした。
 
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 官能小説かな。
 出会って間もない少年をいとも簡単に懐柔してしまう能力には敬意を表するが、その少年は姉の息子だ。
 バレたら大変なことになるぞ。
 俺は俺で、テオネスに変な気がおきた時期があったから、なんとも言えないけど。
 世間の目は厳しいと思う。

 つーか、これ読んでてムラムラしてきた。
 我慢がきつい。一回スッキリしたい。
 でもあと少しだ。
 読み切ってしまおう。
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