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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編
第101話 下見した日
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風紀部の誕生の歴史について説明しよう。
まず、風紀部とは校内の治安維持、秩序を守るために発足した有志団体のこと。
有志ではあるが、学校からの補助金が出ており、そのお金を使って武器や防具を買い揃え、部員に配布している。
これは暴動鎮圧の際に使われる。
物騒な話だが、昔と違って今は無い。
昔は生徒同士の喧嘩が日常茶飯事で、死者が出ることもしばしば。
進級の時期には、同級生が半数しか残っていないなど、教育機関としての機能が崩壊していた。
半ば世紀末だ。
さすがに放置できないと、重い腰を上げたのが二代目理事長。
厳格な人だったそうだ。
無法地帯となった教育現場を立て直すべく、王国軍きっての実力者を招聘。
血の気が多い生徒達は、不信感を募らせる。
僕ら私らの自由を奪われるのではないかと。
当時は貴族出身の生徒が多く、報復を恐れる学校側は強く出れなかったので、形式上は教師だと弁明した。
そっか、教師か。なら大丈夫だと、頭の足りない生徒達は一気に軍属の教師を舐め始めた。
幼稚なイタズラから暴言。
ちょっと怒られたぐらいで、暗殺を企てるものまでいたそうだ。
しかし、軍の権力は一線を画す。
軍上層部は国を治める国王を筆頭に、上級貴族の面々にも顔が利く。
直属の配下という方が正しいだろう。
手を出したら最後、王国軍全軍を敵に回す事になる。
それを知っていた二代目は、むしろ手を出すことを待ち望んでいた。
事が上手く運べば、温室育ちの生意気な生徒達を捻り潰せる…とは考えていなかった。
二代目の考えはこうだ。
生徒達は先の大戦の影響を色濃く受け継いでいる。
強さこそ正義という思想を持った大人に、それを植え付けられていた。
生徒達は被害者なのだ。
彼、彼女らを救うには、武力で抑えつけるのでは無く、喧嘩そのものを授業に組み込んでしまえばいいと考えた。
常日頃から鍛錬を欠かさない軍属の教師にとって、手習いを教えることなど容易い。
その者は、誰に言われるでもなく授業内容の大幅な変更を希望。
生徒達の思想を可能な範囲で尊重しつつ、教師達も安心して教鞭を執れるように変えた。
奇しくも二代目と同じ思想の持ち主だった。
その者が編み出したものの代表格が、バトルロイヤル方式の実技試験。
日頃のストレスを授業で発散できると、初めの5年は生徒達に好評だった。
だがすぐに元に戻った。
殺し合いじみた喧嘩は随所に見られた。
5年前に戻ってしまった。
そこで二代目学院長が立案したのは、風紀部の設立。
校内治安維持組織として、生徒達の取り締まりを図った。
結局、武力で抑えつけるしかなかったのだ。
実力上位者の中から志願者を募り、道徳のある者のみを選抜。
武器や火器の使用を許可し、相応の権力を与えた。
正義感の強い厳格な生徒が集まり、組織してから間も無く次々と悪事を摘発し、先輩から後輩へ脈々とその心は受け継がれ、使命を全うし続けた。
ここで、事態は一応の決着をみる。
---
「うわっ…気持っち悪!」
そこから数十年。
現在の風紀部は委員長を除いて腐っていた。
賭博に薬物。売春までやってる。
犯行現場は見ていないが、部室の荒れようはヤバい。
テーブルに置かれている、ポーカーで使用しそうなカラフルコインはなんだろうか。
この燻した匂いはなんだろうか。
床に撒き散らされているアレはなんだろうか。
散乱している輪っかはなんだろうか。
軽い下見のつもりが、とんだ地獄絵図を見てしまった。
「汚っったな!」
夜中なので叫んでも問題無し。
事前に校内徘徊の申請をした。
条件付きとはいえ、すんなりと許可が降りたので、どうやら俺は教師陣に無害と思われているらしい。
ありがたいけどさ。
なんか泣きたい。
「うーん…証拠はごまんとあるぞ」
ぶっちゃけこのまま見せればいいんじゃないか。
と、考えるのは早計だ。
朝にはこれが片付けられているはず。
少なくとも、委員長が戻ってくるまでは。
誰が片付けてるのかな。
「なあライネル…早く帰らないか?」
あ、そうだ。セスティーがいるんだった。
条件付きとは担任同伴の事である。
セスティーは身を震わせながら、俺にピッタリとくっ付いている。
怖がりなのか。
「先生はどう思います?この荒れよう」
「…まるで窃盗団のアジトだな」
「金銀財宝があればそうでしょうね」
物色するにも、どれもこれも触りたくない。
汚い。
セスティーで拭こうかな。
絶対殴られるわ。
うむ…どうしようか。
「ちなみになんですけど、今、ルピナス理事長を呼べないんですかね?実際に見てもらった方が早いのでは」
「無理だな。あの人は絶対に起きない」
「そうですか…」
「せっかく二人きりなのに…」
「?」
「いや、なんでもない」
ますます体が近い。
さて困った。
ルピナスが来れない以上、現物を持って帰るしかないのか。
触りたくない物が沢山ある。むしろそれしかない。
というか、アレした手でチップ触ってるんでしょ。
じゃあこれもダメじゃん。
俺ってこんな潔癖だったっけか…。
<ガタッと物音がする>
こんな夜中に誰か来たのか?
ああそうか。ここを片付けに来たのか。
隠れて待とう。
そして捕らえる。
俺とセスティーは掃除用ロッカーに隠れた。
狭いけど我慢だ。
「なぁライネル」
「なんです?手短にお願いします」
「片付けするのにほうき要るよな。ここは不味いんじゃ…」
「あ…」
どうしようどうしよう。
盲点だった。
思考を作戦に向けるよりも早く、足音が迫る。
<ロッカーの前で足音が止まった>
絶対に開けさせない。
片付けさせない。
何を考えてるんだ俺は。
俺はロッカーのハンドルに力を入れ、扉を固定した。
正面に居る誰かは一言も発さず、まだ扉に手を掛けていないようだ。
恐ろしく静か。
セスティーの柔らかい息遣いだけが耳に入るぐらいで。
「あれ?開かない」
ガチャガチャと、ロッカーを開けようとしている誰か。
声は女の子。それもかなり若い。
生徒なのは間違いない。
「誰か居ますかー?」
ドンドンと、扉を強くノックし始めた。
何この子。怖過ぎる。
普通ロッカーの中に誰か居るだなんて思わないだろ。
「はぁ…じゃあいいです」
よかった、諦めてくれるのか。
「みんなー!出て来てー!」
な…!
まさか仲間を呼んだのか!
まずい。
何がまずいって全てだ。
連中が夜間に活動していることが知れたのは収穫だが、俺とセスティーが掃除用ロッカーに入っているのが良くない。
連中に見られることだけは避けたい。
(この際、校舎を破壊するつもりで飛ぶ)
俺は全身に魔力を込めた。
肉体強度を最大まで高める。
セスティーは察してくれたようで、俺にしがみついた。
(行くぞ!)
飛んですぐ、バンッと大きな破裂音が鳴った。
音速を超えた時に鳴るソニックブームというやつだ。
気が付いたら、ロッカーを貫き、天井を貫き、屋根を貫いていた。
学校があんな遠い。
俺達は遥か上空を舞っていた。
「おおー!最高の景色だな!」
「確かに…綺麗ですね」
壁の向こう側が見える。
王国を取り囲んでる壁だ。
その先に、真っ白な月が反射する広い海がある。
まるで月が二つあるみたいで、思わず見とれてしまうほど綺麗だった。
「世界は本当に広かったのだな…」
セスティーはぽつりと呟いた。
「ちょっと見て行きますか?明日休みですし」
「そうだな!行こう行こう!」
「落ちないで下さいよ。飛ぶのはわけないですが、ずっと支えながらは堪えますんで」
その後。
俺とセスティーは王国を取り囲む壁の上に座り、夜通し話をしながら海を眺めた。
セスティーは終始はしゃいでいた。
俺が話す、大して面白くない話を笑って聞いてくれて、ツッコミを入れてきたりなど、いつもと違う一面を見せてくれた。
でも、時々頬を赤らめて無言になった。
俺が視線を合わせた時に限って。
それでも、彼女の表情はずっと明るかった。
まず、風紀部とは校内の治安維持、秩序を守るために発足した有志団体のこと。
有志ではあるが、学校からの補助金が出ており、そのお金を使って武器や防具を買い揃え、部員に配布している。
これは暴動鎮圧の際に使われる。
物騒な話だが、昔と違って今は無い。
昔は生徒同士の喧嘩が日常茶飯事で、死者が出ることもしばしば。
進級の時期には、同級生が半数しか残っていないなど、教育機関としての機能が崩壊していた。
半ば世紀末だ。
さすがに放置できないと、重い腰を上げたのが二代目理事長。
厳格な人だったそうだ。
無法地帯となった教育現場を立て直すべく、王国軍きっての実力者を招聘。
血の気が多い生徒達は、不信感を募らせる。
僕ら私らの自由を奪われるのではないかと。
当時は貴族出身の生徒が多く、報復を恐れる学校側は強く出れなかったので、形式上は教師だと弁明した。
そっか、教師か。なら大丈夫だと、頭の足りない生徒達は一気に軍属の教師を舐め始めた。
幼稚なイタズラから暴言。
ちょっと怒られたぐらいで、暗殺を企てるものまでいたそうだ。
しかし、軍の権力は一線を画す。
軍上層部は国を治める国王を筆頭に、上級貴族の面々にも顔が利く。
直属の配下という方が正しいだろう。
手を出したら最後、王国軍全軍を敵に回す事になる。
それを知っていた二代目は、むしろ手を出すことを待ち望んでいた。
事が上手く運べば、温室育ちの生意気な生徒達を捻り潰せる…とは考えていなかった。
二代目の考えはこうだ。
生徒達は先の大戦の影響を色濃く受け継いでいる。
強さこそ正義という思想を持った大人に、それを植え付けられていた。
生徒達は被害者なのだ。
彼、彼女らを救うには、武力で抑えつけるのでは無く、喧嘩そのものを授業に組み込んでしまえばいいと考えた。
常日頃から鍛錬を欠かさない軍属の教師にとって、手習いを教えることなど容易い。
その者は、誰に言われるでもなく授業内容の大幅な変更を希望。
生徒達の思想を可能な範囲で尊重しつつ、教師達も安心して教鞭を執れるように変えた。
奇しくも二代目と同じ思想の持ち主だった。
その者が編み出したものの代表格が、バトルロイヤル方式の実技試験。
日頃のストレスを授業で発散できると、初めの5年は生徒達に好評だった。
だがすぐに元に戻った。
殺し合いじみた喧嘩は随所に見られた。
5年前に戻ってしまった。
そこで二代目学院長が立案したのは、風紀部の設立。
校内治安維持組織として、生徒達の取り締まりを図った。
結局、武力で抑えつけるしかなかったのだ。
実力上位者の中から志願者を募り、道徳のある者のみを選抜。
武器や火器の使用を許可し、相応の権力を与えた。
正義感の強い厳格な生徒が集まり、組織してから間も無く次々と悪事を摘発し、先輩から後輩へ脈々とその心は受け継がれ、使命を全うし続けた。
ここで、事態は一応の決着をみる。
---
「うわっ…気持っち悪!」
そこから数十年。
現在の風紀部は委員長を除いて腐っていた。
賭博に薬物。売春までやってる。
犯行現場は見ていないが、部室の荒れようはヤバい。
テーブルに置かれている、ポーカーで使用しそうなカラフルコインはなんだろうか。
この燻した匂いはなんだろうか。
床に撒き散らされているアレはなんだろうか。
散乱している輪っかはなんだろうか。
軽い下見のつもりが、とんだ地獄絵図を見てしまった。
「汚っったな!」
夜中なので叫んでも問題無し。
事前に校内徘徊の申請をした。
条件付きとはいえ、すんなりと許可が降りたので、どうやら俺は教師陣に無害と思われているらしい。
ありがたいけどさ。
なんか泣きたい。
「うーん…証拠はごまんとあるぞ」
ぶっちゃけこのまま見せればいいんじゃないか。
と、考えるのは早計だ。
朝にはこれが片付けられているはず。
少なくとも、委員長が戻ってくるまでは。
誰が片付けてるのかな。
「なあライネル…早く帰らないか?」
あ、そうだ。セスティーがいるんだった。
条件付きとは担任同伴の事である。
セスティーは身を震わせながら、俺にピッタリとくっ付いている。
怖がりなのか。
「先生はどう思います?この荒れよう」
「…まるで窃盗団のアジトだな」
「金銀財宝があればそうでしょうね」
物色するにも、どれもこれも触りたくない。
汚い。
セスティーで拭こうかな。
絶対殴られるわ。
うむ…どうしようか。
「ちなみになんですけど、今、ルピナス理事長を呼べないんですかね?実際に見てもらった方が早いのでは」
「無理だな。あの人は絶対に起きない」
「そうですか…」
「せっかく二人きりなのに…」
「?」
「いや、なんでもない」
ますます体が近い。
さて困った。
ルピナスが来れない以上、現物を持って帰るしかないのか。
触りたくない物が沢山ある。むしろそれしかない。
というか、アレした手でチップ触ってるんでしょ。
じゃあこれもダメじゃん。
俺ってこんな潔癖だったっけか…。
<ガタッと物音がする>
こんな夜中に誰か来たのか?
ああそうか。ここを片付けに来たのか。
隠れて待とう。
そして捕らえる。
俺とセスティーは掃除用ロッカーに隠れた。
狭いけど我慢だ。
「なぁライネル」
「なんです?手短にお願いします」
「片付けするのにほうき要るよな。ここは不味いんじゃ…」
「あ…」
どうしようどうしよう。
盲点だった。
思考を作戦に向けるよりも早く、足音が迫る。
<ロッカーの前で足音が止まった>
絶対に開けさせない。
片付けさせない。
何を考えてるんだ俺は。
俺はロッカーのハンドルに力を入れ、扉を固定した。
正面に居る誰かは一言も発さず、まだ扉に手を掛けていないようだ。
恐ろしく静か。
セスティーの柔らかい息遣いだけが耳に入るぐらいで。
「あれ?開かない」
ガチャガチャと、ロッカーを開けようとしている誰か。
声は女の子。それもかなり若い。
生徒なのは間違いない。
「誰か居ますかー?」
ドンドンと、扉を強くノックし始めた。
何この子。怖過ぎる。
普通ロッカーの中に誰か居るだなんて思わないだろ。
「はぁ…じゃあいいです」
よかった、諦めてくれるのか。
「みんなー!出て来てー!」
な…!
まさか仲間を呼んだのか!
まずい。
何がまずいって全てだ。
連中が夜間に活動していることが知れたのは収穫だが、俺とセスティーが掃除用ロッカーに入っているのが良くない。
連中に見られることだけは避けたい。
(この際、校舎を破壊するつもりで飛ぶ)
俺は全身に魔力を込めた。
肉体強度を最大まで高める。
セスティーは察してくれたようで、俺にしがみついた。
(行くぞ!)
飛んですぐ、バンッと大きな破裂音が鳴った。
音速を超えた時に鳴るソニックブームというやつだ。
気が付いたら、ロッカーを貫き、天井を貫き、屋根を貫いていた。
学校があんな遠い。
俺達は遥か上空を舞っていた。
「おおー!最高の景色だな!」
「確かに…綺麗ですね」
壁の向こう側が見える。
王国を取り囲んでる壁だ。
その先に、真っ白な月が反射する広い海がある。
まるで月が二つあるみたいで、思わず見とれてしまうほど綺麗だった。
「世界は本当に広かったのだな…」
セスティーはぽつりと呟いた。
「ちょっと見て行きますか?明日休みですし」
「そうだな!行こう行こう!」
「落ちないで下さいよ。飛ぶのはわけないですが、ずっと支えながらは堪えますんで」
その後。
俺とセスティーは王国を取り囲む壁の上に座り、夜通し話をしながら海を眺めた。
セスティーは終始はしゃいでいた。
俺が話す、大して面白くない話を笑って聞いてくれて、ツッコミを入れてきたりなど、いつもと違う一面を見せてくれた。
でも、時々頬を赤らめて無言になった。
俺が視線を合わせた時に限って。
それでも、彼女の表情はずっと明るかった。
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