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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第99話 一枚の絆創膏(後編)

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 ある日のこと。
 少年は彼女に弟子入りしました。
 弟子入りなんてせずとも、一緒にいてくれるだけでいいのに、と。
 当初、彼女は拒否しました。
 
 魔術を教えて欲しいと少年にしつこくせがまれ、泣きながら弟子入りを懇願する彼を無下にできず、彼女は渋々承諾しました。
 勿論、それ相応の報酬は貰います。
 報酬は体。生々しい意味での体です。
 そういうところは、ちゃっかりしてる彼女。

 少年はすでに、魔術師としての基礎が出来上がっていました。
 そもそも少年は魔導剣士を目指しているため、ある程度の魔術は使用できるので、一から教える必要がありません。
 彼女にとってはボロい商売です。

 まず初めに彼女が教えたのは星極級魔術。
 難易度の高い星極級の二です。
 凡才であれば、生涯をかけたとして習得できるか否か。
 それだけ難しく、それだけ強い技です。

 彼女は手を正面にかざして放ちます。

 「残光ざんこう千剣の禍津日せんけんのまがつひ

 無数の青い剣が大地を穿ち、くり抜かれた岩からは煙が出ています。
 火属系と水属系の混合魔術。
 威力は絶大で、これを身につけた魔術師は一騎当千と言われるほどです。
 
 「す…す…すごーい」

 少年は怯えてしました。
 覚えられるかどうかの不安がそうさせたのでしょう。
 でも大丈夫。
 彼女は手取り足取り教えます。

 「これをこうしてこうやって」

 「えーっと…こうですか?」

 「そうそう。んで、こうする」

 構え方から魔力の込め方まで、少年の体にしっかりと叩き込みます。
 そして。

 「残光ざんこう千剣の禍津日せんけんのまがつひ!」

 ドドドと響き渡る轟音。遂に、少年は覚えることができました。
 彼女は教えたかいがあったと、自分のことのように大喜び。
 その日から次々と技を教えていきました。

 ---

 テオネスと同じ技だ。
 てっきり、テオネスが編み出した物だと思っていたが、違うらしい。
 
 メリナ・ティッカードも使えるのだろうか。
 でなければ書かないだろう。
 あるいは有名な技なのか。

---


 少年と出会ってから、六年が経過しました。
 少年は背が伸びて、彼女と大差ない身長になりました。
 少年は変わった悪癖を持ち始め、剣の修行はサボり気味。それもこれも彼女のせいです。

 「隙あり!ていやっ!」

 「ギャ…!」

 少年は彼女の脇を指で突きました。
 少年はイタズラっ子になってしまったのです。
 と言っても、彼女の前でしか見せない姿です。
 
 後ろめたさがありつつも、それに勝る欲望が彼女を襲います。
 可愛い欲しい。この子が欲しい。
 そうだ、攫ってしまおう。
 彼女は自制心を捨て、少年を木陰に連れて――

---

 少し飛ばそう。
 夕飯の前に読む内容では無い。
 帰ってすぐ、リーズを襲わない自信が無い。

 少年も可哀想に。
 性欲のはけ口に使われるなんて。
 まだ13歳かそこいらだろ。
 酷いな…って、人のこと言えないか。

 愛の伴わない行為は認めないと、天使は言っていた。
 今なら、その気持ちが少しだけわかる気がする。

---


 彼女の悪行はバレてしまいました。
 いつものように少年を使って致していたら、彼の妹が隠れ屋の存在を暴き、現れたのです。
 
 彼女は彼の妹を見たことがありません。
 ですが、すぐに彼の妹だと分かりました。
 自身と同じく、リンゴのように真っ赤な髪色をしていたから。
 間違いなく姉の子だと、彼女は思いました。

 「なに…してるの…」

 彼の妹は言葉を失いました。
 それもそのはず。
 実の兄が床に這いつくばって、見知らぬ女を喜ばせているのですから。
 お子ちゃまには刺激が強すぎました。

 「なんだ小娘。お前も混ぜて欲しいのか?」

 「ママに言いつけてやる!」

 彼の妹は逃亡を図ります。
 しかし、瞬きする間もなく彼女に取り押さえられました。
 
 「は…なせぇ!」

 「チッ…糞ガキがぁ」
 
 せっかくのお楽しみが台無しです。
 彼女はこれからの事を考えます。
 目撃者となった以上、この娘は消すしかありません。
 ですが、それでは少年に嫌われてしまいます。
 嫌われるじゃ済まないかもしれません。
 なので、記憶を消すことにしました。
 
 「――極・追―の呪――!」

 彼女の秘術をモロに受けた彼の妹は、静かにその場を去りました。
 魂の抜けた人形のように。

 「ん…誰?」

 少年が目を覚ましました。
 寝てたのかよと、彼女は思いました。
 どうやら状況を飲み込めていない様子です。

 違います。
 少年は…いえ、少年も忘れてしまったのです。
 彼女のことを。

 記憶を消す秘術は少年にも作用しました。

 「そんな…お、覚えて…ないのか?」

 「?」

 彼女の問いに、少年は首を傾げました。
 もう、少年の記憶に彼女はありません。
 絶望に打ちひしがれた彼女は、ただ呆然と少年を見ていました。
 ただじっと見ていました。
 
 「お姉さん誰?」

 「……」

 「そんなに見られると、ちょっとだけ怖いです」

 「……」

 彼女は少年を無視しました。
 全て無駄だった。
 彼の成長に目が眩んで、気付かない間に自分も歳をとってしまった。
 失った時間は帰ってこない。
 彼女は、そうは思っていませんでしたが、心模様はそんな感じでした。

 「あ…右手」

 何かに気付いた少年は、彼女の右手を握りました。
 彼女の手には血が付いていました。
 いつ付いたのかは分かりませんが、傷口があるので彼女の血です。
 少年はズボンのポケットから、一枚の絆創膏を取り出します。
 そして、彼女の右手の甲に貼りました。

 「これでよし」

 少年は嬉しそうに微笑みました。
 天使のような笑みでした。
 その顔を見た彼女は、今まで感じたことの無い胸の高鳴りを感じました。
 欲とは違う変な気持ちです。
 
 ずっと一緒に居たい。また魔術を教えてあげたい。
 お返しだってしたい。
 次はやり方を間違えない。絶対に振り向かせる。
 これは恋なのだろうか。
 きっとそうだ。そうであって欲しいと、彼女の少年のことで頭がいっぱいになりました。

 「なぁ」

 「なんです?」

 「また会いに来てもいいか?」

 「初対面の人に変なこと聞きますね。いいですよ。暇なので」
 
 「本当か!嬉しいぞ…」


 彼と距離を置こう。
 そしていつか、わたしが彼を迎えに行く。
 新居を構え、二人で幸せな日々を送ろう。
 それまで待っていて。わたしの可愛い王子様。

 
 [一枚の絆創膏] END

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 最後は彼女の心境で締め括られた。
 意外と短かった。
 
 姉の夫が少年だった頃。彼女らの父に、娘のどこに惚れたか聞かれた際、怪我をした時に絆創膏を貼ってくれたから好きになったと言っていた。
 
 彼女は初め、意味がわからないと思っていたようだが、結局、過去の話をなぞるように彼女も少年[姉の息子]に惚れた。
 一枚の絆創膏がそうさせた。

 一つ気になったのは、少年の妹だ。
 なぜ隠れ屋があると分かったのだろうか。
 謎を残しての完結か。

 謎と言えば、彼女が使った記憶を消す秘術だ。
 魔術と何が違うのだろうか。
 技名も伏せてあるし気になるな。

 おっといけない。
 本を借りたら、見返しに貼り付けてある紙に、名前を書かないと。
 見たところ何人か借りてあるようだ。

 ん?

 <テオネス・ティッカード>
 <ルリア・エーカイラ>

 身近な二人の名前が書いてあった。
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